第359話 経営者が馬鹿すぎて、社員の諫言がまるで相手にならないんですが
「アルト、ちょっと付き合いなさい」
自分の席でコーヒーを飲んでいると、ものすごい勢いでやってきたシルビアに腕を引っ張られ、その勢いでコーヒーがこぼれてしまった。
「シルビア、僕には愛する妻が」
「そういう意味じゃないわ」
シルビアの拳骨が飛んでくる。
余計な一言を口走ったせいで、シルビアに頭を殴られた。
口は災いのもとだな。
こればかりは転生しても治らなかった。
前世の記憶があるからかな?
「痛いな。で、何に付き合えばいいの?」
頭をさすりながら、シルビアに要件を聞いた。
「実は他のパーティメンバーが全員死んだのに、一人だけ生き残った冒険者がいるのよ」
「奇跡的に生き残ることなんて珍しくないんじゃない」
「そうね、でも、それが二回続けば偶然である確率は低くなるわよ。他の冒険者の証言から怪しい点はないけど、どうして二回も一人だけ生き残る事が出来たのかを確認しておきたいのよ。それが他の冒険者が生き残るヒントになるかもしれないから」
「雪風みたいだな」
「雪風?」
「あ、ちょっと前世の記憶がね……」
雪風というのは大日本帝国海軍の駆逐艦で、一度も大きな損傷を受けることなく必ず帰ってきた軍艦で、奇跡の駆逐艦って言われていた。
その冒険者も奇跡的に致命傷を負わなかったのかもしれないな。
いくら幸運とはいえ、標準偏差から飛び出すのは許しませんよ。
「今応接室に待たせてあるから、さっさと行くわよ」
「あ、はい」
そんなわけで、シルビアと一緒に応接室に到着すると、中には若い男の魔法使いがいた。
彼の名はサフラン。
魔法使いなので筋肉はそんなについていないように見えた。
たいして鍛えてない体で仲間が全滅したのに、よく一人だけ生き残れたなというのが印象だ。
「サフラン、どうしてあんただけ生き残ることが出来たのよ」
シルビアの口調にサフランの表情がこわばる。
「シルビア、それじゃ尋問だよ。サフラン、僕たちは冒険者のためにも生き残るための条件を知りたいんだ。死んだ冒険者とサフランの何が違ったのかを教えて欲しいんだ」
俺は優しい口調でサフランに目的を説明した。
サフランも緊張が幾分解けたのか、その口を開いてくれた。
「最初はリーダーが地下20階層にチャレンジしようと言ったんです。私は自分たちはそんな実力無いからって考え直すように言ったのですが、他のメンバーもチャレンジしてみようっていう意見でした。危なくなったら引き返せばいいって考えていたんですよ。でも、遭遇したモンスターが強くて逃げる間もなく殺されてしまいました。自分は後衛だったのと、最初から無理だからいつでも逃げられるように考えていたので、前衛が殺されるのを見て直ぐに逃げました。仲間を見捨てたと言われるかもしれませんが、あそこで残って戦っていても死体が一つ増えただけでしょうね」
「最初から勝てないとわかっていたわけだ」
俺が合いの手をいれると、サフランは首を振って否定した。
「前衛の剣士が殺されるまでは勝てないとわかっていた訳ではないですね。勝てないだろうとは思っていましたが」
そういう彼にシルビアが質問する。
「何と遭遇したの?」
「オーガです。それも3体」
顔の前で指を3本たてるサフラン。
サフランは青銅等級で、おそらくパーティメンバーも似たような等級だろうから、オーガ3体と遭遇すると勝てないだろうな、と俺は納得した。
「一回目はわかった。二回目は?」
「昆虫タイプのモンスターに囲まれて、劣勢なのに倒すことで活路を見出そうとしました。これも私は勝てないと思って逃げ出したのです」
「報告書もそうなっているわ。その後通りかかった冒険者の報告でも、昆虫タイプのモンスターの死骸や、冒険者の遺体についた傷跡から間違いないわね」
とシルビアが補足してくれる。
「二回とも逃げようって提案したんです。だけど、リーダーや他のメンバーがそれを受け入れてくれなくて……」
「疑っている訳じゃないよ」
必死に言い訳をするサフランを落ち着かせる。
嘘は言ってないだろうな。
「結論から言えば、現実を受け入れられずに諫言を無視した連中が死んだわけだ。信言は美ならず、美言は信ならずってやつだな」
「何よそれ」
「昔の中国の人の言葉で信頼のおける言葉は耳が痛く、耳障りの良い言葉は信頼できないってことさ。実力がないっていう言葉が納得できずに突っ込んだ結果がこれだよ」
「中国?」
シルビアは最初の中国という単語で躓いた。
それもそうだな。
ここには中国はない。
勿論、老子は転生してないだろうし、道徳経が転移している事もないだろうな。
していたらそれはそれで凄いが。
「遠くにある国のはなしだね」
「それなら納得よ」
今の説明で納得できるなら大したものだな。
多分納得してないんだとは思う。
「ただ、意見をいうにしても受け入れてもらえるようにはするべきね」
「父の令に従う、又焉ぞ孝と為すを得えんや。つまり、上の者のいうことを聞くことが必ずしも正しいとは限らないわけだ。それに、リーダーや他のメンバーがいうことを聞かないのであれば、そこから先は自分の命を守る行動をとったほうがいいな。君君たらずといえども臣臣たらざるべからずなんてことはなく、臣臣たるべからずだな」
「今日のアルトはいちいち面倒な言葉を使うわね」
シルビアが不機嫌そうな顔をした。
俺の中身はおっさんなので、中国の古典を引用した例えを使いたくなるお年頃なのだ。
古文孝経からの引用とかしてみたいじゃない。
しかし、サフランの話を聞いていると前世を思い出すな。
寸法公差を満足していなかったり、工程能力が未達なのを品管が必死に止めるのだが、営業と経営者が前のめりすぎて止まってくれなかった。
他の部署は品管が最後はけつをふくからと、傍観を決め込んでなにも口出しはしてこないという状況。
命がかかっていないだけサフランよりはましな状況だったが、まあ死ねばいいのにとは毎日思って、神様にお祈りはしていました。
名前を書いたら死ぬノートが100万円って言われたら、その場で支払いをして購入していたかもしれません。
よく客先にばれずに済んだなと思います。
中にはばれて大騒ぎになったのもありますけどね。
耳が痛い事を聞かなくて、責任を取らない人はいいですね。
「対策はどうするのよ?」
「いいかい、シルビア。諫言を聞かないで、甘言を聞くやつは死んで当然だ。馬鹿は死ななきゃ治らないんだぞ」
「アルト、顔が怖いわ。それに『かんげん』と『かんげん』の違いがわからないんだけど。それに冒険者がいくら馬鹿でも死んだら対策になってないわ」
シルビアの指摘も尤もで、読みは両方とも『かんげん』だからな。
あと、対策じゃないか。
ただ、最初は反対していた品管も、会社組織に取り込まれて書類やデータの偽装したりしちゃうので、対策なんていうのはそこから逃げ出すくらいしかないんだよな。
会社もパーティもそこだけっていう訳じゃないんだから。
「サフランだけ生き残ったのが答えだろう。多数決が必ずしも正解になるわけじゃない。言いにくい事を言える方が少数派なんだからね。この場合は諫言をする側ではなく、される側の教育が必要なんだと思う。今回でいえばパーティリーダーだな」
冒険者の教育は冒険者ギルドが行えばいいが、会社組織になると難しいな。
特にオーナー企業なんかになると、経営者は諫言なんて聞き入れないし、言おうものならパワハラの嵐だ。
中小企業に限らず、一部上場の大手企業だってそんなものだ。
あそこの会社とかね。
ワッフル、ワッフル……
「そうなんですよ。あの時リーダーが私の意見を聞き入れてくれていたなら……」
「そうそう、意見を聞き入れずに間違った方向に行くやつが悪いんだ」
「今回のアルトは死者に鞭打っていくわね」
シルビアがあきれ顔でこちらを見た。
まあ、前世の経験から同情なんてできないからな。
「ってことで、対策は駄目だと思ったら逃げる事だな。一緒になって死ぬことは無い。後はパーティリーダーとしての教育に意見の取りまとめを入れる」
「わかったわよ。それでギルド長に報告しておくわ」
サフランには帰ってもらい、シルビアともう一度確認した内容を話し合い、今回の件をギルド長に報告してもらった。
聞く側のスキルも力量評価しないとですよね。
そうして俺は前世の世界のどこかで、今日も品管の諫言を聞かずに不良品を量産している会社があるんじゃないかと思い、会った事もない品管部員の苦労を想像して涙を流した。
※作者の独り言
一度は止めようとしたんですよ……
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