第431話 真円を除く時、真円もまたこちらを除いているのだ 後編-1
「ところでアルト」
「なんだい、エッセ?」
段取り替えを行っていると、エッセから声をかけられた。
「加工油って普通の奴だよね」
「そうだけど」
今回は粘度の低い油を使っている。
「こんなやつでいいのかなって思ってね」
「まあ、今回は材料の寸法変化率は低めで設定してあるし、材料の鉄パイプも柔らかいからねえ」
鉄パイプを金型で成形するときに、材料の寸法変化率が大きくなると、それだけ負荷がかかるので強めの加工油を使うことになる。
が、今回は精々5%程度しか動かさないのでそんなに強い加工油を使う必要はない。
それと、鉄に含まれる炭素の量がすくなくて、柔らかめの鉄なのでそこも問題が無い。
前世でも鉄とステンレスだと使用する加工油は違っていた。
鉄なんて揮発油みたいなもんでも十分加工出来る。
粘度の高い加工油を使用すると、脱脂作業が大変なのだ。
鉄で脱脂したら錆びると思うだろうけど、後工程で溶接やろう付けを行う場合、加工油が残っていることで加工不良となるので適度に脱脂していた。
このへんは季節によってもさびやすかったりするので、どの程度の油量が適切かという答えは無い。
脱脂してから弱めの防錆油つかったりもしたが、やはり後工程から不満が出たりして結論は出なかったな。
いや、ステンレス使うっていうのも考えたんだけどコストが合わなかった。
コスト無視してステンレスにした例もあるにはあるんだけど、残湯量の規格が厳しすぎてみんな泣いた。
人が素手で触っただけでNGになるような規格なんて、量産で維持できるわけねーだろと誰もが思いましたね。
初物の受入検査のときには何も知らない相手の検査員が素手で触るのを待って、
「あ、この残湯量の規格だと今素手で触ったのでNGになっちゃいますよ。勿論替えのサンプルなんてありませんがどうしますか?」
っていう作戦使うくらいには追い込まれていました。
そんな先輩の武勇伝を聞きました。
僕じゃないです。
「アルトが用意した鉄だからそれができるけど、今の一般的に使われている鉄だと無理じゃないかなあ」
「それなら迷宮ホエールからとれる油を使えば問題ないよ」
「迷宮ホエールなんて討伐するのに金がかかりすぎるよ。現実的じゃない。いや、それを言ったらアダマンタイト鋼の金型もか」
「そうだよ。今は技術的に高額になるのは仕方ないんだ。でも、それでも加工方法が見えてくればそれを安価に作るための技術が研究されていくんだよ」
そうエッセに語った。
今現在、一般的に入手できる特殊鋼だって、中世ではそれこそオリハルコンみたいな扱いになるだろう。
アルミニウム合金だって安価に使えるようになったのは、量産のための研究開発をしてきた企業のおかげだ。
ここで重要なのは金型で加工する事が出来るのかどうかであり、出来るのであれば後は価格を下げる方法を模索すればよい。
鉄にしたって今回は俺が用意したけど、炭素の還元なんて錬金術系のスキルが有れば可能だし、時代が進めば高性能な高炉が出来ると思っている。
今は鋳造して作った方が安いけど、それがいつまでも続く可能性は低い。
「そうなると僕やデボネアが死んだとしても、文献にはずっと名前が残ることになるね」
「まあ、今回の事を発表すればね。考えても居なかったけど、賢者の学院にでも持ち込もうかね。予算がつけば仕事として依頼が来るだろうし」
「金よりも名誉かな。新しい加工方法を考え出したってなれば、ドワーフとして子々孫々まで語り継がれるだろうしね。そういうのを目指していたわけだし」
そういえばエッセは元々新しいことがやりたくて、色々な工房で親方とぶつかっていたんだっけな。
ただ、残念なのは俺としてはまったく新しい加工方法ではないってことか。
「加工油についてもそのうち色々なパターンを試してみたいよなあ」
「迷宮ホエールは無理だとしても、植物から採取できる油もあれば、動物から採取できる油もあるしね」
「海にいる魚から採取した油ってのもあるんだけどね。そのへんは賢者の学院がスポンサーにでもなってくれたら手を広げられるか」
内陸のステラでは海の魚はちょっと厳しい。
ネットスーパー的なスキルでサンプルとなる加工油を用意して、どれだけそれに近づけられるかってのもいいのかもな。
脱脂の方法とセットで研究しないとならないけど。
他の異世界転生だと地球の工法を教えてドワーフが加工してくれたりもするが、加工油はどうなっているんだっていう突っ込みをしたくなる。
さらに、加工油がどうにかなったところで脱脂するための洗浄液はどうするんだって問題がある。
水性の加工油であれば水で洗浄すれば十分なのだが、ステンレスを加工するための加工油ともなると、灯油で洗ったとしても脱脂出来ない事もある。
じゃあ、トリクレンやメチクロかってなるが、そんなもん異世界で入手できないだろうし、入手したとしても処分に困る。
河川に流したら大問題ですよ。
あ、環境省がないから大丈夫か。
※大丈夫じゃない。
※作者の独り言
思ったよりも長くなる。
なお、真円矯正の金型の話は無くなった会社のものを参考にしております。
これなら誰からも怒られない
はず。
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