第360話 ●●よりの使者

 とある町外れの肉屋に作られた作業場で数人の男たちが挽き肉を作る作業をしていた。

 その中のリーダー格の男が悪人そのものの笑みを浮かべて、


「オーク肉の中に、質の悪いジャイアントボアの肉を混ぜて売れば、どんどんもうかるな」


 と言った。

 ジャイアントボアの肉は、オークの肉と比較して1/2の値段で買えるのだ。

 当然味は落ちる。


「肉を挽き肉にして、安い肉を混ぜる。売るときは高い肉の挽き肉といえば、利益がドカンと増える。キッド様からこの話を聞いたときは、天才だと思いましたぜ」


 肉をこねる作業をしている男が、手を止めずにキッドと呼ばれた男を誉めた。

 その時、作業場のドアが開く。

 そして、一人の人物が勢い良く室内に入ってきた。


「天知る地知る我知る人知る、お前の品質偽装はお見通しだ!犯罪組織『不良』の幹部リコール・キッド、貴様の悪事もこれまでだ」


 室内に入ってきた人物は、キッドをビシッと指差してそう宣言した。


「誰だ!?」


 室内にいた男たちは驚いて一斉に闖入者の方を向いた。

 そして男たちの目に映ったのは、全身白い服に白いマント、顔は目だけが出ているマスク、当然これも白といった出で立ちの男だった。

 男というのは服から見える体のラインから想像したものであり、本当に男なのかはわからない。


「どここの誰だか知らないけれど、誰もがみんな知ってか知らずか助けを求める。品質月間よりの使者『品質仮面』!」


 闖入者は名乗る。

 そう、彼こそが正義の味方品質仮面だったのだ!!!!


「枡ブロックパーンチ!」


 説明しよう、枡ブロックパーンチとは品質仮面の必殺技である。

 測定補助具の枡ブロックで殴られたかのような、強い衝撃で相手を倒すのだ。

 その威力、実に10000ジュール。


 こうしてリコール・キッドの悪巧みは、品質仮面によって事前に潰された。

 品質仮面の活躍によって、偽物の肉が市場に出回ることは永遠に無くなったのである。

 みんなも品質偽装を見かけたら、品質仮面を呼ぼう。


――――


「ちょっと、アルト。何よこれ」


 俺が読み終えた紙芝居を片付けていると、仏頂面のグレイスが訊いてくる。


「子どもたちが品質管理に興味を持つように、紙芝居を作ってみたんだが。不満か?」


 おやおや、この娘はなんて事を言うんだいって感じで、俺はグレイスの方を見た。

 ここはいつものティーノの店だ。

 食事を終えたグレイスとオッティに、俺の作った紙芝居を見てもらっていたのだ。


「ふふふんーふん、ふふふふんふん…………」


「オッティ、それ以上はダメだ」


 酔いがまわり、上機嫌になったオッティが著作権管理団体に金銭を要求されそうな鼻歌を歌い始めたので慌てて止めた。

 品質月間よりの使者であって、ドミンゴからの使者ではないのだ。

 白黒つけるのが仕事ですけど。

 いや、グレーなのもありますよ。


 誰向けの言い訳かな?


「そもそも、品質偽装をするのは単純に悪といえるのかしら?」


 俺がオッティの口と鼻を無理矢理押さえているのを意に介さず疑問を投げ掛けてきた。

 それも、グレイスは猛禽類の親戚かと言いたくなるような鋭い目付きでそう言ったのだ。


「それってどういうこと?」


 オッティが静かになった事で、余裕の出来た俺は聞き返した。


「いつもの真因を探るってやつよ。単純に利益を追求して品質偽装しているなんてことは問題の根本から外れているわね。そもそもそうしてでも利益を出さなければならないのは、安いものを求める納入先やエンドユーザーがいるからよ。そのせいで適正価格での販売が難しくなっていると思わない?」


 グレイスの言うことに納得した。

 どこぞの牛肉偽装をした会社経営者も「こんな値段で牛肉が食えると思っている方が間違っている」と言っていたな。

 やったことは犯罪だが、安さを求める消費者にも問題があるというのは同意できなくもない。

 製造業の購買部門なんかも、明らかに原価割れを要求してくる担当者がいたりして、経営が苦しい会社が目先の運転資金欲しさに受注したりしていることもある。

 当然長続きはしないのだが、その後の話が気になりますね。

 いや、知ってはいるのですが公表できないのが残念です。


 ということを考えてしまった。

 しかし、それを受け入れてしまうと、俺の作った紙芝居が成立しない。


「じゃあどうやって子どもたちに品質の事を伝えればいいのか、グレイスには考えがあるのか?」


「もちろんよ」


 俺の問いに対して胸を張るグレイス。

 彼女は続けて自分の考えを話す。


「偽装現場に乗り込んだ品質仮面がリコール・キッドと一緒に納品先を告発するのよ。納品先の理不尽さを世論に訴えて、本当の悪は原価を無視した価格を要求する側にあると訴えたら、きっと賛同してくれる人も出てくるはずよ」


「告発!!」


 一気に生臭い話になってきたな。


「子どもの頃から正義のヒーローなんていない。戦うのは自分達なんだって教えないと、いざ社会に出た時に困るでしょ。ましてやここは働き始める年齢が日本よりも低いんだから、現実に気づくのは早い方がいいわ」


「確かに悪者を退治してくれる正義のヒーローなんて、実際には存在しないからな」


 それは夢のない話ではあるが、実に現実的な話だ。

 ウルトラマンに出演していた毒蝮三太夫が後に語っていたが、あの物語はウルトラマンがいなくなった後は自分達が地球を守っていかなければならないんだと子どもたちに伝えたかったんだとのことだ。

 神やそれ以外の何かに縋っても、事態が好転する事なんてない。

 結局は自分で考えて行動するしかないのだ。

 それを子どもに直接いうのはちと酷だが。


 俺が考え込んでいると、グレイスは続けて言う。


「そうよ。仮にいたとしても国家の転覆とか、そういった大きな悪事に対して動いてくれるだけで、下請法違反やパワハラみたいなことに首を突っ込むような事はしないでしょうね」


「下請法違反で正義のヒーローが乗り込んでくる気はしないな……」


「でしょ」


 グレイスは得意満面の笑みを浮かべる。

 正義のヒーローにコテンパンに叩きのめされる大手企業の社員やモンスタークレーマーを見てみたい気もするが、それよりも先に助けるべき案件があるだろうな。


 おっと、そういう問題ではないな。

 俺は別に紙芝居を作りたいわけではないのだ。

 子どもたちが品質に興味を持ってくれるきっかけとして、紙芝居という教材を選んだだけなのである。

 興味を持ってくれるのならば、劇や歌でも構わないのだ。

 ただ、劇であれば役者の数も揃えなければならないし、歌となると楽器の演奏も必要になるだろう。

 そういった事から紙芝居ならお手軽かと思って作ったのだ。

 そして、その紙芝居で品質を誤魔化すとひどい目にあうというのを、子どもにわかりやすく伝えるために正義のヒーローを登場させているのである。


 グレイスの言うような内容にするのであれば、大人たちを集めてセミナーでも開けばいいんじゃないだろうか。

 子どもたちが内容を理解できるとは思えない。

 特に、こちらの世界では義務教育なんてものは存在せず、説明を理解する下地がないのだ。

 いや、そうでもないか。

 明治維新によって江戸幕府を倒した薩摩藩では、子供の頃から実例を出してどうすればよいのか考えさせていたという。

 例えば、親の仇と主君の仇と同時に出会ったらどうすべきかとか。

 これに倣えば、納入先からキックバックを求められたらどうするか、ライバルが原価割れで見積もりを出したらどうするかなどを考えさせればよいのか。

 子供の頃から世の中の暗部にふれ過ぎかな?


「だから子どもたちには自分達で考えて乗り切る力をつけてもらいたいのよ。その力をつけさせるのが大人の役目でしょ」


 グレイスは教育者のような事を言う。

 ただ、俺もその意見には賛成なので頷くだけだったが。


 こうして俺の考えた小さいころからの品質教育は、グレイスの意見を取り入れてグレイス領で実施されることとなった。

 数年後には法の抜け道を探す若者ばかりになったというのだが、それはまた別のお話で。



※作者の独り言

子供ではなくて子どもというところにこだわりが……

それにしても、最近品質偽装のニュースが多いので、やはり小さいときから品質の教育をするべきではないでしょうか。

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