第414話 ダイヤの刺青 3

 床に転がるフォックスだったものを眺める。


「生き返らせるか……」


 ため息交じりにそう言うと、シルビアが驚きの表情でこちらを見てくる。


「出来るの?」


「ああ。作業標準書は作ってある」


 俺はそう言うとスキルを発動した。


「【ネクロマンシー】」


 スキルが発動すると、フォックスがゴーストとなって現れた。


「これ生き返らせてないわよね」


 シルビアが今度は呆れ顔になった。


「ん!?まちがったかな……」


 俺は某天才拳士のセリフを吐いた。

 まあ、それでもフォックスが情報を喋ってくれるには違いないのでよしとした。

 ノギスで測定しても、ハイトゲージで測定しても数値が同じならそれでいいのだ。

 という事にしておこう。


 そういうことで、気を取り直してフォックスへの尋問を継続する。


「ダイヤの呪いとはなんだ?」


「我らスート・ダイヤはパーティーに加入すると、レグナムに刺青をされる。こいつは古代魔法帝国のアイテムを使って、パーティーに不利な情報を口にしようとすると死ぬ呪いをかけられるんだ」


 ネクロマンシーによって俺の命令には逆らえなくなったフォックスは真実を語るしかない。

 つまりこれは本当の事だ。

 先程フォックスが死んだのもこの呪いのせいだろうな。


「しかし、サブリーダーで奴の右腕のお前までそんな呪いをかけられるのか」


「レグナムなら俺が死んでも『俺の右腕はここにある』と自分の腕を指さして見せるだろうぜ。あいつはそういう奴だ。自分以外の人間は手駒か餌くらいにしか思ってない」


 フォックスは忌々しそうな表情を作った。

 あんまりいい思い出は無いようだな。


「そうか。お前が死んだ理由はわかった。それで本題にはいるが、オプティはどうなった?護衛は本当に完了したのか?」


「護衛は失敗した。奴は今ステラ近くの森の中で監禁されている。レグナムが見張っているはずだ」


 護衛が失敗だと?

 ではあの依頼書の完了サインはなんだったのだろうか。

 俺はそれをフォックスに質問した。


「俺達はいつも受注した時に依頼人に完了のサインをさせている。『なにがあっても護衛する』と脅してな。もし冒険者ギルドにチクったら家族含めて命は無いぞと言ってな。今回もそうやってサインをもらったんだが、途中で盗賊団に襲われて命は助かったんだが、その代わり荷物を全部奪われちまったんだ。で、このままだと依頼が失敗したのに完了のサインをもらっていたことがばれるから、オプティを殺すことにしたんだ。でも、その前に奴の財産を全部いただこうということになったんだ。奴の家の近所を夜中にうろついて、人がいない逃走経路を確認していたってわけよ。今夜家に盗みに入る予定だったんだぜ。夜になれば他の仲間もやってくるはずだ」


 フォックスが今回の経緯を話してくれた。

 それを聞いたシルビアが切れてフォックスに殴りかかった。


「チッ」


 しかし、ゴーストで実体のないフォックス相手に、拳が宙をむなしく舞っただけにおわり、そのため舌打ちをしたのだ。

 そして、火に油を注ぐようにフォックスがニヤリと笑う。

 シルビアは悔し紛れにフォックスの死体を蹴った。

 すると、痛覚は共有していないはずなのに、何故かフォックスは痛そうな顔をする。

 まあ、それでシルビアが少し留飲を下げたので良かったのだが。


「こんな奴らがいるから冒険者がならず者だと思われるのよ!」


 あれ、まだ怒りは収まっていなかったか。


「そうだね。これは改善しなければならない事案だな。こいつらだけとは思えないが、こちらとしてもどうやってそれを確認していいのかだよなあ」


 顧客満足度調査でもしましょうかね。

 絶対匿名で。

 いや、そういう問題ではないか。


 つまるところ、これは検査成績書の偽造と一緒だ。

 合格ありきで検査成績書を作っているメーカーと何ら変わりがない。

 前世の記憶で言えば納期が間に合わないから、製品が完成する前に予め合格しているデータを検査成績書に記入しておき、製品が完成したら軽トラックを使う個人の運送業者に伝票と一緒に手渡す時のやり方だな。

 測定している時間もないし、そもそも夜中まで起きていて精密測定なんて出来る訳が無いから、試作担当者に予め手渡しておくのだ。

 まあ、そんな状況で作った製品が良品な訳もなく、後日不良が発覚した際に検査成績書との差異を問いただされる事になったりするわけですが、どうにもなりはしませんね。

 全数部品欠品だったのに、部品取り付け位置の寸法が記入されていた時は大変焦りました。

 ※あくまでも作品の主人公の話であり、この物語はフィクションです。


 今回のオプティの依頼も盗賊団に襲われていなければ、何の問題も無かったはずだ。

 しかし、そんなアクシデントが発生した。

 そりゃあ、一回二回ならまだしも毎回こんなことをやっていれば、いつかは起こった事だろう。

 検査成績書だって毎回測定もせずに数値を記入していれば、前世のようにいつかは不良品が客先で発覚して、未検査状態がばれることになる。

 ※この物語はフィクションです。


 ただ、人は怠惰な生き物なので抑止力が無ければ安易な方に流れる。

 あそこの会社のように組織ぐるみで品質偽装をしてしまうのも、それが安易に利益を生むことになっているからなのだ。

 組織ぐるみでやるとか羨ましいが、ばれた時のダメージはでかいな。

 社長の辞任だけで自浄作用がはたらくとは思えない。

 犯罪として誰かが塀の中に行くか、法人が無くなるような事態にならないと無くならないと思いますよ。

 むしろ、塀の中に行く事になるとなると、もっと悪質に隠すようになるのかな?

 中々品質偽装で実刑食らった話を聞かないよね。

 俺は万が一のことを考えて、故意ではなくて測定ミスだったとなるような偽装しかやらないが、仕事仲間ではそんなことお構いなしに偽装している奴がいた。

 不良品の検査成績書で測定不能個所に数値が記入してあり、客先からも「どうやって測定したのか教えてください」って言われて青くなっていたのを見たからな。

 ※この物語はフィクションです。


「受付嬢が嘘を見抜くスキルを使えるようになればいいのよ」


「それはそうなんだけど、そんなスキルを持った受付嬢を揃えるなんて無理だよ」


 シルビアの言っている事は、全部のラインに機械による検査を導入しろと言っているようなものだ。

 理想はそうなのだが、実現するための予算が無い。

 予算が無いのは工場の話か。

 嘘を見抜くスキルが使える受付嬢なんて、全ての冒険者ギルドで揃えられる訳がない。

 そんなスキルは一般的じゃないからね。


 嘘を見抜くのに使う工数を考えたら、現状を変えようとしても無理だろう。

 あのメーカーの製品の品質偽装も、長年車両メーカーは見つけられなかったのはそういうことだぞ。

 人は嘘を付く生き物だけど、納入される製品は嘘偽りなく良品だという前提で動いているからな。

 ただ、それを疑ったら検査工数が跳ね上がるので、ユーザーは今の価格じゃ買えなくなるのだけれど。

 冒険者ギルドでも冒険者の不正調査にもっとリソースを割くのであれば、依頼料が値上がりするか、冒険者の取り分が減るかの二択だ。

 冒険者ギルドの利益を減らさないという前提だけどね。


「そうよ、ダイヤの呪いがあるなら、冒険者になる時に不正をしたら死ぬような呪いだってかけられるでしょ。全員にその呪いをかければいいのよ」


 シルビアがかなり非人道的なことを考えついた。

 ギアスやコントラクトといった、苦痛を伴うような魔法もあるけど、命に関わるような危険と向き合ったときに、どうしても自分の命を優先することもあるだろうから、それは難しいんじゃないかな。

 例えば依頼主が人質に取られたときに、武装解除に応じて全員殺されるよりも、依頼主を見捨ててもその事態を冒険者ギルドに知らせてくれる冒険者ギルドもいるだろう。

 だが、ギアスで依頼主の保護を強制した場合、誰か一人でもその場を離れて知らせるという事は出来なくなる。

 不正という括りでは難しいだろうな。

 やるとしたら、報告では嘘を付くなという条件ならいいのかな?

 ただし、冒険者にギアスをかける職員が必要になるけど。

 冒険者全員にとなると、職員が魔力切れを起こすだろうな。


「まったく厄介な事をしてくれる」


 俺は腹立ち紛れにフォックスを殴った。

 殴られたフォックスは悲鳴を上げる。


「たわばっ!」


「ちょっと、なんでアルトの攻撃は当たるのよ」


 シルビアに訊かれたので、


「手に聖属性を付与したんだよ」


 と答えた。


「それ、あたしにも!」


「はいよ」


 俺はシルビアの手にも聖属性を付与した。

 シルビアは付与魔法がかかったのを確認すると、フォックスを思いっきり殴りつけた。


「ぐぇっ」


 という悲鳴を残してフォックスは消え去った。


「成仏したか。いや、この場合は昇天かな?」


 俺は天井を見上げるが、フォックスが再び現れる気配はない。


「さっさとオプティを助けにいくわよ」


 シルビアにそう言われて気づく。


「森の中っていっても広いよね。フォックスに聞いてないよ」


「言われてみればそうね」


 ということで、もう一度フォックスの霊を呼び出して、オプティを監禁している詳しい場所を聞き出した。

 でもって、またシルビアによってフォックスは昇天させられたのであった。

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