第356話 来て見て触って不具合のお品

どこかで似た話があったら、他人の空似です。

それでは本編いってみましょう。



 本日も昼飯のあと、眠気と戦うためにコーヒーを飲んでいると、冒険者ギルドのドアが開いて、カレンとサイノスが入ってきた。

 二人とも酷く疲れた感じだな。

 徹夜あけの品管部員によく似ている。


「久しぶり。かなり疲れてるようだけと、何かあった?目の下のクマがペアルックになってるけど」


「そうよ。魔法装置の不具合原因がわからなくてこの様よ。だからアルトを迎えに来たの」


 カレンはカウンター越しに俺の肩を掴んだ。

 その隣ではサイノスが頼むと目で訴えてきている。

 ただ事ではなさそうだな。


「どんな不具合?」


 俺が訊ねると、カレンは


「時間が惜しいわ。賢者の学院に移動しながら説明するから」


 と俺を強引に立たせた。

 有無を言わせてもらえずに引きずられる。

 そのまま冒険者ギルドから出て、賢者の学院に向かうことになった。

 俺は飲みかけのコーヒーを諦め、カレンに理由を訊いた。


「移動しながら説明するってことだったけど?」


「そうだったわね。今賢者の学院がステラにツインタワーを建設しているのは知っている?」


 カレンの言うツインタワーとは、新しい賢者の学院の建物だ。

 今の建物が老朽化したので敷地内に建てており、その高さから街中のどこからでも見ることが出来る。

 ステラで一番高い建物だ。

 つい最近ステラに来た者を除いて、知らないものはいないだろう。


「知っているよ。街のどこからでも見えるからね。」


「実はそのツインタワーにオッティから聞いたエレベーターという昇降機をつけることになったのよ」


「エレベーターか」


「アルトも知っているから詳しい説明はしないけど、そのエレベーターの緊急停止のテストをしていたら問題が発生したの」


 カレンの話ではエレベーターの動力は魔石から供給される魔力。

 ツインタワーのそれぞれにエレベーターを設置してあり、魔力は別々に供給されるので、片方のタワーで緊急停止のテストを行っても、もう片方のタワーではエレベーターは問題なく稼働するはずだった。

 ところが、テストを実施したら反対の方のエレベーターが停止して、テストしようとした方のエレベーターは停止しなかったというのだ。

 さらに悪い事に、停止したほうのエレベーターには賢者の学院の理事の一人が、愛人と一緒に乗っていたというのだ。

 エレベーターに閉じ込められたことで、救出する際に愛人の存在がばれてしまって、理事は八つ当たりのように原因を直ぐに解明しろと怒鳴ったんだとか。

 どこにでもありそうな話だな。


「原因の解明は当然なんだけど、解明するまで家に帰るなって言っててね」


 サイノスが困惑した表情を浮かべる。


「勝手に愛人にエレベーターを見せる方が悪いのよ。つまらない見栄を張って、自分の研究成果でもないのに」


 カレンは怒っている。


「それでどうして俺が必要なんだ?」


 魔力で動くエレベーターの不具合だったら、賢者の学院で調査できそうなものだが。

 まあ、二人の疲れ具合を見たら解明が上手くいっておらず、他の誰かの手を借りたいというのは想像できるが。


「エレベーターを再現してテストしたんだけど、正常に動くのよ。だから私達だけだと行き詰ってて。どうやって調査を進めていけばいいのかアドバイスをして欲しいのよ」


「現地のエレベーターは確認しないの?」


「まだ内装工事が終わってないからって言われて、確認できていないのよ」


 不具合があった現物の確認が出来ていないのか。

 作り直した方が正常に動作するのなら、設計が間違っているわけではない。

 やはり現物の確認が必要だな。

 因みに、前世でも不具合品を回収しないと対策書が書けないといえば、ある程度日数の調整は出来た。

 なにせ海外で発生した不具合なんて、現品が返却されるまでに日数が掛かる。

 不具合事象を確認せずに対策なんて出来るわけがないから……

 いや、設計的な問題があるのがわかっていたが、しらばっくれて出荷していた製品の不具合だったら現品を回収しなくてもわかるけどな。

 設計的な問題なので対策は出来ないが。

 出来るくらいならとっくにやっている。

 という話を夢で見ました。

 でも、どこかの会社が今年も正夢にしてくれる気がしています。


「そこは工事の責任者に掛け合って、現物を確認しないと駄目だろうね」


「そこは交渉したけど断られたんだよ」


 サイノスによれば一度は交渉したみたいだが、工事日程が遅れており却下されてしまったそうだ。


「夜は工事をしているの?」


 俺は訊いてみた。

 工場の設備も二直や三直でもなければ夜は空いている。

 不具合の検証でもそういう時間帯に借りるのだ。


「あ、夜は工事をしていないな。どうして気が付かなかったんだろう」


「焦っているとそんなもんだよ。だから俺みたいに客観的に見ることが出来るのが必要だったんじゃない?」


「そうね。アルトに来てもらった甲斐があったわ」


 無理やり引きずり出されたんだけどね。

 結局、夜に現場確認が出来ることとなり、俺もそのまま一緒に確認をすることとなった。

 魔法の装置なんて門外漢なので、どこまで役に立つかはわからないがな。


 ツインタワーは夜でもライトの魔法で照らされており、昼間と同じくらいの明るさである。

 これなら外観部品の傷検査も問題なく行えるな。

 などと余計な事を考えてしまった。


「あ、これは!」


「何かわかった?」


 サイノスが魔力回路を見ていたら何かに気が付いた。

 俺とカレンは急いで駆け寄る。


「見て、ツインタワーのエレベーター制御回路の緊急停止の部分が逆になっている」


 俺は見てもさっぱりわからないが、カレンも頷いているのでそういう事なのだろう。


「ツインタワーの制御回路をなんで統合しちゃたの?建物が違うんだからそれぞれ別にすればいいのに」


 俺は疑問に思ったので訊いてみた。


「集中管理が出来ると便利だってオッティから聞いたのよ。それで魔力のオンオフを一括で出来るようにしたんだけど、それ以外の動作は別々に出来る設計だったのよね。この回路を作った魔導士がここの部分を間違っていたから、設計通りに再現した方だと緊急停止の異常が出なかったんだわ」


 カレンが忌々しそうに右手親指の爪を噛んだ。

 ここまでギリっという音が聞こえてきた。


「現物を確認したら直ぐに原因がわかったね」


「まだよ。再発防止対策を考えないと」


 サイノスがほっとして言った言葉に、カレンが強めの否定をした。

 そうだな、原因が特定できてやっと半分。

 再発防止対策が出来て初めて完了だからな。

 そうはいっても、ヒューマンエラーの防止となると難しい。


「ダブルチェックはどうかな?」


「サイノス、それは駄目だ。効果が薄い」


 俺はサイノスの案を却下した。

 最終的に何も思いつかなければダブルチェックだろうけど、それでは再発防止対策にならないと思う。

 ダブルチェックで不具合を見つけることが出来る可能性は低い。

 確実に流出を止める事が出来なければ駄目だ。


「あ、テストプログラムがあるか」


 テストプログラムというのは、その名の通りテストをするためのプログラムである。

 今回の場合、意図した動作をさせるために魔力が回路の中を流れるわけだが、それが出力される際に設計した通りなのかを確認するプログラムを作ればいいのだ。

 SE時代にもプログラムが最後までこけずに流れるのか確認するため、テストプログラムで最後にテキスト出力をするものを作った事がある。

 それをカレンとサイノスに話した。


「そうね。回路の各終端に魔力を感知する装置をつけて、どこの終端に魔力が流れたかを確認するようにすれば、設計通りか確認できるわね。建物に設置する前に確認することが出来るから、今回みたいなことは防げるわね」


 カレンは俺の案で急いで報告書をまとめて、件の理事に報告した。

 後日聞いた話では報告書は無事に受理されて、今後の開発手法として標準化されたそうだ。

 水平展開もばっちりだな。


 今回のお礼として、カレンからエレベーターの無料チケットが送られてきた。

 賢者の学院はエレベーターを一般に開放して、料金を取ることで建設費を回収するようだ。

 エレベーターから見える景色は飛翔魔法を使えない人達に好評で、料金もお手頃なことから連日長蛇の列が出来ている。

 おかげで、賢者の学院の研究者たちは階の移動に階段を使っているそうで、何のためにエレベーターをつけたのかわからないという不満の声があるのだとか。

 こうも人気だと、オッティがビル管理システムの販売を始めそうだな。




※作者の独り言

三日間缶詰めだったとかいう話がどこかに転がっていたら、偶然似てしまっただけですね。

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