第357話 タイポしちゃうぞ
こんちには みさなん おんげき ですか? わしたは げんき です。
この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか
にんんげ は もじ を にしんき する とき その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば
じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて
わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。
どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?
ちんゃと よためら はのんう よしろく
2ちゃんの有名なコピペですね。
最近誤記でビールが回収になりましたが、何故間違いに気がつかなかったのか。
その仕組みを研究している人がいるので、今回はそんなお話にしてみようかと。
それでは本編いってみましょう。
今日は久々にグレイスとオッティがステラの街にやってきて、三人でティーノの店で食事をしている。
美味しい料理とお酒があるというのに、グレイスは浮かない顔をしていた。
「はぁ~」
目の前に座るグレイスが大きなため息をついた。
「どうした?ため息をつくと幸せが逃げていくぞ」
俺は飲んでいたワインのグラスを口からはなすと、テーブルに突っ伏したグレイスにそう言葉を掛けた。
「アルト、それは前世の話だろ。ここではため息はゴブリンを呼ぶって言うんだぞ」
「そうなのか。オッティは物知りだな」
この世界の慣用句をひとつ覚えることが出来たよ。
田舎のばあちゃんに夜中に口笛を吹くと蛇を呼ぶって言われたのを思い出したが、蛇足なので口には出さずに呑み込んだ。
蛇だけに。
「あんたら、真面目に私のことを心配しなさいよね」
グレイスがムクリと頭を持ち上げて、こちらを睨んでいる。
「心配はしているさ。俺でよければ相談にのるぞ」
そういって残っていたワインを飲む。
「じぁ、この国の第三王子を暗殺してきて」
「ブッ!!」
グレイスの意外な一言に俺は口の中のワインを大気開放した。
「きたねぇな!」
オッティから非難の声があがるが無視してテーブルを拭く。
何故なら、オッティと会話をするとまた脱線して、グレイスの機嫌が不良を出した時の客先の品管並みに悪くなるからだ。
「暗殺とは穏やかじゃないな。何があったんだ?」
「それが、第三王子とのお見合いの話が来て、やんわりとお断りの手紙を書いたんだけど、スペルミスがあって『凛々しいですね』って書くところを『禿げてますね』って書いちゃったのよ。で、第三王子は若禿げでカツラで隠していたそうなんだけど、その一文で結婚するか打ち首かの二択だって騒いでいるのよ」
「それは…………」
この世界の言葉では凛々しいと禿げているは同じ文字を使用していて、並びが少し違うだけなのだ。
なんでそんな風に言葉が出来たのかは知らないが、間違いやすいことは確かだな。
ただ、文字の読み書きは教育を受けられる層が限られており、一般的には不便ではないのでそんなに問題にはならないのだ。
今回はレアケースだな。
不良でいったら、対策としてポカヨケを設置するのをためらうレベル。
相手が悪かったという以外は、大きな問題ではない。
相手が悪かったのが大きな問題なんだがな。
「結婚するにしたって、フサフサがいいじゃない」
「男のみとしては、いつ禿げるかわからないから王子の怒りもわかるけどね」
俺も前世では早世しているのでフサフサのままだったが、年齢を重ねていたらどうなっていたかわからん。
禿げは進化の最先端で、むしろフサフサの方が猿に近いんじゃないかと思うが、世間的な評価は逆だ。
そして、それは転生したここでも同じであった。
「手紙を誰かに確認して貰わなかったのか?貴族ともなれば文章にも気を遣うだろ?」
権限がある人の手紙なので、何かあったら政治問題になるだろう。
だからこそ、文章を確認する人がいてもいいんじゃないだろうか。
するとグレイスは
「オッティに確認して貰ったわよ。役にたたなかったけどね」
と、オッティを睨みながらこたえた。
「俺はアルトと違って性格が悪くないから、他人のミスが絶対にあるなどという前提での確認はしない!」
オッティは胸を張って主張した。
「別に性格が悪い訳じゃないぞ。人はミスをする生き物だから、あるという前提でチェックしているんだ」
さすがにカチンと来たので、こちらも強めに言い返した。
「どうして人の可能性を信じないんだ」
「ミスる可能性を信じているだろ」
「やれば出来るかもしれない」
「完璧に出来る保証がどこにもないだろ」
「私の心配しなさいよ!!」
「「はい……」」
グレイスに怒鳴られて、オッティとの言い合いは終わりとなった。
「しかし、とんだところでタイポグリセミアが出たもんだな」
俺はグレイスの方に向き直った。
「タイポグリセミア?何よそれ」
「文字の最初と最後が合っていれば、単語を構成する文字が入れ替わっていても、読めてしまう現象のことさ。例えばほら」
そういって、日本語で書いた文章をグレイスに見せた。
「こんにちは、皆さん。お元気ですか?」
「よく見て」
俺が書いたのは「こんちには みさなん おんげき ですか?」という文章だ。
グレイスが声に出したのとは違う。
「あれ?でも、今読めたわね」
「これがタイポグリセミアだよ。脳が単語を予測するから起きるとされているんだ。だから、第三者が文章のダブルチェックをしたとしても、間違いを発見出来ないことの方が多いと思うぞ。検査規格書なんかも間違いを見落とすなんてのもあったからな。結局防止策として、一文字ずつ読み合わせすることにしたんだ。ただ、それは図面に基準となる文章があるから出来ることで、手紙のスペルミスを見つけるとなると使えないな」
「なによ、じゃあ対策は無いっていうの?」
「AIでもあれば出来たかもしれないな。異世界にそんなもんは無いから諦めろ」
「諦めたらそこで試合終了よ。でも、今は王子を何とかする方が先決ね」
グレイスはそうは言うが、王子を何とかするなんて俺には難しい。
何せ貴族でもない平民が王子に会うことがまず無理だ。
護衛も当然ついているだろうし、近づいただけで警戒される。
ピクリン酸で周囲まるごと巻き込んでの爆殺は可能だが、関係ない人たちの命まで奪ってしまう。
いや、王子の命を奪う前提というのも違うな。
どうも考え方が短絡的になっている。
そりゃあ、前世でも不良計上しようとする客を呪殺出来たらどんなにいいだろうと思って、ノートに名前と死因を書いてみたりもしたけれど、死神から貰ったノートではないので効果はなかった。
追い込まれてたな…………
「アルトのリコールスキルで取り戻して、相手の読み間違いで押し通せばいいんじゃないか?証拠物がなければ相手も強くは言えないだろ」
「それよ!オッティにしてはよく考え付いたわね」
オッティとグレイスで盛り上がっているが、俺は渋い顔をしていた。
「何よ、不満でもあるの?」
「大ありだよ。リコールはそんなに簡単にするもんじゃないだろ」
「私の命とどっちが大切なのよ!?リコールっていうのは命にかかわる事だからするんでしょ」
「そういわれるとなあ……」
グレイスの迫力に負けて、渋々リコールのスキルで手紙を取り返した。
テーブルの上に送った手紙が返ってくる。
「これでいいか?」
俺は手に取った手紙をグレイスに渡した。
グレイスは受け取ると直ぐに破り捨てた。
「これで証拠は無くなったわね」
悪い笑みを浮かべていたのだが、見なかったことにしておこう。
「我が夫となる者はさらにおぞましきものを見るだろう」
「オッティ、何か言った?」
とある殿下の台詞を言ったオッティを、グレイスはキッと睨んだ。
それに対してオッティはおどけて見せた。
まったく反省をしていないな。
「これにて一件落着だな」
俺はグレイスが破った手紙を受け取り、収納魔法で異空間へとしまい込んだ。
誤記は無くならないよなあと苦笑いをして、追加のワインを一気に飲み込んだ。
※作者の独り言
脳が勝手に補正するから、どうしても間違いに気が付かないんですよ。
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