第348話 溶接って、それはないでしょう!
昼飯を食い終わって、冒険者ギルドの自分の席でコーヒーを飲んでいると、ホーマーとスターレットがこちらに一直線に走ってくるのが見えた。
特にスターレットには鬼気迫るものがあり、つられて俺にも緊張が走る。
「アルト、急いでこの鎧の継ぎ目を壊して!」
スターレットが鎧の部品を指さす。
腰の部分が革のベルトではなく、金属を溶接してある。
L字の金具が上下の部品それぞれにMAG溶接でついており、そのL字の金具同士はスポット溶接されている。
「これ?」
「早く!」
今度はスターレットは今にも泣き出しそうになったので、急いで金属破壊の作業標準書を作ってMAG溶接部分をステゴロ日本一のスカーフェイスよろしく破壊する。
基本は溶接強度確認の母材破断作業標準書なので、作るのは比較的に楽であった。
タガネによる破壊ではなく手で引きちぎっているので、その辺は全くの別物だがな。
鎧の接合部が破壊されると、スターレットは脱兎のごとく鎧から抜け出し、どこかへと走っていってしまった。
まあ、向かった先はトイレなんだけど。
そうか、鎧を着たはいいけどトイレに行こうとしたら脱げなかったというわけか。
数分後にニコニコしながら彼女は戻ってきた。
「でだ、何をしていたのかな?」
俺はスターレットとホーマーを交互に見ながら訊いた。
すると、ホーマーが口を開いた。
「スターレットがこの前の護衛の仕事で、盗賊と戦った時に鎧のベルトを斬られたっていうのがあって、斬られない鎧が欲しいって言われたんだ。だから溶接ならいけるかなと思って試作してみたんだけど……」
「まずは作る前に考えようか」
俺は思わず頭に手を当てた。
馬鹿なのかな?
革のベルトが斬られたから、斬られない素材にするのはいい。
せめて鎖か、ねじにすればいいものを。
それをいきなり溶接とか、飛躍しすぎだな。
鉄壁の守りは貞操帯だな。
鉄だけに。
「もう間に合わないかと思った」
スターレットが笑顔でそう言った。
思わず前世で姫騎士がおもらしする大人向けのゲームの企画を考えた事を思い出した。
大人向けのゲーム会社に勤めている知人から、企画を考えて欲しいと言われたので、今までにあまりないようなシチュエーションを考えたのだが、「どういう人生を歩めばこんな性癖になるんだ。需要が無さ過ぎて使えない」と人生まで否定されて却下されたことがあったのだ。
※この物語はフィクションです。
まあ、そんなものは俺の趣味ではないので、目の前でスターレットに漏らされても困る。
今回は間に合ってよかったね。
「脱ぐときのことを考えなかったのか?」
俺は呆れてものが言えないのを我慢して訊いてみた。
「すっかり忘れてました」
ホーマーが申し訳なさそうに頭を下げる。
こういうことは事前にわかりそうなものだな、と思ったが前世でも結構あったな。
新規の設備で消耗品の交換や段取り替え時に、やたらと手間がかかるものがあった。
設備だけではない。
新車でも交換に時間が掛かる部品があるのだ。
整備士からのそういった声を吸い上げて、SST(Special Service Tool)が用意されるのだ。
次の新車ですっかり忘れて、同じようなSSTが出てくる事もあるので、その辺のことは整備士さんに訊いてみようね。
設備なんかは一応納品前に試運転するんだけど、面倒だという感覚は一度きりしかやらない作業者にはわかりにくいものだ。
「こんなもんだよね」でスルーされるので、現場作業者の設備に対する不満は多かったな。
今回の鎧の溶接は論外だが、そこまでではない不満は結構あるはずだ。
「鎖ならフラッシュバット溶接で作れるじゃない。それをベルトにすれば、盗賊如きの剣の腕前じゃ斬られないはずだよね」
ホーマーそう言った。
ホーマーはフラッシュバット溶接も出来るのかと感心した。
でも、そこはアプセットバット溶接にしといた方がいいかな?
スキルだから、フラッシュバット溶接でもいいのかもしれないけど。
フラッシュバット溶接はやったこと無いが、船のアンカーチェーンを作るやつだ。
火花がバチバチ飛んでて怖い。
アプセットバット溶接はコンターマシンの帯鋸を接続するのに使う。
何回かやったことあるけど、殆ど火花は出ない。
強度を求めるならフラッシュバット溶接なんだよな。
ってそうじゃない。
メンテナンス性の問題だったな。
「鎖やねじとは言ったけど、それだって変形したら今回みたいに脱げなくなるから、革がいいのか金属がいいのかは検討の余地ありだね」
俺はホーマーにアドバイスをした。
そう、ねじも時々折れたり変形して抜けなくなることがあるのだ。
そのたびに放電加工で破壊したりしている。
それでも、放電加工機にセット出来るのはまだいい。
それが出来ないやつは、手で破壊することになる。
ねじが取れなくなると大変ですよね。
それに、鎖にしても溶接で作るとなると、ステラ以外の街では修理が出来ない。
対策で斬られないようにするのも良いが、メンテナンス性を考えると革なんじゃないかな?
戦闘中に落ちないのを目的とするか、何があっても脱げるのを目的とするか。
まずはここからだよな。
「脱げなくなるのは絶対に駄目よ。ゼーッタイに!」
スターレットは脱げなくなる恐怖を体験しているので、そこは譲れないようだな。
やはり使う人間の意見が絶対だ。
ここは革のベルトでいくことにする。
となると、そもそもの対策を見直す事をしないとだな。
「革のベルトを斬られたのは、素材が柔らかい事が原因ではなくて、相手の攻撃を躱せなかった事が原因だね。なんで躱せなかったのかだけど」
俺はそう言ってスターレットを見た。
彼女はばつの悪そうな顔になる。
「技量が足りてなかった?」
「そうだね。相手もわざわざベルトなんて狙わないだろうから、偶然だったとは思うけど、それでも攻撃が当たる場所をコントロールできなかったわけだね」
その後スターレットはシルビアの特訓を受けることになった。
まあ、溶接されて脱げない鎧を着るよりはましだろうな。
※作者の独り言
設備のメンテナンス性を無視した設計とか、DRの段階で気が付きそうなもんですが、やはり自分で使わないとその大変さが理解できないんでしょうかね?
あと、設備の面取りも大きくしてほしい。
手をぶつけると痛いので。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます