第341話 ここは俺に任せて先に削れと言ってから10年がたったら伝説になっていた

 冒険者ギルドの中を歩いていたら、前からシルビアがやってきた。


「アルト、あたしの剣を紙一重で避けて」


 シルビアはそう言うと、ショートソードを抜いて俺めがけて横薙ぎに振るった。

 いきなりの攻撃ではあるが、殺気は全く感じない。

 紙一重で避けてと言われたが、紙一重で当たらない距離の軌道を銀蛇が通りすぎる。

 それがわかったので、俺は全く動かずにいた。


「何で避けないのよ!」


 切れ気味にシルビアが興奮した口吻で突っかかってきた。


「そう言われても、当たらないのがわかったからね。当てるつもりだったの?」


「そうよ」


 なんで俺は冒険者ギルドの中で、職場の同僚に斬られなきゃならんのだ。

 全くもって意味が分からないよ。


「オーケー。シルビアの言いたいことはわからないけど、このままだと会話がかみ合わずに、こちらのストレスが積みあがっていくだけなので、スカイツリーよりも高くならないうちに理解できるところまで歩み寄ろうと思う」


「スカイツリーがなんなのかはわからないけど、アルトが困っているのはわかったわ」


 あなたが原因ですが、どうしてそう他人事として扱えるんですか?

 余計にストレスが溜まったが、今はそれを我慢する。


「俺に斬りかかって何をしたかったのですか?」


「最近紙一重の攻撃が出来るようになったから、それを極めようとしていたのよね。ところが、昨日からそれが出来なくなっちゃって。アルトなら原因がわかると思って斬りつけてみたのよ。さあ、原因を分析して」


 シルビアの言いたいことは理解できた。

 紙一重で当たるか当たらないかの攻撃という、達人の域になった人しか出来ない技術を習得出来たのだが、習得したはずの技術がいつの間にか使えなくなっていた。

 そういうことだな。

 そしてその原因を調べたいが、自分ではわからないから俺に相談したいと。

 そこからいきなり攻撃に移るとか、品質管理ツールの敗北だな。

 いや、そんなものはここには無いし、21世紀でも品質管理ツールは作業者に敗北して毎日不良は止まらない。


「いきなり攻撃された身としては、協力するのはご遠慮したいのですが、俺がやらないと被害者が出そうなので協力しますよ」


「返答はやるか、やらないかだけでいいわ」


「やります」


 俺の返答が理由つきで長いため、シルビアが不機嫌になった。

 少しはこちらの気持ちも考えて欲しいね。

 まあ、俺以外に斬りかかるとは思えないが、全く無いとも言えないので、ここでなんとか解決しておこう。


「まず、変化点を確認しましょう。昨日と一昨日で体になにか変わったことは?」


「無いわね」


 そうか、腕を虫に刺されたりしても、そんな繊細な技術は使えなくなると思っていたのだが、そういった変化点は無いか。


「体に変化がないのであれば、ショートソードに何か変化はありましたか?」


「そういえばデボネアに研いでもらったわ」


「ああ、それか」


 原因は非常に簡単な事だった。

 ショートソードを研いだことで、少し寸法が短くなっているはずだ。

 これはマシニングセンターでもあったな。

 刃物を研磨したり、そもそも使用していると摩耗して短くなる。

 そのため加工後の寸法が変わってしまうのだ。

 それに対応するために、工具補正というのがある。

 摩耗した分の寸法をマシニングセンターに教えて、その分補正をかけるのだ。

 工具径補正と工具長補正があり、補正のやり方も色々ある。

 自分じゃやったことないから、詳しくは知らないけどな。

 マシニングセンターの加工寸法公差って、±0.2ミリとかだったりすので、工具補正をかけないと直ぐに不良となってしまうので、自動で補正を出来ないマシニングセンターのオペレーターは大変だぞ。

 そして、補正する数値を間違ってくれるので、後始末が大変だ。

 勿論、初品チェックはするのだが、小数点以下しか確認しておらず、寸法を1ミリ間違ったのに気がつかなかったのだ。

 本来21ミリであるべき所を21.95で補正してくれたのだ。

 チェックシートには20±0.2という項目があったのだが、書き込まれた数値は95。

 見事に小数点以下しか記録していなかった。

 「これで十分わかるだろ」と言う作業者に「わからないから不良が出来たんだろ」と言い返したら納得してくれました。

 説明しないとわからないのかと言いたかったけど、既に客先へ出荷されてしまい、思考はそちらの対策へと移ってたので、作業者は相手にせず客先への連絡をどうするか悩んでましたよ。

 作業者も流石に客先へと流出した話を聞いて、真っ赤だった顔が青くなったのですが、良品を作らないとばれたときにマズイので、早く補正値を修正して生産するように指示をしました。

 流出した製品は異世界からやってきた美少女が魔法で良品に変更してくれたので、問題は何も発覚しませんでした。

 ええ、魔法ですよ。


 そんな異世界の魔法の話はさておきましょう。

 まあ他にも、加工中に主軸に熱が加わって、熱膨張した結果寸法不良になるっていうのもあるんだけど、今回ショートソードは室温と比較して高温になっている訳ではない。

 研ぐ前との比較はできないが、それが原因で間違いないな。


「だからショートソードが少し短くなっているのよね。でもそれをなんで自分で理解して紙一重の攻撃が出来なくなったのかがわからないのよ」


「え、なんでそこまでわかっているのに出来ないの?」


 原因がわかったのであれば対策出来ると思ったが、どうもそうではないのか。

 しかし、工具長補正みたいに最初に定位置に試し斬りの藁でもおいて、それを斬った感覚で補正すればいいんじゃないのか?


「それが、紙一重の攻撃が出来るようになった時の感覚を体が覚えちゃって、中々修正できないのよね。どれくらい攻撃が外れていたかわかった?」


「んー、0.06ミリかな」


 俺は先ほどの攻撃を思い出して、ショートソードと自分の距離を教えた。

 0.06ミリなので、実際には紙一重以下のズレだ。


「その微調整が出来なくて、どうしたらいいと思う?」


「そうだねえ――」


 測定機みたいにキャリブレーション機能があるわけでもないし、こればかりは訓練するしかないんじゃないかな。

 出来ればその相手は生物じゃないといいね。

 と思っていたが、シルビアがこちらを見てニヤリと笑う。

 あれは獲物を見つけた猛禽類の目だな。

 笑顔を見ても背筋が寒くなる。


「アルト、付き合って」


「僕には妻が……」


「訓練に決まっているでしょ!」


「あ、はい」


 神様お願いですので、剣士のスキルに紙一重の調整出来る奴を追加してください。



※作者の独り言

工具長補正ってハイトゲージで刃物の長さ測定して、自分でマシニングセンターに打ち込むのしか見たこと無いですね。

数値打ち間違って、不良作られた時にそういうものがあると知りました。

10年たったら、いつの間にかその作業者の武勇伝として伝説になっているのは納得がいかない。

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