第339話 スパッタの飛ぶ範囲ってどこまでなんだろうね

 今日はホーマーに呼ばれて、彼の作業を観察している。

 俺が溶接を指導するために、一度ホーマーの作業を見ながら作業標準書を作成したのだ。

 定期的に作業観察を依頼されている。

 ホーマーのジョブを知った時に、溶接作業の定期確認について話をしたことが切っ掛けだ。

 溶接作業を見学したいと、オーリスも一緒に来ている。

 保護用のサングラスに興味深々だ。

 おしゃれアイテムじゃないぞ。


「いつもと変わりはないな」


 俺がそういうと、溶接作業を終えたホーマーはほっとした表情を見せた。

 いつもと変わらないということがどれだけ難しいのか、ホーマーは知っているのだ。

 特に溶接については、破壊しないとわからない事もあり、また破壊したら商品として成り立たないので、変化がない事で問題ないと定期的に評価することもあるのだ。

 チェックシートの項目に、適当に〇をつけて返却してくるメーカーもあるけどね。


「出来栄えも問題ないし、これを維持継続していればいいよ」


 と評価をした。


「溶接って火花が飛んできて怖いですわね」


 とオーリスが感想を述べる。

 これはスパッタが飛び散るのを初めてみたオーリスが、先ほどまで声を上げて怖がっていたので本心だとわかる。

 自分も最初は怖かった。

 工場の天井まで飛び上がるスパッタの下を潜り抜けて、対象品の検査に向かうのは中々慣れないぞ。

 毎日あの環境にいる溶接作業者ってきついよね。

 工場内でも3Kの度合いってばらつきがある。

 溶接やメッキ、塗装工程なんかは不人気だな。

 それと比較して、組み立て工程はかなり綺麗だ。

 というか、コンタミ問題があるので当然なのだが。

 綺麗さでいえば塗装工程も綺麗なのだが、その他の問題で不人気なのだ。

 役所の目があるので具体的な事例は避けますが。


「あ、この木の板で火花を防いだらどうかしら?」


 オーリスが壁に立てかけてあった木の板を持ってきた。


「スパッタは高温だから、可燃物を溶接作業場の近くに持ってくると火事になる危険があるぞ」


 と俺は注意した。

 木の発火点はおよそ250℃である。

 因みに紙は450℃程度。

 学校で紙コップに水を入れて、アルコールランプであぶっても燃えないという実験をしたかもしれないが、あれは水があることで、紙コップの発火点まで温度が上昇しないので、結果として燃えないという現象を見ているのだ。

 で、スパッタによる火事は割とよくある事象である。

 箱の中に新聞紙を敷いて納品される部品もあるのだが、その箱の中の新聞紙がスパッタによって燃えたなんて事象は色々な会社で聞いた。

 そんなわけで、可燃物は極力溶接現場に置かないようにしているのだが、新人作業者が勝手にスパッタよけでダンボールを設置していたりするので困りものだ。

 じゃあ、お前がこの職場で仕事しろっていわれると、気持ちはわかるよってお茶を濁しますけど。

 勿論溶接ロボットの導入もしていますよ。

 ただし、数が多く出るものでないと、溶接治具の費用が出ませんので、全部をロボットで溶接するというのは無理です。

 月間の生産台数が弱小サークルの同人誌なみの車なんて、金型作る費用も出ないんじゃないかって感じなので、当然溶接も最低限の簡易治具で行います。

 ロボットじゃ不可能ですね。

 営業にはもっと数の出る仕事を取ってきて欲しい。


「そうでしたの。でもそれではホーマーは怖くないのかしら?」


 オーリスに訊かれて、ホーマーは


「ドワーフなので大丈夫です」


 と答えた。

 ドワーフだから大丈夫。

 パンツじゃないから恥ずかしくない。

 世の中の真理ですね。

 まあ、ドワーフは火に強いのは認める。

 鍛冶だって熱した鉄を扱うので、火傷をすることだってあるだろう。

 それを生業とするものが多い種族なので、火に強い個体が多いのは納得だ。

 酒に強い理由は不明だがな。


 ドワーフは火と酒に強くて、エルフと仲が悪いというのが定番だ。

 なんでそうなったのかは知らないが、俺の転生したこの世界でも似たようなもんだ。

 エルフと言い争っているのは見ないけど、きっとエルフがいたら言い争うのだろうな。

 是非ともここにエルフを連れてきて、ホーマーの反応を見てみたい。

 が、エルフを連れてくるという単語が不吉なので、実行に移すのはやめておこう。

 適当な事を書いていたら、何故か偶然にも呼び出ししたニュースが飛び込んでくることがあるからな。


 尚、一般的な溶接ではアーク溶接とスポット溶接があるのだが、自動車工場でスパッタが飛ぶ映像は大体スポット溶接だ。

 条件である程度は発生を抑えられるのだが、完全に無くすことは今の所不可能である。

 あのスパッタが靴の中に入るととても熱い。

 というか、火傷する。

 アレを経験すると、ダンボールでもいいからスパッタがこちらに飛んでくるのを防ごうという気持ちは理解できる。

 だが、火事になる危険があるので、同意は出来ないぞ。

 前世の工場ではスポット溶接はアーク溶接の前工程での仮止めだったので、とても弱い電流で行っていたので、そんなにスパッタは発生しなかった。

 ルールを無視して、作業ズボンのすそをまくっていた作業者でもなければ、靴の中には入ることはなかった。

 じゃあ何故靴の中に入った時の状況を知っているのかというと、それは禁則事項ですね。

 溶接工程って暑いんだよ。


「じゃあ、見学するのは遠くからしか出来ないですわね。貴族の前でホーマーが溶接を見せれば、きっといい商売になると思ったのですが、これでは皆様から不評を買ってしまいそうですわ」


 オーリスはそんなことを考えていたのか。

 パフォーマンスとして溶接作業を見せて、製品を販売しようとしていたのか。

 確かに溶接なんてホーマーしか出来ないから、物珍しいというのはあるな。


「あ、でもこの保護具のサングラスは珍しいので、これをホーマーから買い取って販売させていただこうかしら」


 そんなわけで、直ぐに契約をするはこびとなり、後に上流社会でサングラスが流通したのだが、それはまた別のお話で。




※作者の独り言

スパッタ起因の火災については色々とありまして、箱の中に新聞紙を敷いて納品というのはほぼ無くなりました。

昔はこんなのがあったよっていうくらいですね。

私の聞いた火災の話の中でのナンバーワンは、スパッタではなくトーチロウ付けによる火災です。

トーチから出ている火が手袋に引火し、慌てた作業者が手を振ったら手袋がスポッと抜けて、そんなに近くもない場所で塗装作業に使っていたシンナーの所に飛んでいき、今度はシンナーに引火したっていうのがありました。

漫画か!

誰も死ななくて良かったですね。

多分死亡事故なのに笑ってしまったと思います。

洒落にならなさでは、逆火による火災もありました。

逆火とはガス火炎を使用中に火炎が火口からガスの供給側へ戻る現象です。

爆発事故だったとか。

そんなにの比べたら、スパッタはボヤ程度にしかならないですね。

だからいいってもんでもないですけど。

いつか大きな火災になるとも限らないので、やはりルールは遵守しましょう。

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