第413話 ダイヤの刺青 2
女装を終えた俺は調査員からフォックスの似顔絵を受け取る。
「うわ、なんて凶悪な人相だ。こいつはきっととんでもねえ大悪党だ」
それが俺のフォックスに対する第一印象だった。
描かれた似顔絵には凶悪犯が裸足で逃げ出すような顔があった。
そして、右のこめかみ付近にダイヤの刺青がある。
でも、けっしてチャーミングではない。
フォックスは直感でこいつが犯人だと思えるくらいには悪人面している。
あまりの悪人面に、似顔絵を手渡してくれた調査員に訊ねる。
「これ脚色してませんか?」
「そんなことしないよ」
首を振って否定する調査員。
それもそうか、彼等は正確な情報を伝えるのが仕事だ。
ただ、前世で警察の手配書の似顔絵は特徴のある部分を強調するっていうのを聞いたことはある。
そうすることで、写真よりも印象に残りやすいのだとか。
さて、人相もわかった事だし、これから早速接触することにするか。
「居場所はわかっているのかな?」
調査員にフォックスの居場所を訊ねる。
すると彼は答えてくれた。
「別の調査員が尾行しています。今は酒場で酒を飲んでいるという報告が最後ですね」
「こんな時間からか」
酒を飲んでいるなら丁度いいが、まだ日は高い。
どうにもそのことが気になった。
「奴の行動を見張ってましたが、夜になるとオプティの家の周囲をうろつくんですよ。だから、今は時間つぶしなんでしょうかね」
「人目に付かない時間帯にうろつくとなると、ますます怪しいよねえ」
「はい。家の中に監禁している様子は無いので、他の目的があるのでしょう」
「例えば、オプティに人に見られては不味い事情があって昼は動けないから、フォックスはオプティが夜中に帰ってくるところを捕まえようとか?」
「その可能性が高いかなと」
オプティが依頼料を踏み倒したならそれもわかる。
が、スート・ダイヤには冒険者ギルドから報酬が払われているし、それはオプティが冒険者ギルドに供託した金だ。
フォックスに狙われる理由にはならないと思う。
「拷問して吐かせればいいのよ」
シルビアが物騒なことを言うが、最悪それしかないだろうなと覚悟を決めて、フォックスが居ると思われる酒場へと向かった。
シルビアには外で待機してもらい、酒場の中には俺一人で入る。
まだ日が高い時間だということで、中にはほとんど人がいない。
なので、フォックスは簡単に見つかる。
奴はカウンターで一人で酒を飲んでいた。
似顔絵そっくりの悪人面だ。
調査員の技術に感心する。
そして、俺はその隣に座る。
「隣、いいかしら?」
「かまわねえよ。というか、大歓迎だ。女っ気がなくてどうしようかと思っていたところだぜ。だが、どうして俺にちかづいてきた?」
フォックスはこちらを警戒している。
それもそうか。
俺だって見知らぬ女性が寄ってきたら警戒する。
前世では寄ってきた女性は、宗教、詐欺、違法風俗、革命とろくなのがいなかった。
モテる男子だったらわからないが、彼女いない歴=年齢の俺は、寄ってくるのは全て裏があるという前提だったので、そんな彼女らに引っかかるような事は無かった。
秋葉原でイルカの絵を買わされるとか、どうしてそんな被害に合うのか理解できないくらいには、警戒できていたのだと思う。
さては、こいつもその類だな。
では、納得できるような理由を教えてやろう。
「魔王のせいで景気が悪くてね。客がつかないのよ。そんな時に、昼からこうして酒を飲んでいる男を見かけたら、金の臭いを感じるじゃない。どう、納得した?」
それを聞いたフォックスはニヤリと笑う。
その顔は子供が見たら間違いなく泣き出すほど凶悪だった。
「ちげえねえ。最近一仕事終えて懐はあったかい。女を一晩買うくらいは問題ないぜ」
「あら、安くはないわよ」
「フッ、どうだかな。俺が十分払えると値踏みして声をかけてきたんだろう?」
「そうだったわね。でも、いくら商売でもがっつく男は嫌われるわよ。少しここで飲んでいきましょう。それで、その稼げた仕事の話でも聞かせてほしいわ。マスター、こっちにもエールをちょうだい」
そう言って俺はエールを注文した。
すぐに木のジョッキに入ったエールが出される。
「それじゃあ、プロージット」
フォックスと乾杯してから、思わずジョッキを床に叩きつけたくなる。
が、ここは銀河帝国ではないので我慢した。
それに、あれはワインだったな。
さて、そんなことはさておき、フォックスをおだてながら、酒の力も借りてなんとかオプティの事について喋らせようとする。
だが、中々オプティについては喋らない。
「そうやって二匹のマンティコアを俺が一人で倒したわけよ」
「すごーい」
どう見てもマンティコアを倒せるレベルには見えないが、盛りすぎた武勇伝に相鎚をうって更に喋らせようとする。
「そんなに強いんじゃ護衛を依頼した商人も、また依頼したくなるわね」
「ああ、次は指名するって言って別れたぜ」
その言葉に真偽鑑定スキルが使えたらよかったのに、流石にここで使えばバレるのでそれが出来なかった。
やはり、一旦外に連れ出してシルビアとバトンタッチかな。
「そろそろ行きましょうか」
「そうだな」
フォックスは俺の分の支払いもしてくれ、二人で外に出た。
遠くにいるシルビアに合図をして、先回りをしてもらう。
行き先は予め決めておいた連れ込み宿だ。
前世風に言えばラブホテルだな。
宿で受付をして部屋の前に着くと、フォックスは下卑た笑みを浮かべる。
そんな彼を俺は憐憫の眼差しで見た。
なにせ、この部屋の中には野生のゴリラより凶暴なのがいる。
「ヘッヘッヘ、天国に連れてってやるぜ」
そう言ってフォックスはドアをあけた。
「地獄へようこそ」
俺はフォックスの背中を蹴り飛ばした。
フォックスは勢いよく部屋の中に雪崩れ込む。
「なにしやが……べふ」
俺に文句を言おうとしたが、シルビアに殴られて最後まで言葉が続かなかった。
変な声をあげながら壁に向かって飛んでいき
べキャッ
という音がして止まった。
まあ壁に激突したわけだが。
そして気を失って動かなくなる。
「死んでない?」
俺はフォックスの顔を覗き込む。
「手加減したわよ。これで死んだら神に見放されたってことでしょ」
大の男が吹っ飛んでくような勢いで殴っておきながら、手加減したとはどういうことか。
確かに、フォックスの首があらぬ方向に向いている訳ではないので、手加減したといえばそうなのかな?
気絶したままだと話を聞けないので、ロープで縛ってから目を覚まさせる。
「な、なんだこりゃ」
目が覚めたら全身をロープで拘束されていたので、フォックスは驚きの声をあげた。
その後青くなる。
なぜならば、床に転がっている彼を睥睨しているのが、邪悪な笑みを浮かべたシルビアだからだ。
「時間がもったいないわ。頭と体が繋がっているうちに、オプティについて知っていることを全部話してもらうわよ」
「へっ、俺が正直に喋るとでも思ってるのか?」
シルビアの威圧で青くなってるにも関わらず、フォックスは減らず口を敲いた。
殺されることはないと思っているのかな?
俺はシルビアの前に立ち、尋問をすることにした。
「残念だが、お前は今から知っていることを全部喋ることになる。オプティの護衛は本当に達成できたのか?」
「喋るもんか」
フォックスは頑なに抵抗する。
こいつは意外と根性があるな。
というか、何かに怯えているように見える。
勿論それは俺達じゃない。
こうなったら手っ取り早く尋問スキルを使って白状させてしまおう。
俺はスキルを使って尋問を続ける。
「オプティは…………」
と口にしたところで、フォックスが苦しみだした。
「どうした?」
俺は咄嗟にフォックスに質問した。
「ダイヤの呪いが…………」
フォックスはそこまで言ってヒデブになってしまった。
辺り一面が血の海と化す。
「何で殺したのよ!」
とシルビアが非難してくるが、俺には心当たりがない。
尋問したらヒデブしてしまうスキルなんて聞いたことが無いぞ。
「いや、俺がやったんじゃないから」
「じゃあどうして?」
シルビアに言われるまでもなく、俺も何故なのかを考えていた。
フォックスが死ぬ直前に言った言葉「ダイヤの呪い」、これがキーワードなんだろうな。
やれやれ、と後ろ頭を掻いて折角の手掛かりを失った事と、血まみれの床をどうやって掃除しようかという事を考えた。
※品質管理のお話の予定です。
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