第432話 真円を除く時、真円もまたこちらを除いているのだ 後編-2

 段取り替えが終わり、新しいパイプをクランプ金型にセットする。

 クランプ金型については同一だ。

 なにせ、おさえる鉄パイプの寸法は変わらないので。

 クランプ金型のイメージはホットドッグだ。

 パンの部分が金型で、ソーセージの部分がパイプになる。

 パンを強く握ればソーセージがつぶれてしまうようにパイプが変形するし、弱く握ればソーセージが落ちてしまう。

 実際は水平にパイプを置いているので落ちることは無いが、加工用の金型が当たった時にパイプが後ろに逃げてしまい、正常な加工ができないのでそうならない程度にはおさえる必要がある。

 とはいっても、丸いパイプをどんなにつよくおさえても後ろに動いてしてしまうので、クランプ金型に滑り止め加工を施すわけだが。


「アルト、なんで今回は4個も金型をセットするの?」


 とエッセに質問された。


「第一、第二金型でパイプを細くして、第三、第四金型で元に戻していくんだ。一度細くすることで歪みを矯正して、元に戻す金型に表面が均等に当たるようにするんだ。パイプへの負荷を考えて4個に設定したけど、細くするのと元に戻すので2個でもいいのかもしれないね。それはやってみないとだけど。パイプの径だけじゃなくて板厚の成形もするのに4個でまずはやってみようと思ったんだ」


 パイプを細くしたり太くしたりすると、その結果として当然板厚が変化する。

 細くすればその分パイプは長くなり板厚は薄くなるかといえばそうではない。

 実際には材料が金型で均等に動くわけではなく、場所によって伸び方が違うので板厚もばらつくのだ。

 それを均等になるような機能を持った金型が必要になる。

 さらに、金属を曲げた時にはスプリングバックという元に戻ろうとする力が働く。

 さらには残留応力なんかも影響して、金型の寸法をそのままパイプに転写できるかといえばそうでもない。

 鉄パイプを使った加工で、あまりにも厳しい公差を指定している製品などは、ある程度加工したあとで焼鈍(しょうどん)という応力除去をするための熱処理工程を設定し、その後に仕上げ加工をしているなんてのもある。

 特に、製品に後から熱が加わると残留応力が影響してかなりの寸法変化をおこす。

 前工程が別会社だった場合、後工程の熱による変形なんか知ったこっちゃないってなりがちなので、そこの工程設定はしっかりしておかないとね。

 因みに、形状不良で呼び出されたことがあったけど、後に後工程での加熱が原因だったと発覚した時、営業がニコニコしながら請求する費用を計算していた。

 ま、迷惑料の工数が客先から請求されていたので、倍返しするのは当然ですよね。

 相手の技術部門の人は泣いていましたが。


 そんな感じで真円の製品をつくるといっても簡単には出来ない。

 今回の試作で4個の金型で加工をしてみようというのも、実際にはこれでは足りないかもしれないのだ。

 なお、前世の経験から必要な金型数が設定できないのは、この世界に精霊の力が働いていて全く同じように加工できるわけではないからである。


「ところで、へら絞りでも丸く加工できると思うんだけど、それを突き詰めていけば真円になるんじゃないかな?」


 エッセはへら絞りも出来るのでそう考えたようだ。

 だが、それはもっと難しいだろう。


「へら絞りというかスピニング加工で考えると、真円度をより小さくするのは難しいんだ。まず、へら絞りだと材料に押し当てるローラーが全面に当たるわけではないから、どうしても表面が波状になる。目で見えるかどうかっていうのはあるけどね。それに、全面に一度に押し当てるローラーを作ったとしても、元々の材料が真円ではないから均等にあたらないんだ。パンチ加工と比べると真円度は悪いんだよ。ついでにいえば、しわの発生や剥離の問題もある」


 実際に測定した経験からわかるが、転造加工で真円を出そうとするのは難しい。

 転造前に真円矯正の工程が必要になるので、それならクランプが一度で済むパンチ加工の方がいいだろう。

 クランプ部と加工部の同軸のズレなんかも、調整する回数が減るし。

 転造加工には本当にいい思い出が無い。

 第247話の『転造したら不具合だった件』では書ききれないくらいの不具合が転造にはあって、それでいてパンチ加工よりも加工精度が悪い。

 なんでそんな工法をチョイスしたのか。


 あのな、転造なんてきょうび流行んねーんだよ。

 ボケが。

 得意げな顔して何が、転造で、だ。

 お前は本当に転造で加工したいのかと問いたい。

 問い詰めたい。

 小1時間問い詰めたい。

 お前、転造って言いたいだけちゃうんかと。


 実際に問い詰められるのは不良が出た時の品質部門なんですけどね。


 と転造のデメリットを説明したら、エッセは納得がいかなかったようで


「それなら旋盤で加工しても刃物が当たった痕跡が残るから、その凹凸を考慮したら真円だって言えないよね」


 と旋盤についてのダメ出しをしてきた。

 勿論その通りである。

 旋盤に限らず切削加工だと、ツールマークは必ず凹凸がある。

 その凹凸は転造よりも大きいのが通常だ。

 なので、切削加工を想定した図面と転造加工を想定した図面とでは表面粗さの規格が違う。

 同じ目的で使うんだから一緒でいいじゃねーかと言いたいけど、何故か図面の規格が違うのでなんとかしてください。

 あ、三次元測定機や真円度測定機だと、プローブの大きさがあるので、ツールマークくらいの段差だと拾えないのですが、レーザー式の測定機だと面荒さ拾うからね。

 なお、旋盤よりも高精度な円筒研磨という方法がありますが、研磨するので旋盤よりも時間とお金がかかります。


「いいかい、エッセ。工法にはそれぞれ目的、メリットデメリットがあるもんだ。だから表面粗さだけを見て旋盤が転造よりも劣っているとは言えないんだよ」


 コストや精度などを考慮して工法を決めるべきであり、一部だけのメリットを比較して工法の優劣を決めるべきではない。

 と思うけど、実際の工程決定についてはどうなんでしょうかね。

 お前ちゃんと説明できんの?


 俺の説明に不満顔のエッセに


「ただ、今の段階だと生産性と精度を考えたらへら絞りが優秀なのは間違いないよ」


 とフォローを入れた。

 不満が顔から消えたのでいよいよ次の加工に入る事にする。




※作者の独り言

転造についてはもっと言いたいことがある。

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