第347話 品管への転生、ステンの縮管

 前世のことはあまり覚えていないが、思い出す必要も感じない。

 俺の今の名は、アルトという。

 皆はあまり気にしていないが、個人的には発音に気をつけて欲しい。

 アルトのルはRじゃなくてLだからな。

 今の俺は品管だ。


「思ったよりも手応えがなかったわね」


 隣のシルビアが剣についた血を拭う。

 魔王の手下のワーウルフがステラの近郊に出没していたのを、俺とシルビアが退治したのだ。

 冒頭の書き出しなのに、ワーウルフが退治されてしまう展開はどうなんだろうか?

 ところで何で途中で漫画家が代わったの?

 それはさておき、


「ホーマーに呼ばれているから、これからあいつのところに行ってくる。冒険者ギルドへの報告はお願い」


 そう、今日はホーマーに呼ばれているので、ワーウルフ討伐の後始末はシルビアにお願いした。

 元々ホーマーとの約束が先にあり、無理やりワーウルフ討伐をねじ込まれたのだ。

 シルビア一人でも問題なかったとは思うが、思わぬ事態があるといけないので、俺もかりだされたというわけだ。


 そしてやってきたホーマーの工房。

 ホーマーとアクアが待ち構えている。

 今日は新商品開発のためのヒント探しだ。

 二人がアイデアを出すのに詰まっているので、俺の知識から使えそうなものを出すという訳である。


「溶接と水魔法で出来ることねえ――」


 俺は唸った。

 約束をした時から考えていたが、どうも思いつかなった。

 そのまま当日を迎えて、こうして工房に居るわけである。


「パイプの片方を絞って、瓶みたいな形に出来ないかな?」


 ホーマーが俺に訊いてきた。

 そういえば縮管なんてものがあったな。

 縮管っていうのはパイプを細くする加工だ。

 スウェージング加工やパンチ加工などがある。

 スウェージングとは冷間鍛造加工で、母材の周りを金型が回転して絞っていく工法である。

 絞られるので当然母材は細くなる。

 パンチ加工でも絞ることは出来るぞ。

 こうすれば両端が異径のパイプの出来上がりだ。

 底にする方に板を溶接すれば、瓶の代わりにはなるな。

 異径のパイプを作りたければ、異径のパイプの溶接やロウ付けという手段もある。

 あまり細いと溶接の際に通路が埋まってしまったり、気密試験をしないと保証できなかったりするので、出来ることなら絞り加工にしてもらいたいのが品管の本音だ。

 シームパイプだと、どうしてもシーム部がその他の箇所と伸びが違うので、内外径の寸法の工程能力は未達となったりするがな。

 なのであんまり厳しい公差を設定しないでください。

 なんだったら、CP値から逆算して公差を決定なんてのもありますね。

 それでいいのかとも思いますが。


「それでいってみようか」


「出来るの?」


 俺がやると言ったら、訊いた本人が驚いた。

 どうやら適当に発言したみたいだな。

 でもそれが時には思わぬ成功を生むこともある。

 バズセッションだってかなりいい加減な事を言っても、それがヒントになったりするからね。


 それで、今回はホーマーに径の異なるステンレスのパイプを用意してもらい、それをロウ付けすることにした。

 絞るには設備が足りないからだ。

 金型は作れたとしても、スウェージングやパンチ加工をする工作機械がない。

 その点、異径のパイプをロウ付けするのであれば、細い方のパイプの片側を太い方のパイプの内径に合うように少し広げればいいだけだ。

 こんな時のためにネットスーパー的なスキルで、エキスパンダーを購入してある。

 まあ、それがなくても円錐状の金型をパイプに打ち込めばいいのだけど。


 そんな感じで太いパイプに細いパイプを挿入してロウ付けする。

 気密試験は出来ないが、ホーマーのスキルでロウ付けしたのだから大丈夫だ。

 と、ここまでやったところでホーマーとアクアはこの加工の価値がわかっていない。


「これでパスカルの原理を使えば油圧ジャッキが出来るかな」


「アルト、パスカルの原理って何?」


 しまった、ここにはパスカルなんていないんだったな。

 地球でもパスカルの原理が発見されたのは17世紀だ。

 この程度の文明レベルだと理解は出来ないよな。

 パスカルの原理というのは、学校でも習うので現代の日本人ならほぼ全員が知っているだろうが、ここではそんな教育を受けたやつなどいない。

 尚、パスカルさんは圧力の単位になって祀られている。

 祀られているってのはおかしいな、キリスト教徒だったようだし。


「簡単に言うと、小さい力で大きな力を生み出す事が出来るって事かな」


 そう説明した。

 俺も詳しい計算式なんて知らないし。

 口で言っても理解しづらいだろうから、ここからは実験だな。

 パイプ内部に水を入れて、その後パイプ両端に内径に合わせたピストンを入れる。

 シリンダーはメタルシールは無理なのでゴムパッキンを使用だ。

 勿論、ネットスーパー的なあれでN〇Kのパッキンを購入する。

 微妙に伏字になっていない気もするが、それは気にしないでおこう。両端のピストンを俺とホーマーでそれぞれ押していくと、細い方を押している俺の方が、力で勝るホーマーを圧倒する。


「なにこれ?」


「これがパスカルの原理だな」


 この世界にいない人の名前を言うのもどうかと思う。

 でも、使用している圧力の単位はPaなので、その辺の設定は神様もいい加減ですね。


 パスカルの原理は身近なところでは、油圧ジャッキや油圧ブレーキに使われている。

 そうそう、なんで油圧なのって言われると、それにはちゃんと意味がある。

 油は水よりもシールしやすいからだ。

 それに金属を腐食させない。

 水って結構厄介な物質なんだよね。

 なお、パイプのビードカットはキチンとしてあるので、余計なツッコミはご遠慮願いたい。

 土魔法でシリンダーボディとピストン作って、水魔法でシリンダー内部を満たせば、魔法の方が綺麗に仕上がりそうだが、これは賢者の学院にも売り込む案件かな?


「これをうまく使えば、小さな力で大きなものを動かせるようになる」


 ハンドリフトなんかは需要があるんじゃないかな?

 残念ながら俺は品管なので、実物を作ることは出来ないが、前世のハンドリフトのポンチ絵を二人に渡して、試作してみたらと言った。

 パッキンには獣の皮でも使えば、この世界にある物だけでも出来そうな気はする。

 ドワーフのスキルでパッキン無しでもオイル漏れしないくらいのクリアランスで加工は出来るかもしれないが、摩耗については流石にどうにもならないだろうな。

 どんなものが出来てくるのかは楽しみだが、品質の維持管理を考えると頭が痛い。




※作者の独り言

異世界に持ち込んだ単位が地球の人物由来とか見ると、どうするのかなって思いますよね。

樹脂のパッキンは水を使うとひび割れするので大変ですよね。

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