第311話 止める・呼ぶ・待つ

 今日はシルビアとプリオラと一緒に迷宮に来ている。

 先日の魔王の手下との遭遇もあって、冒険者ギルドでも定期巡回をしようということになったのだ。

 捕まえたダイナから得た情報では、連中は上級デーモンの能力で迷宮内に転送することが出来るらしい。

 ただ、最下層までは流石に無理だったらしく、転送した階層で俺達と鉢合わせになったようだ。

 狙いはやはりダンジョンコア。

 きっと諦めないんだろうな。


 それと、今回の巡回ではついでに、冒険者がどんな事をしているのかをチェックするというのも兼ねている。

 これは品管が現場を歩いているときによくやっているのだが、目につく異常作業を確認しているのだ。

 班長や係長も当然やっている。

 はずだ……


 現在は地下5階層。

 この辺は初心者が多く、魔王軍と万が一鉢合わせになったら、自分達だけでは対処出来ない。

 連中も、もっと深い階層に転送できるので、わざわざこんなところに来ないとは思うが、そういった思い込みにより確認をしないのはよくないな。

 そう、こんなところで不良なんか作らないって思い込みで、何度も不良が流出していったのだ。

 FTAやFMEAをやっていても、ついつい対策や改善については疎かになってしまう。

 まさかあんなことをするなんて……

 台車が見つからなかったから、自転車の荷台に乗せて運搬して落下させたとかね。

 臨機応変は求めてないぞ。

 異常作業、ダメぜったい。


「まったくなってないわね。あんな剣の振り方で有効打がいくと思っているのかしら」


 シルビアは冒険者の剣の振り方を見て、眉間に皺をよせた。

 俺がみても酷いのだが、新人の頃なんてあんなもんだろう。

 別に専門学校で教えてくれるわけじゃないし。


「シルビアの教え方が悪いんじゃない?」


 プリオラが余計な事を言って、シルビアに殴られた。

 確かに、シルビアは教育係なのだが、全員を教育する訳ではないし、よそのギルドで講習を受けてきた可能性もあるからな。

 全てがシルビアの責任って訳じゃないぞ。


「顔は覚えたから、うちの冒険者ギルドに来たらしごいてやるわよ」


 シルビアは鼻息が荒い。

 俺は心の中で、オーリスの冒険者ギルドの方に行くんだぞとアドバイスした。


 そんなこんなで更に迷宮の奥を目指すと、一組のパーティーと出会う。

 向こうは一人地面に横たわっており、それを仲間が囲んでいる状況だ。


「どうした?」


 シルビアが声をかけると、若い男の剣士がこちらを向いて答える。


「斥候が迷宮カマキリと戦闘になって、大怪我をしてしまったんだ。手持ちのポーションだけでは回復しきれずに、死にそうなんだよ。高級ポーションを持っていたら譲って欲しい。今は金はないが、必ず稼いで返すから」


 なるほど、駆け出しでそんなに金が無くて、回復薬もいいものが買えなかったのか。

 確かに、怪我をした冒険者を見ると、このまま放置しておけば死んでしまいそうだ。

 若い男の斥候は呼吸も乱れており、今にもお迎えがやってきそうな状況だ。

 例えるなら、かき氷10杯にチャレンジしたときの副部長状態だ。


「アルト、治してあげなさいよ」


 シルビアが肘で俺をつついた。

 俺も勿論見捨てるつもりなどないので、直ぐにヒールで冒険者を治療する。

 すると、今まで息も絶え絶えだった冒険者が、むくりと起き上がって怪我をしていた個所を一つ一つ触って確認をする。


「完治してる……」


 本人は確認が終わり、やや呆けた感じでポツリとそう言った。

 なにせ、生きてさえいれば黄泉平坂一歩手前ですら、強制的に連れ戻すほどのヒールなので、滅多にお目にかかることはないだろう。

 これが普通だと思って欲しくない。


「ありがとうございます。このご恩は一生かけてお返しいたします」


 パーティー全員が俺に頭を下げる。


「いいのよ、こいつはこれが仕事なんだから」


 そんな感謝の気持ちをシルビアがパスカットした。

 なんてことをしてくれるんだ。

 もう少し余韻に浸らせてくれ。


「そうだね、感謝はしてくれて構わないけど、恩は適当に返してくれればいいよ。お金もいらないし」


 と言ってここから俺は真面目な顔になり、本題に入る。


「ところでどうしてこんな大怪我をしたんだろうか?ここはまだ地下5階層で、初心者でもよほどのことが無い限りは死ぬようなことは無いはずだが」


 俺は斥候の冒険者を見据えた。


「索敵をしていたら、迷宮カマキリが4匹いるのを発見したんです」


 と斥候は答えた。


「4匹か。それに襲われた訳か」


 俺の言葉に首肯する。


「襲われたというか、戦ってやられましたよ。こいつ、俺達を呼ばずに一人で戦い始めちゃって」


 リーダーはそう言った。


「迷宮カマキリが群れでいるなんて珍しいわね。迷宮蟻みたいに群れを作る習性がないのよ」


「なんか美味しい餌でもあったんじゃない?」


 シルビアとプリオラの話では迷宮カマキリは単体で遭遇することが多いそうだ。

 というか、それが殆ど。

 稀にトレインなんかで大量になる事はあるようだが。


「何で仲間を呼ばなかったんだ?」


 俺は斥候に質問を続けた。


「迷宮カマキリとは前にも自分だけで戦った事があって、勝てると思いました。仲間を呼ぶ時間がもったいなかったので」


「その時はやはり4匹だった?」


「いいえ。1匹でしたね」


「そういうことか」


 状況を整理すると、斥候は迷宮カマキリを発見した。

 以前迷宮カマキリを自分だけで戦ったことがあり、その経験から今回も勝てると判断した。

 ただし、経験したのは1対1の戦いであって、今回のように4匹は初めて。

 まあ、自分の力を過信したってことか。

 ありがちだな。

 工場だと異常時は作業を止めて、上長へ報告して、指示を仰ぐというのがルールだ。

 所謂、「止める・呼ぶ・待つ」だな。

 今回は迷宮カマキリが群れでいるという異常事態なので、リーダーに報告して、パーティーとしての行動を決めてから動くべきだった。

 前世でも、作業者が機械の異常停止で、勝手にパラメーターを変更して再稼働させ、ロットアウトを作った経験が何度もある。

 しかも、パラメーターの意味を理解していない作業者に限って、何故か数値を変更したがるのだ。

 設定された数値には意味があり、それで動作しないのであれば、確認するべきは設備なのだが、そんなことはお構いなしに、兎に角動けばいいやと考えてしまう。

 他にも、外観の傷があるのにも関わらず、報告せずに手直しして後工程に流してしまい、手直し不足の製品が客先へ流出したなんて事もあったな。

 いつもと違う事があったら、まずは止まってくれ。


「見ればあなたはまだ冒険者としての経験が浅い。まだ若いんだし、これから経験を積んでいけばいい。初めて遭遇した事態には、仲間と相談して次の行動を決めようか」


 と俺がアドバイスすると、冒険者たちは不思議そうな顔をした。


「変な事言ったかな?」


 俺はシルビアとプリオラに意見を求めた。


「アルトは若いくせに、時々年寄めいた事を言うのよ。それが不思議なんでしょ」


 とシルビアに言われた。

 隣のプリオラも頷いている。

 そりゃあ、前世と足したら齢50を超えていますからね。




※作者の独り言

何で止めずに自分で判断しちゃうのかなー?

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