第342話 異世界の凄い技術で鋳造してみよう

 今日は急遽オッティに呼ばれて、グレイス領に来ている。

 俺とグレイスはナショナルテクニカルセンターの一角にあるやや広目の部屋におり、オッティと向かい合っている。


「今日来てもらったのは他でもない、神託が下ったんだ。歯車とねじを作る」


 オッティはそう言った。

 突然の事に俺とグレイスは顔を見合わせた。

 今までも神託が何度かあったので、それ自体はまああるのかなとは思っていたが、歯車とねじを作ると言われると、なんで今更そんな神託が下ったのかわからない。

 何せ、俺もオッティもそんなものは神託があろうがなかろうが、勝手にこの世界に持ち込んでいたのだ。

 グレイスもそれを知っており、どうしてそんな神託がわざわざあったのかが謎である。


「二人とも驚いているようだな。当の俺も驚いたから無理もない」


 オッティは両手を広げて天を仰ぐ。

 今更神を敬うでもあるまいし、もったいぶらずにさっさと教えて欲しい。


「アルト、随分と不満そうだな」


 オッティがニヤリと笑った。

 俺はムッとして言い返す。


「神託があったから歯車とねじを作るとは、随分と不思議だと思ってね」


「そうだな、普通に作るのであれば神託など無かっただろう。実は鋳造で時計に使用する高精度の歯車とねじが別の異世界で作られたというのだ。それに我々も挑戦せよと神は仰った」


 そうだな、俺達もそれが出来なければ、この世界に転生させられた意味がないな。

 オッティの話を聞いて納得した。


「ねえ、鋳造って何よ?」


 グレイスが俺に訊いてくる。

 鋳造っていっても、一般的には知られていないからな。


「鋳物って言われている物を作る方法だな。溶けた金属を型に流し込んで形状をつくるんだ。金属じゃないけどたい焼きなんかがまんまその製法だな」


「ああそれならわかるわ。でも、そんなものが珍しいって事もないわよね」


「そうだな。ただ、歯車とねじを鋳造で高精度にっていうのは難しいぞ」


 これは説明するのが大変なので、オッティが作っているのを見ながらにしようか。


「神は仰った、蝋で原型を製造せよと」


 オッティが大仰にみぶりを交えて叫ぶ。


「蝋で原型を作るというとロストワックスかな」


「ロストワックス?」


 俺の言ったロストワックスという言葉にグレイスが反応した。


「ロストワックスっていうのは、蝋を使って原型を作るんだ。その周りを砂やセラミックで固めて、蝋を熱で溶かしてやるんだ。それで出来た空間にドロドロに溶けた金属を流し込むんだよ。そうすると蝋と同じ形のものが出来る」


 ロストワックスは指輪や拳銃のフレームを作るのにつかわれている。

 確かに高精度なものができるんだよな。

 砂型はそうでもないけど。

 砂型っていうのは文字通り、砂を固めて作った型の事だ。

 細かい砂を使ったりもするが、所詮は砂なので製品の表面にその粗さが転写されてしまう。

 問題はそれとは別に、蝋の原型を作る金型が出来るのかっていう問題はある。

 ここにはオッティがいるから可能だけどな。

 手で蝋の原型を毎回作っているのでは、同じ寸法の製品など絶対に出来ないぞ。


「たい焼きと違う作り方じゃない!」


 グレイスが非難の声をあげる。

 確かに先程の鋳造の説明とは違ったな。


「そう、これだと異世界で作られたものとは違う、たい焼きと全く同じ製法でやるぞ」


 オッティがグレイスの声に応える。


「え?じゃあそれだと何で材質が蝋なんだよ」


 俺は意味が分からずにオッティに訊いた。


「それは神に訊いてくれ。俺も知らん。だが、神託では蝋の原型を使って型を取って型の中に金属を流し込んで固めるとあったんだ。『一度原型を完成させて型取りを終えれば、その型を使って短時間で同じ形の加工品が量産できる。それが、鋳造という技術の強みだ』と神は仰るのだから、俺もそうしなければならないんだ。ロストワックスだと型は使い捨てだからそうはならないだろ」


「蝋を使っておきながら、やることはシリコン型や石膏型みたいなやり方だな」


「いちいち言葉がわからないわ、説明してちょうだい!!」


 グレイスの機嫌が凄く悪い。

 知らない単語で俺とオッティが会話するからだな。


「さっきのロストワックスっていうのは、金属を取り出すために型を壊さないといけないんだ。だけどそれだと神の言う事とは違っている。だからオッティのやろうとしている製法は原型を液体の中に入れて、その液体を固めるやり方なんだ。シリコンや石膏は時間が経つと固まるからなただ、それだと高精度のものは出来ないぞ」


 因みに、シリコンは型割りして数度使用することは出来るが、どんどん形状が悪くなっていくし、量産なのかといわれると量産ではない。

 プラスチック部品では試作時に使われる工法だな。

 光造形などで作った原型をシリコンの中に入れて固めて、型を割ってそこに樹脂を流し込む。

 真空注型では真空状態で樹脂を引き込むので、流し込むという表現は適切でないかな。

 石膏に至っては破壊して中身を取り出すので、これも条件には合致しない。

 量産をするためにはやはり金型が必要だ。

 しかし、溶けた金属の中に蝋を入れたら、蝋が融けてしまって使い物にならない。


「なので、今回使用する蝋は融点が1兆℃だ。これならゼットンでも出てこない限り大丈夫だ」


 なんとオッティが用意した蝋は金属よりもはるかに融点が高いものだった。

 そうだな、これでもゼットンが出てきて、融かされたら諦めるしかないな。


「よくそんなものが存在していたな」


「異世界だから!」


「異世界なら可能よね!!」


 オッティとグレイスの息がぴったりあう。

 そうか、異世界だからそういう蝋もあるよね。

 早速溶けた金属の中に蝋の原型を入れて型取りをする。


「そういえば、これで固まっちゃうと型割りはどうするんだ?」


 金型は半分に割らなければならない。

 ロストワックスのように、型を壊して製品を取り出すのであればそれでもよいが、量産で使用するのであればたい焼きの金型のようになっていなければならない。

 そして、金型が割れるということはパーティングラインが出来るのだ。

 ペットボトルの飲み口から底まで一直線に走っている筋がそれだ。

 たい焼きにもなると、合わせ目がかなりグズグズなのがわかるだろう。

 時計に使用する高精度のねじでパーティングラインがあると、雌ネジとの嵌合が出来ないと思うぞ。

 パーティングラインはねじ山よりも大きくなるはずなので、相手のねじとかみ合わないのだ。


「そこで登場するのが、異世界ならではの凄い技術を持った職人さんだ。今日はここに来てもらっている。パーティングラインが全くでないように仕上げてくれるんだ」


「流石異世界ね!」


 用意のいいオッティと、どんどん機嫌のよくなるグレイス。

 グレイスは異世界転生を満喫しているな。


 金型が完成したので、いよいよ鋳造だな。

 溶けた金属を湯口から流し込むのだが、単に流し込むだけでは高精度の製品にはならない。

 引けが出てしまうので、冷やし金を当てる必要があるのだ。

 冷やし金とはその名の通り、冷やすために型に当てる金属の事である。


「冷やしはどうするんだ?」


 俺はオッティに訊ねた。


「冷やし?」


 グレイスには説明する必要があるな。


「冷やしっていうのは冷やし金の事で、型を適切に冷やすことで、製品の収縮をコントロールしてくれるんだ。これがないと、製品の一部がへこんでしまったりするんだよ」


 俺の説明を聞いたオッティは満面の笑みを浮かべる。

 どこの恵比寿様だって感じだな。


「アルト、異世界に持ち込んだ鋳造の知識で、冷やし金の描写を見たことがあるか?」


「ないけど」


「そうだろ、だから異世界には冷やし金は必要ないんだ。物理法則が地球と一緒なんて誰が決めたんだ?」


「流石異世界ね!」


 またこのパターンか……


「じゃあ、湯口の仕上げもいらない?」


「もちろんじゃないか」


 湯口の仕上げとは、プラモデルのゲートカットだと思ってくれればいい。

 材料を流し込むのだが、流し込むゲートの形状がどうしても残ってしまう。

 だが、それを仕上げる表現も見たことないな。

 前世ではプレスで打ち抜きしていた。

 外観部品じゃないからそれで十分だったのだが、今回は高精度の製品だからなあ。

 でもそれも心配ないとか、異世界しゅごい。


「ひょっとしてガス抜きも?」


「勿論だ。異世界だからな」


 ガス抜きとは、型の内部にある空気や材料による水蒸気、ガスを外に逃がす事である。

 ガスがあるとそこに金属が流れ込まないので、鋳巣と呼ばれる空洞が出来てしまう。

 勿論不良だ。


「一体いつから地球と同じ物理法則だと勘違いしていた」


 某有名漫画みたいな台詞をはくオッティ。


「違うの?」


「この世界に空気はない。火が燃えるのは酸素との反応ではなく、火の精霊の力が強いからだ。だから、ガス抜きなんて必要ない」


「でも、水中で口から泡が出るぞ」


「それは身体の中にいる水が嫌いな精霊が、口から逃げ出したんだ」


 そうか、空気はないのか。

 それならガス抜きも必要ないな。


「じゃあ湯口に流し込むぞ」


「ちょっと待った!」


「おっと、ここでちょっと待ったコールだああああ」


 オッティがそう言ったので、俺は慌ててそれを止めた。

 それを茶化すグレイス。

 でも、そのセンスの古さってなあ。

 前世は何年生まれだったんですか?


「何だよアルト」


「オッティ、型の合わせはいいのか?ずれてないのか?」


「そんなもん異世界なんだから問題ないぞ。鋳造する職人が完璧にこなしてくれる」


 またこれか。

 型がきっちりあっていないと、完成した製品が固定側と稼働側でずれてしまう。

 その段差を出さないためにも、型の合わせが必要なのだが、工場では成形機やダイカストマシンで、毎回同じように型がスライドするから問題ないのだが、異世界にそんな仕組みはない。

 仕組みがないから職人の技量でカバーだ。

 お願いだから前世の会社に就職してください。


 こうして出来上がった小さなねじを手にした俺は


「JIS規格の一般公差ってなんなんだろうな……」


 と口にせずにはいられなかった。

 これが出来るなら、一般公差をもっと厳しく出来るよね。


「とまあ、蝋で作った原型で大量生産の金型を作ることが出来るわけだ。精度も問題ないよな」


 オッティは確認というよりも、それを認めろという態度だ。


「これなら品管いらないよな」


 俺の答えにオッティが満足そうに口許を緩めた。

 異世界しゅごい。


「「流石異世界!!」」


 俺とグレイスの声がハモった。




※作者の独り言

鋳造っていうと、業界的なイメージは砂型鋳造ですね。

木型に砂をつけて固める砂型を作り、そこに金属を流し込むやり方です。

ロストワックス鋳造はロストワックス、ダイカスト鋳造はダイカストって呼んでます。

ロウ付けを溶接って呼んでも間違いないけど、違和感があるのと同じですね。

製造業を経験したことない人に、どこまで伝わるかは疑問ですが。

鳥肉と鶏肉の違いみたいなもんかな?

どちらも「とりにく」って言いますよね。

口で「とりにく」って言われて、ツグミの肉が出てきたら違和感があります。

食べちゃダメ、絶対。

そんな鋳造ですが、異世界を舞台にした小説でも扱われる事があります。

読者も鋳造の詳しい描写を求めている訳では無いのですが、ちょっと違和感があったり、不良を作らないための描写が全くないと、気になってしまいます。

特に漫画だとかな。

小説なら描写を省略したで済むけど、画像でそれがないとね。

なんでこんなに鋳造に文字数使うかっていうと、不良率がとても高くて、扱いたくないからです。

材料は融かせばもう一度使えるので、ショートショット、巣、引け、かじり、バリ残り、鋳肌不良等々出てきます。

異世界ですごい技術で鋳造してくれている職人さんも、見えないところで不良と戦っていると思いますよ。

あ、ねじは鋳造ではなく転造や切削がいいと思います。

時計に使用するねじの鋳造を引き受けてくれる会社なんて無いんじゃないかな?

歯車は自分ならプレス加工で作りますね。

時計用ならですが。

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