第343話 水魔法の可能性

「水魔法で何か出来ないかしら」


 今日はカレンとサイノスと一緒にティーノの店で食事をしている。

 なんでも、後輩の魔法使いで水魔法が得意なのがいるそうだが、賢者の学院では研究する内容が見つからずに居場所がないそうだ。

 じゃあ、冒険者になったらどうかというと、本人は危険な事はしたくないのだという。

 気持ちはよくわかる。

 人間だれしも危険な事はしたくないな。

 ジョブが冒険者としてしか生きていけないのであれば諦めもつくが、魔法使いならば他の道もあるだろう。

 ファンタジー作品では魔法使いが冒険に出ている描写が多いが、研究者としての役割があるのだから、冒険者として生活している方が珍しいのではなかろうか。

 就職氷河期を経験した身としては、大学を出ても日雇いっていうのは割と身近だったがな。


「グレイス領の募集は確認した?」


 俺は目の前の皿からサラダを取るのをやめると、2人を見てそう訊いた。

 グレイス領は今でも発展を続けており、慢性的な人手不足となっている。

 国内の失業者がどんどん集まっており、人口が二次曲線で上昇しているぞ。


「単純な労働力としての募集はあるけど、水魔法を活かした仕事がなかったのよね」


 カレンが頬杖を突きながら、反対の手で皿の上にある肉をフォークでつつく。

 お行儀が悪いな。


「水魔法ねえ――」


 俺は唸った。

 水魔法で出来ることって何だろうか。

 消火活動だとしても、そんなに頻繁に火事にはならない。

 生活用の水も今の所ステラでは問題になっていない。

 冒険にも出ずに、水魔法を使うとなると日常生活の何かだとは思うが、急に言われても思いつかないな。

 失業対策だと、うどん屋への就職とか、インターネットで本物の食材を売ったりとか食べ物関連ばかり思いつくな。

 ファンタジー世界じゃ無理な事ばかりだ。


「今日は迷宮鮟鱇の肝が手に入ったから、それを醤油をつけて軽く焼いてみたんだけど」


 メガーヌが料理を運んできてくれた。

 その時、ひらめく。

 鮟鱇は骨が柔らかいので普通にさばくことはできない。

 吊るし切りといって、吊るした状態で口から水を入れて膨らませ、その形を固定するのだ。

 水を入れて膨らますのは何も鮟鱇を料理する時ばかりではない。

 ハイプを成形する時にもハイドロフォーミングという水圧をかける工法がある。

 これを試しにやってみるか。


「なんとかなるかな。エッセの工房に来られる日を確認しておいてほしい」


「わかったわ」


 後日、面談の日時の約束をしてエッセの工房でとなった。

 こちらは俺とエッセとホーマーだ。

 やってきたのは細身の青年、名前をアクアといった。


「アクアです。よろしくお願いします」


 彼は頭を下げる。

 生真面目そうな顔つきだとは思ったが、外見の通り非常に丁寧だ。

 研究者としてやっていけなくなったが、他人を見下すような人物じゃなくて良かった。


「アクア、早速だがこの穴に思いっきり水魔法で水を入れて欲しいんだ」


 俺が指さした先には金型がある。

 金型には横に丸い穴があいている。

 ハイドロフォーミング加工は加工するパイプの内部を高圧の液体で満たすのである。

 そのためには液体を入れる穴が必要だ。

 前世であれば圧力をかけるポンプが必要だったが、ここは剣と魔法の異世界だ。

 水魔法で作り出した水を高圧でガンガン金型に送り込んでもらおう。

 なお、金型はエッセに作ってもらっている。


「思いっきりでいいんですね」


 心配そうにこちらを見て確認するアクア。

 ドワーフが作った金型なので大丈夫だと思う。

 金型の材料は俺のスキルで作ったから、材質も問題ないし。

 俺が首肯したのを見て、アクアは覚悟を決めたようだ。


 詠唱を始めて暫くすると彼の手の先から水が生まれ、凄い勢いで金型の中へと流れ込んでいった。

 金型はそんなに大きくないので、直ぐに中は水で満たされた。

 圧力がかかって金型が開こうとするが、エッセが用意した万力で外側を押さえてあり、金型が開いてしまう事はなかった。


「もういいよ」


 俺がそういうと、アクアは水を出すのを止めた。

 そして、エッセとホーマーが金型を開く。

 中から出てきたのは中間が膨らんだパイプだ。

 問題なさそうだなと、手にとって回しながら全体を観察する。


 これを応用すれば曲げも出来るな。

 パイプというのは中空であるので、無理に曲げようとすると潰れてしまう。

 一般的には2Dで曲げるのがよいとされている。

 Dはパイプの外径だ。

 つまりパイプの外径の2倍の半径の金型をパイプに当てて、中にマンドレルを挿入して曲げるのである。

 パイプベンダーというパイプを曲げる機械には1Dベンダーといって、パイプ外径と同じ半径で曲げることが出来るものもあるが、それでも1Dだ。

 それ以上はマンドレルの仕組み的に成り立たないのである。

 ところが、このハイドロフォーミング加工では更に小さい曲げ半径の加工が可能なのだ。

 これを曲げ以外でやろうとすると溶接になる。

 だが、複雑な形状を溶接するとなると、時間と手間がかかるし、不良の発生も確率が高くなる。

 ハイドロフォーミング加工はかなりコストメリットがある加工方法なのだ。


 でも水は柔らかいんじゃないかっていう疑問はあるかもしれない。

 だけど、水はとても硬いのだ。

 金型の代わりに水が使えるのはハイドロフォーミング加工だけではない。

 太いパイプの中に細いパイプを入れて、同時に曲げ加工をするときなども、中に水を入れて曲げるのだ。

 10メートルの高飛び込みともなれば、水面にたたきつけられた時の衝撃はかなりものだというのからもわかるよね。


「成功だな」


 出来上がった製品を検査して、俺はそう言った。


「どうかな、ここの工房で一緒にものづくりをするというのなら歓迎するよ」


 エッセがそういうと、アクアは力強く頷いた。

 これにて一件落着。



※作者の独り言

ハイドロフォーミングって言ったりバルジって言ったりしますよね。

会社によって呼び方が違うので、統一して欲しい。

不良の思い出書かないのってこれが初めてかな?

知識として知っているだけですからね。

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