第377話 材料仕入れ先変更 後編

 成分分析などという聞き慣れない言葉に反応が無くなってしまったが、ミゼットが最初に口を開いた。


「成分分析って何?」


「同じマンドラゴラでも、それを構成している物質が違う可能性があるっていう事かな。同じ果物でも甘かったり、そんなに甘くなかったりするだろ。ああいうのは甘みの成分量が違うからなんだよ。だから、マンドラゴラの成分でポーションの性能に関わるものの分量を測定するんだ」


「そんな事が出来るの?」


「賢者の学院に相談してみようか」


 残念ながら俺にはマンドラゴラのどの成分がポーションの性能に影響するのかがわからないので、成分を分析する事は出来ない。

 わかっても、測定するスキルがあるかも不明だな。


 賢者の学院にはカレンやサイノスといったつてがあるので、一先ずアポなしで行ってみようとなった。

 行くのは俺とミゼット、親方、ギャラン、ルーチェ、クレフ、シャンテだ。

 ルーチェ達も自分達が売っている商品がどんなものであるのかを知りたいのだという。

 このメンバーで賢者の学院に押しかけてみたが、運よくカレンが居て対応してくれることとなった。


「まずはマンドラゴラからポーションを作るのに必要な成分だけど、それは魔素よ」


「魔素か」


 カレンの言葉で初めてポーションに必要な成分を知る。

 魔素とは空気中に漂う魔力の源だ。

 いや、空気中だけではなく、水中や地中にも存在するな。


「マンドラゴラは魔素を吸って成長するの。でも、魔素の濃度は環境によって違うわ。賢者の学院でもポーションを作っているし、マンドラゴラ以外の素材でも作れないか研究をしているのよ。っていうか、あんたたち自分の作っているものがどんな原理で出来ているのか気にならないの?」


 カレンの呆れた声が親方の胸に刺さったようだ。


「ただ単に先代から引き継いだレシピを守ってきただけだった。考えるべきだったな」


 と、誰に言う訳でもなく反省の弁が出る。

 ミゼットも神妙にそれを聞いている。


「まあ、うちの学院にはそんなわけで魔素を測定するマジックアイテムがあるのよ。ちょうどここにもあるから、そこのマンドラゴラを貸して頂戴」


 カレンは俺達が持ってきたマンドラゴラを測定してくれる。


「こっちがステラの迷宮で採れたマンドラゴラね。魔素は52%か。次はこっちの奴が36%。同じマンドラゴラでも16%も魔素の含有量が違うわね。これを同じ重量で煮詰めたら効果が違って当然よ」


 測定結果はカレンの言うように16%も魔素の含有量が違っていた。

 これでは効き目が弱くなるのも当然か。


「でも、ポーションの色はいつもと同じだったよ」


 ミゼットはそう食い下がった。

 確かに、ポーションの品質確認は色でしていたな。

 検査員に変化点が無いとするなら、検査では異常は検知出来なかったのだろう。


「色素は効果には関係無いわよ。そりゃ、元の魔素が同じならそういう検査でもいいでしょうけど、魔素の量が同じかどうかはそれじゃわからないの」


 これは困った問題だな。

 カレンに言われて俺も悩む。

 今までの検査方法が不具合の発生で、実は適正でなかったとわかる事は多々ある。

 今回もそうだ。

 ポーションの等級によって薄めた度合いの確認は、効果の代用評価とはならない。

 ただ、発生と流出の原因は分かったので、対策は考えられるだろう。


 発生は

 効き目が弱い>魔素が少ないものを使った>変化に気づかなかった>測定してない>測定する決まりがない


 流出は

 効き目が弱いものを売った>効き目の確認が不十分だった>色で検査をすれば十分だと思っていた>ポーションについての知識が不十分だった


 こんなところだろうか。

 今回は決められたルールは守られていたが、ルールに不備があり、効き目の弱いポーションを製造して、販売してしまった訳である。

 管理者の親方ですら、ポーションのレシピさえ守っていればいいと思っており、魔素の量については考えていなかったのだ。

 これが対策書だったら胃が痛い。

 組織全体の知識不足、教育不足なので水平展開が膨大になる。

 自分が対策書を受け取る立場ならやらせますけどね。

 ついでに言うと、知識不足のなぜなぜ分析も必要だったりして、組織の在り方を見直す事態になったりすると、もう自分一人の判断ではどうにもなりません。

 まあでも、マグネシウムの知識も無しに無届けで加工して、爆発させちゃった会社とかもあるし、無知は罪なんですよ。

 因みにそこの会社は発注元共々、色々な役所に怒られていました。

 捕まらなかっただけマシか。

 爆発は小規模だったんだけど、近所から通報されて発覚したんですよね。


 さて、今回はそんな組織の在り方には手を入れず、魔素の測定でお茶を濁しておこうか。

 対策書を受け取る相手もいない事だしね。


「まずは魔素を測定してからポーションの製造を始めるようにしないとだな。カレン、その魔素測定器って売ってもらえるのかな?」


「これはだめだけど、学院に注文すれば大丈夫だと思うわよ。私の方からも話を通しておくし」


「ありがとう。そうしたら次は魔素の量に応じたレシピの作成だな」


 そう、今のレシピはステラの迷宮に特化したレシピだ。

 他の地域で採取されたマンドラゴラには使えない。

 それどころか、迷宮の魔素の濃度が変化したら、ステラのマンドラゴラでも効果が変わってしまうだろう。


「それなら任せてくれ」


 親方が名乗りでる。

 元々これはお願いするつもりだったので、妥当な役割分担だな。


「さて、最後に効き目の確認だが、色が使えないとなるとどうするかなあ」


 俺が考えていると親方が


「毎回エランをぶん殴って、ポーションを飲ませるっていうのはどうだ?」


 と、ブラック企業さながらの提案をしてきた。


「いや、俺がエランなら仕事を辞めます」


「そうか」


 残念そうな顔をするあたり、意外と本気だったのかな?

 エラン、この仕事辞めた方がいいかもね。

 今度会ったら伝えよう。


「でも、効き目って使ってみないとわからないよね?」


 ミゼットが言う。

 確かにその通りなのだが、そのために誰かが傷を負うというのもなあ。


「変化点があった時だけ、けが人で試してみるってことにしようか」


 俺は苦し紛れの対策を提案した。

 サービス品などで数量が少ない製品では、量産時には行っていた破壊試験などはやらない場合がある。

 なにせ、1個作るのに5個も破壊していたら単価が合わなくなるからだ。

 ただし、それも変化点があれば別である。

 苦し紛れではあるのだが、そんな運用をしている製品もあったので、今回もそうしたらどうかと思ったのだ。

 いくら人権意識が薄い世界であっても、流石にわざとけがを負わせるのは気が引ける。


「私達も、冒険者ギルドに卸すマンドラゴラの産地は、きちんと伝えないといけないわね。産地によって魔素が違うんだから」


 ルーチェがクレフとシャンテに言うと、二人は頷いた。

 本来、売る側が魔素を測定してくるのがルールだと思うが、そんな測定器が普及していないので、こればかりは受け入れ側で対応するしかないな。

 ミルシートが信用ならない商社の材料みたいだ。


「これで一件落着かな?」


 ポーションの効き目が弱くなったのは、マンドラゴラの魔素含有量の違いを考慮しない製造レシピが原因だった。

 魔素の含有量に応じたレシピを作れば、今後はこのような不具合は発生しないだろう。

 やはり変化点の管理は大切だと、改めて認識する事象だったな。

 この日はここで解散となった。


 そして後日。

 俺が冒険者ギルドに出勤すると、入口の外でエランがポーションの啖呵売を行っていた。

 どうやら効き目があるポーションのレシピが完成して、それをアピールしたいようだ。


「さあさあお立合い。御用とお急ぎでない方は、ゆっくりと聞いておいで。手前持ちいだしたるは、抜けば玉散る氷の刃。これで手前の腕を斬ると血が出る」


 エランは刃物で自分の腕を斬って、血が出るのを見せている。

 結構深く斬ってしまったのか、割と多めに出血していて見物客は引いている。


「驚くことはない、この通りポーションをひと口飲めば、痛みが去って、血も……止まらねえ。ふた口飲めば……」


 エランはポーションの効き目を見せるためにポーションを飲んではみたが血が止まらない。

 見物客も様子がおかしい事に気が付いてざわつく。


「ああ、これは廃棄するハズだった効き目の弱いポーションだ」


 持ってきたポーションをまじまじと見て青くなるエラン。

 エランは廃棄するハズだった不良品のポーションを持ってきてしまったようだ。

 ちゃんと隔離しておかないからこういうことになる。

 顔から血の気が引いたのは、出血のせいなのか、ポーションが効かないせいなのか。


「お立ち会いの中に、ポーションはないか」


 泣きながらポーションを持っている見物客を探すエラン。

 ガマの油か!




※作者の独り言

材料が同じJIS規格であっても、製造メーカーによって差異があり、弊社の生産条件はそれを吸収できないのを調達部門は理解して欲しい。

安いからといって、安易に調達先を変更するとこちらが大変なので。

それと、今までの検査方法が全く意味なかった時の対策書は胃が痛いですね。

市場に出てしまったものが問題ないとどうやって保証したら良よいのか悩みます。

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