第378話 原理原則を知らない事ってたくさんあるよね
先日のポーションの効き目が弱かった件で、冒険者ギルドの内部がどれだけ原理原則をわかって仕事をしているのかを見直すこととなった。
まあ、誰に言われたわけでもないので、自主的にやっているものなんだが。
「原理原則知らないとまずいの?」
例によって暇なシルビアが一緒にいる。
彼女からしてみれば、それを知っていたからどうなるというわけだ。
「この前のポーションの効き目が弱いのを見逃したのがいい例かな。過去に作られたルールを守っているだけじゃ駄目なんだよね。それが本当に適正かどうか理解しないと。例えばだけど、なんで人は空を飛べないんだと思う?」
「鳥じゃないからよ」
「じゃあ、どうして鳥は空を飛べるの?」
「鳥だから」
これは全く原理原則を理解していないな。
因みに、原理とはことわりであり、いわば理屈。
原則と規則のことだ。
原則はルールに縛られるという考えならば、
おっと、余談だったか。
「鳥の中にも飛べないやつはいるし、魔法使いが空を飛ぶのは鳥だからじゃないけどね」
「言われてみればそうね。じゃあ何で飛べるのよ」
「それは大地の精霊の束縛から逃れる手段があるからだよ。逆に言えば大地の精霊に束縛されているから、俺達は飛ぶことが出来ないんだ。ジャンプしても直ぐに地面に戻ってくるよね。鳥は風の精霊の力を借りて、大地の精霊の束縛から逃れているから空を飛べるんだ。それが空を飛ぶ原理だよ」
※なんとなくファンタジーっぽい設定にしてみましたが、不良の現象の都合で変わるかもしれません。
俺の言葉に納得できないシルビアが反論する。
「じゃ、水の上でも飛べるんじゃない。でもそうじゃないわよね。人は溺れるんだから」
「それは湖でも海でも水の下には大地があるからだよ。水があるから大地の精霊の束縛が弱くなるけど、結局は沈んでいくでしょ。空から落ちるよりはゆっくりと沈むのは水の精霊が、大地の精霊の束縛を弱めているからなんだ。船が水に浮かぶのは船の精霊が宿っているから。だから、船が壊れたら沈むわけなんだ」
「じゃあ、その理屈を知っていたからってどうなるっていうのよ」
「それはね――」
俺はハンカチを取り出して手に持ち、作業標準書を呼び出して精霊魔法を使う。
これはその場にある精霊の力を排除する魔法だ。
「何も起こらないじゃない」
見た目は何も変わらない事にシルビアがイラッとする。
だが、俺が手に持っていたハンカチを離すと
「ハンカチが落ちない!!」
俺が手を離したにもかかわらず、ハンカチはその場にとどまっていた。
シルビアが驚いて大きな声を出してしまう。
「飛ぶというのは風の精霊の力を借りるっていうのは間違いじゃないんだけど、本質は大地の精霊の力の遮断なんだよ。それがわかっていれば、風の精霊の力が無くてもこうして宙に浮くことが出来るんだ」
これが原理原則を知るという事。
製造業でも原理原則を知らなくても加工は出来るが、思わぬ不良を作ってしまうことがある。
前世で経験した例を挙げれば、MCによる切削加工において、油を使用する意味を解っていなかった会社が、表面粗さの厳しい製品を加工するのに、揮発油を使用してしまった事がある。
その結果、表面を切削工具がむしり取ってしまい、ぐちゃぐちゃになってしまったのだ。
どんな油でもいいわけではないのだが、油を使う意味を理解していなかったことで、洗浄レスに出来る揮発油を選択してしまったのだ。
因みに、水性の切削油でも厳しいくらいの要求値でした。
設計者に聞いても、なんでそんなに厳しい表面粗さなのか不明で、どっちもどっちな結果でしたね。
自分の知識が積みあがったから良かったけど、それ以外何も得しない事例でした。
「鳥は原理原則を知らなくても空を飛ぶことが出来るけど、空を飛べない人間が飛ぼうとしたら原理原則を知る必要があるんだよ。刃物だって鍛冶師は斬る事の原理を知っていたほうがいいんだ。原理原則を知らずに出来た結果の名刀なんて偶然の産物に過ぎないんだ。だけど、原理をわかっていればそれに沿った名刀を量産出来るようになる」
俺の言葉にシルビアが神妙に頷く。
「確かにそうね。でも、量産された名刀は名刀なのかしら?」
「それは確かに」
自動車だって中世の人から見たら凄い精度で作られているが、現代人からしたら普通でしかない。
それが大量生産されているから尚の事だな。
様々な工学を実用化した賜物ですね。
そんな自動車業界にあっても、いまだに原理原則を理解しなかった結果、不良を作ってしまったなんてのはあるんだけど。
「それで、原理原則を理解していないところなんてどうやって見つけるのよ?」
シルビアの疑問も尤もだ。
理解していない事を理解していないのだから、探すのも難航する。
これは物事が順調にいっていれば気が付かないからたちが悪い。
この前のポーションの効き目が弱いものが出来てしまった時だって、それが出来るまでは誰も原理原則を理解していないなんてわかってなかったんだから。
ソクラテスの無知の知だね。
『ソクラテスの弁明』にもあるように、知っていると思い込んでいるだけ。
そのことを指摘すると死罪とまではいかないが、関係が悪くなることはあるよね。
会社の正門に「汝自身を知れ」って書いて掲げておきましょうか?
「職場での仕事を見ながら、質問していくことかな。まずはシルビアから」
「あたしから!?」
「そう。切れ味が良い剣と悪い剣の違いって何?そもそも切るってどういうこと?なんで剣で物が切れるかわかっている?」
「わかる訳ないじゃない!」
怒ったシルビアの拳が飛んできた。
まあ、大体こんなもんだよね。
※作者の独り言
原理原則を理解せずに仕事をしているなんて山ほどありますね。
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