第314話 塩梅
「まいったな」
冒険者ギルドの相談窓口に来て、眉間にシワを寄せているのは、商業ギルドの長であるシャレードだ。
「まいったからここに来たんですよね。何に困っているんですか?」
見かねて俺は声をかけた。
「相談に乗ってくれるのか?」
「いや、どうみてもそれを要求していましたよね」
シャレードの顔がぱっと明るくなった。
地獄で仏に会ったのかという表情だ。
「実は魔王軍の行動が活発になって、物流に支障が出ているんだ。護衛をつけてはいるが、襲われて荷物や命を奪われる事件が増えていてな」
「それならば私ではなく、冒険者ギルドにもっと腕の立つ冒険者を依頼すればいいんじゃないですか?」
護衛任務の失敗が増えている話は聞いている。
これを不良率の上昇と捉えるのであれば、確かに俺に相談を持ってくるのはわかるが、それはシャレードの仕事ではない。
「まあ、話は最後まで聞いてくれ」
シャレードは手で俺が喋るのを制止した。
そして続きを話し始める。
「ステラは内陸の都市だ。塩の調達は海沿いの地域からの輸入に頼っている。知っていると思うが、塩が無ければ人間生きてはいけない。ところが、その塩がよりにもよって連続で襲われて強奪されたってわけだ。ステラの塩を一手に引き受けていたこちらの面子が立たないってのもあるが、この街にいる人間がみんな塩分不足で死んじまうかもしれないんだぜ。それをどうにか出来ないかと思ってな」
「今にも無くなりそうなのか?」
「そうだな。実際に市中の塩が不足してきて、徐々に取引金額が上がってきている。相場は正直だよ」
「塩湖や岩塩の採掘でなんとかならないのか?」
俺は前世の知識からそう訊ねた。
しかし、シャレードは首を横に振る。
「そんなもんがあればここに相談には来ねえよ」
「それもそうか……」
シャレードも切羽詰まってここに相談に来たんだろうな。
塩が入ってこないとなると、ステラの街が無くなる可能性もある。
全員が死ぬわけではなく、塩を求めて別の街に移住したりするだろうからな。
そうなれば、ステラの商業ギルドもおしまいだ。
「どこか空いている倉庫はありますか?そこでなんとかしますよ」
俺がそういうと、再びシャレードの顔が明るくなった。
「空いている倉庫ならあるぜ。今からでもいいか?」
「ええ、自分も早いところ解決させてしまいたいのでね」
「じゃあ早速案内するぜ」
といったところでシルビアがやってきた。
オーリスも一緒である。
珍しい組み合わせだな。
「あら、シャレードじゃない。どうしたのよ」
シルビアがシャレードに訊ねた。
「実は塩の入荷に問題があってな。アルトに相談していたってわけだ」
「今から解決しに行ってくる」
俺がそういうと、二人は食いついてきた。
「それなら私も同行しましょうかしら」
「そうね、オーリスがいくならあたしも行くわ」
結局4人で倉庫に行くことになった。
案内されたのは倉庫というが、かなりの広さだ。
具体的には日産○体が売却して、ららほ○ーとになったあそこの土地くらいの広さだ。
実に自動車業界らしい例えですね。
まあ、これだけ伏字にしておけば気付かない人は気付かないだろうな。
その中に入ると、本当に何もなくがらんとしている。
「ここならいいか」
俺は内部を見回してそう呟いた。
「我は地の塩なり。塩による味付けをここに示せ――」
俺が呪文を詠唱する。
「アルトが詠唱するなんて珍しいわね」
「最近厨房がなんとかとよく独り言を言っておりますわね」
シルビアとオーリスの言葉が気になって仕方がない。
偶にはこういうのやってみたいじゃん。
折角の異世界転生なんだし。
「【塩水噴霧試験】」
俺はスキルで塩を作り出した。
前世の塩水噴霧試験では塩を使うが、それは食塩ではない。
純水な塩化ナトリウムだ。
そこは異世界チート。
食塩がもりもり作れる。
因みに、水も純水を使用していたのだが、こいつもパラメータを弄れるので、水道水から純水、ミネラルウォーターまで作り出せたりする。
塩の商人として、フェンリルを従えて旅をしてもいいくらいのスキルだ。
目の前にスキルによって50トンの塩の山が出来上がる。
勿論真っ白な塩だ。
ちゃんとミネラルも入ってるがな。
「どうですか。これで足りますよね?」
俺は後ろを振り返った。
しかし、そこには口をあけて唖然としている3人がいた。
「あれ、俺また何かやっちゃいました?」
「ちょっとは自重しなさいよね!」
シルビアが実に異世界転生らしい突っ込みをいれてきた。
そう、314話目にしてやっとお約束を出来たのだ。
長かった。
「こいつが全部塩か……」
シャレードが塩の山に近づこうとする。
「ストップ!うかつに近づかないで」
俺はそれを急いで止めた。
「なんでだよ。売り物になるか確かめないと駄目だろうが」
シャレードは不満を口にする。
その口吻は興奮していた。
……
「塩の山に埋もれたら死んじゃいますよ。同じものを作るから手を出してください」
俺はそう言って少量の食塩を作り出し、シャレードの手のひらに乗せた。
塩っていうのは非常に危険なのだ。
過去には塩の山に落下してしまい、水分が体外に出て死亡してしまったという事故もあるのだ。
尚、落ちた仲間を救おうとして、後からもう一人塩の山に飛び降りて二次災害になっている。
そういう時は直ぐに消防に通報だという教訓になっている。
工場には危険がいっぱいあるので、ルールを守ろうね。
シャレードは俺の作った塩をぺろりと舐める。
「確かに塩だな。しかも不純物が殆どない上質な塩だ」
そう褒めてくれるが、不純物はあるぞ。
純粋な塩は美味しくない。
日本の食塩も99%が塩化ナトリウムで、海水を天日干しした塩の81%に比較しても圧倒的に純度が高い。
しかも日本たばこ産業による専売なので、日本人は強制的にそれを食べさせられているのだ。
(この作品が書かれた当時の話であり、塩の専売は1996年に廃止となっております)
「これだけあれば足りますか?」
俺の言葉に今度はオーリスが不満そうにしている。
「ステラの一ヶ月の塩の消費量を考えたら、これだけで半年はもちそうですわね」
「そうか。じゃあ何が不満なの?」
「そんな塩が一気に流通したら、価格が暴落しますわよ。そうなったら冒険者ギルドに塩の輸送を護衛する依頼が来なくなりますわ。遠方から運んできても赤字ですもの」
「言われてみれば」
「だから自重するのよ」
シルビアにまで言われる始末。
次からは自重しよう。
「『来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ』か。塩を運ぶ商人を待つ程度じゃ身は焦がれないがな」
俺は前世の知識で藤原定家の句を口にした。
「あら、どういう意味ですの?」
オーリスは当然そんな和歌を知らないので、俺に意味を訊ねる。
「塩っていうのは焼いて作るんだが、恋焦がれるのと、塩を焼く作業が熱いのをかけた言葉だよ」
「誰を恋焦がれているのかしら?」
オーリスにハイライトの消えた目で迫られました。
※作者の独り言
悲惨な事故でしたね。
塩も危険な物質なので、取り扱いには注意しましょう。
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