第310話 二社購買がばれました
「ロン!メンタンピンドラドラ。満貫です」
俺はそう宣言すると、自分の牌を倒した。
対面の相手から8000点分の点棒が手渡される。
ここは街の雀荘でもなければ、会社の休憩室ではない。
いや、休憩室での麻雀はいろいろと問題があるな。
そんな話を聞いたことがある。
みんな、工場内での麻雀はやめような。
ましてや、金品を賭けるなんてもってのほかだ。
おっと、話がいつものようにそれてしまったな。
場所はカイロン侯爵の屋敷のサロン。
俺はいまここでカイロン侯爵の代打ちとして麻雀をぶっている。
麻雀自体は娯楽が少ないのが定番の異世界に俺が持ち込んだのだ。
リバーシみたいな簡単に作れるものは庶民用として販売し、意匠に凝った麻雀牌は貴族や大商人向けに高額で販売したのだ。
そんなわけで、上流階級ではちょっとした麻雀ブームになっている。
賭けるものは奴隷だったり、どこぞの土地の権利だったりなのだが、今回はカイロン侯爵の持っている鉱山の利権なんだとか。
そして、相手が賭けているのは自分の領地の1/4だという。
随分と割に合わないような気もするが、まあ、他人のやることには口を出さないのが俺の主義だ。
勝手にやってくれと思っていた。
そう、思っていたのだが、相手が代打ちを用意したと聞いて、オーリスがこっちも俺を代打ちにすると主張したのだ。
理由は作った本人だから強いだろうってことらしい。
別に、俺は麻雀のプロじゃないし、ルールを作ったのは前世の誰かだ。
強いわけじゃないのだが、オーリスとカイロン侯爵にどうしてもと頼まれて、今はこうして代打ちを引き受けているのだ。
カイロン侯爵だけに「おめえの運をワシにくれや。おやじにくれや」って言うかと思ったら、そうでもなかった。
――代打ちを引き受けたアルト、後に述懐す……
尚、場所はカイロン侯爵の領地なので、麻雀牌は相手側が用意することになった。
場所も牌もカイロン侯爵が用意するとなると、イカサマの心配があるからだとか。
まあ、いいたいことはわかるな。
カイロン侯爵もあとからイカサマだと言われたくないので、その条件を呑んだとのこと。
そして、東1局。
幸先のよりスタートを切れた。
「さあ、次にいこうか」
気をよくした俺は雀卓を囲む メンツに
洗牌とは、麻雀牌を裏返しにしてかき混ぜる行為だ。
麻雀牌はジャラジャラと音を立てる。
それを積んで山にして、親番となった俺がサイコロを振った。
配牌はまずまずであり、聴牌は近そうだ。
ここで連荘できればかなり楽になるな。
なにせ半荘一回の勝負だ。
「早く切りなよ、時の流れはあンただけのものじゃない」
「悪い悪い」
対面の男に言われて俺は牌を切った。
尚、メンツは俺ともう一人、下家の男がカイロン侯爵が用意した代打ち。
上家と対面が相手の用意した代打ちだ。
いい流れだと思ったが、俺の
逆に対面の相手は流れが来たようで、
「立直!」
宣言とともに千点棒を卓上に置いた。
上家が差し込むかと思ったが、上家の切った牌ではロンの宣言はなかった。
俺は相手の待ちが読めないので、現物を切って降りる。
下家も現物を切った。
「自摸!」
対面は一発で当たり牌を自摸った。
運がいいな。
こうして俺の親は流れた。
次局も対面は立直して、一発で自摸った。
これは少し怪しいな。
「アルト、大丈夫なの?」
心配そうな声が後ろから飛んできた。
勝負を後ろで見ているオーリスからだ。
「大丈夫、死ねば助かるから」
「死んだら助からないでしょ!」
おっと、残念ながらオーリスは鼻と顎のとがった人を知らなかったようだ。
南郷さん……
東4局、対面の親番になっても一発自摸は続いた。
しかし、俺とてただ単に麻雀牌をぶっていたわけではない。
向こうはイカサマをしているのだから、こちらとしても遠慮はしない。
手作りの麻雀牌を全て測定して、サイズの違いから裏返しになっていても、どの牌がどの数字や文字なのかを全て記憶した。
所謂ガン牌ってやつだな。
「立直!」
相変わらず対面は立直をかけてきた。
俺には相手の当たり牌がわかる。
リャンピン待ちだな。
そして、今山にある相手の第一自摸は北だ。
しかし、奴はずっと一発自摸をしている。
種は簡単、手の中に別の牌を握りこんでいるだけだ。
上家、俺、下家と牌を切ったところで、対面が山から牌を自摸ろうとしたところで俺は動いた。
雀卓に膝をぶつけて山を崩し、奴の自摸牌を晒してやったのだ。
「悪い、悪い。でも立直しているから、待ちは変わらないよな。みんなに見られても何の問題もないだろ。それにどうせこれも一発だろ?」
俺は悪びれもせずそう言った。
相手は苦々しくこちらを睨む。
そして、自摸った北をそのまま河に捨てた。
「おや、一発じゃない」
俺は嫌味ったらしく言ってやった。
「ああ、そうだよ。誰かさんのせいで運が逃げたようだ」
不貞腐れ気味にそう返された。
「どうやら運はこっちに来たようだな。ロン!四暗刻大三元字一色。トリプル、トビで終了ですね」
俺が手牌を倒すと全員の目が点になった。
トリプル役満なんて、滅多にお目にかかれるものじゃないからね。
「イカサマだ!」
対面と上家が叫んで、席を勢いよく立った。
相手の後ろで見ていた、スポンサーであるどこかの伯爵も雀卓の方に歩いてきた。
「イカサマをしていたのはそちらでしょう」
俺は臆することなくそう言い返した。
「俺達がイカサマ?」
対面だった男が鼻で笑う。
ばれていないとでも思っているのだろう。
「服の中にもう一組麻雀牌を隠しているだろ?」
俺が指摘すると、相手は少しだけ驚いたが、焦った様子はない。
つまりは、そこまでばれることは想定内であって、まだ逃げ切れると思っているのだろう。
「服の中に麻雀牌が入っているからってなんだっていうんだ。使わなければ問題ないだろ」
そう反論してきた。
お前、それを新宿の雀卓でも言えるの?って言いたかったが、ここに新宿は無かったので諦めた。
「使ったでしょ」
「いいや使っていない」
ここからは水掛け論となる。
よし、じゃあ使ったとわかった理由を話してやるか。
「いま卓上にある麻雀牌をよく見てください。文字の掘り込みは左利きの人がやったものです。削っているのは左からになっているでしょう。毎回自摸っている牌が他の牌と光の反射が違うので気になっていたんですよ。服の中の牌は右利きの職人に作らせたものですね」
俺の指摘によって、相手の顔に焦りの色が見えてきた。
「それに、私のやったことは、あなた方の用意した牌の大きさの違いを記憶しただけですからね。あなたたちは勝負の前に覚える時間が沢山あったでしょう」
そう指摘すると三人は項垂れた。
そして負けを認めた。
カイロン侯爵は諸々の手続きの話があるとかで、伯爵と一緒に別室に行ってしまった。
相手方の代打ちも伯爵の家来によって連れていかれる。
負けたことによるペナルティーが与えられるのだろうな。
多分浦部コース。
「ねえ、よく作者が違うってわかったですわね」
オーリスが訊いてきた。
まあ、俺には前世で似たような経験があるのだ。
自社の切削加工部品が不良だと客先から連絡があり、選別に行ったのだが、そこで渡された不具合現品は自社の加工ではなかった。
どうしてそれがわかったのかというと、カッターマークが違ったからだ。
カッターマークというのは、刃物で金属を削った時にできるひっかき傷のことである。
同じ形に加工するのだが、加工プログラムを作る人によって刃物の走らせ方は異なる。
その違いがカッターマークとなって残るので、それを知っていればどこで加工したのか見分けがつくのだ。
結局その不具合は、相手の購買担当者が相手先品管に知らせずに二社購買をしていたので、品管の担当者も弊社に連絡をしてしまったというわけだ。
当然弊社も二社購買されていることは知らなかった。
その経験から、今回相手のイカサマを見抜くことが出来たのだ。
「今度オッティに頼んで、カッターマークを見せてあげるよ」
オーリスにはそう約束をした。
「それにしても、アルトのイカサマはガン牌だけじゃないですわよね?だってあそこでタイミングよくあんな手が入るとは思えませんもの」
オーリスは俺もイカサマをしたと考えているようだ。
正解!
「前世で知られていたイカサマの作業標準書を作ったんだ。ぶっこ抜きって言って、山から自分の欲しい牌を持ってくるイカサマだね」
そう、作業標準書で各種イカサマを用意しておいた。
相手が平でぶつなら使うつもりはなかったが、イカサマを仕掛けてきたのでこちらも解禁したまでのこと。
「これで、我が家は麻雀勝負は安泰ですわね」
不敵に笑うオーリスが怖かった。
※作者の独り言
カッターマークで加工メーカーがわかるし、加工プログラムを作った作業者の力量もわかりますよね。
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