第309話 PDCAのA

 打ち上げは冒険者ギルドからほど近い酒場で行うことになった。

 時刻はまだ太陽が地面には沈まぬうちである。

 流石に客は自分達しかいなかった。

 カイエン隊の奢りだというので、シルビアは遠慮というものを異次元に捨てたかのように注文をしている。

 本当にそれを全部食べるおつもりか?


「さて、今回はアルトとシルビアのおかげで死なずに済んだ。改めて礼を言わせてくれ」


 カイエンが頭を下げる。


「まあ、まさかあんな魔王の手下がいるなんて思わないよな」


 面と向かって礼を言われると照れ臭いな。

 半分照れ隠しで俺はそう返事をした。

 ほら、不良を発見して、流出を防いでも感謝されないじゃない。

 誰の作った不良を見つけたと思ってるんだ?

 そんなわけで、改めて感謝されると照れ臭いよね。

 慣れてないし。


「で、どうだった?」


「何が?」


 俺がカイエンに質問したが、言葉が足りずに伝わらなかった。


「地下20階層を目指してみたが、足りないものはわかったかってことだよ」


 そう言い直したときに、ちょうど注文していたエールが来た。

 シルビアは早速それを手に取る。

 が、流石にそのまま飲むことはしなかった。

 パーティーリーダーのカイエンから、乾杯の挨拶があってはじめて飲むのが習わしなんだとか。

 そう以前に聞いた。

 できれば、酒が入る前に聞いておきたかったのだが、止めたらシルビアに殺されそうなので、カイエンの挨拶を目で促した。

 カイエンもシルビアの殺気を感じたので、素早く挨拶にうつる。


「今回もこうして全員無事に帰って来られた事を神に感謝して、乾杯!」


「「乾杯!!」」


 みんなが飲み始めてしまったので、先ほどの質問は取り敢えず後回しにした。

 飲み始めると、今度は料理が運ばれてきたので、「女将を呼べ!!」と言いたくなったが、酔っていてもそれは自重した。

 美味しいしね。


「おかわり!」


 ドンっと空になったジョッキをテーブルに叩きつけるように置き、シルビアがおかわりを注文した。

 このペースだとどれくらい飲むつもりなのだろうか。

 朝までは無いと思うけど……


「カイエンの奢りだから遠慮はしないわ」


 いや、そこは遠慮すべきだろうとシルビアに言いたかったが、言っても聞かないし、殴られるだけそんなのでぐっと呑み込んだ。

 成長したよね。

 しばしのご歓談を楽しみながら、ころあいを見計らって再びカイエンに先ほどの質問をした。

 シルビアに飲まされているから、つぶれる前に確認をしておかないとね。

 会社の飲み会とかでも、話したかった人が酔いつぶれてどうにもならなかったってのがあったな。

 自分が酔いつぶれたのもあったけど。

 そうなる前に代行は呼んでおこうね。

 飲んだら乗るな、飲むなら乗るな。

 ま、大手の自動車関連会社の社員でも飲酒運転しちゃう人いるから、こればかりはアルコールを検知してエンジンがかからない車を開発してもらわないとね。

 あるにはあるけど、量産というか標準装備にはなってないのか。

 あれ、そうなると仕事でIPA(イソプロピルアルコール)使ったあとには、運転して帰れなくなっちゃうのかな?


「今回わかったことがある」


 俺が余計なことを考えているうちに、カイエンの返事がきた。


「どんな事?」


 俺は期待しながら次の言葉を促した。


「俺達のパーティーにアルトを勧誘すればいいんだ」


「おい!」


 カイエンの言葉に思わず突っ込んだ。

 それはPDCAサイクル実施の結果、他社から有能な人材をヘッドハンティングすればいいって主張した、某○○さんみたいじゃないか。

 それならそもそもPDCAサイクルなんて必要なく、人材募集で出来る人を最初から募集しろってなるよね。

 自分達で実行した結果、どう改善すればいいのかを考えるのがPDCAサイクルだよ。

 まあ、改善と言えば改善なのかもしれないが。


「俺達に足りないものは何なのかって考えたら、実力だったんだよ。それを補うためには地下20階層に到達できる実力者と組めばいいって気が付いたんだ。だから――」


「だからじゃない。実力が足りないって漠然としたものじゃなくて、もっと具体的なものを対策していかないとダメなんだよ。例えば、魔法を使えるメンバーがいなかったからとかそういう事だ」


 そう、不良が流出する可能性があるから、ベテランの検査員をよこせっていうのではなく、見逃しそうな個所をセンサーで判定するとか、そういう改善を求めているのだ。

 カイエンをどう説得しようか考えていたら、横からシルビアがやってきた。


「明日から、あたしがあんたらを稽古してやるわよ。オーガを指先一つでダウンさせるくらいまで、みっちりしごいてあげるからね」


「「オーガを指先一つでダウン……」」


 俺とカイエンはその言葉に戦慄を覚えた。

 酔った勢いでとは思うが、万が一これを明日まで覚えていた場合、カイエン隊は毎日血尿が出ることになるだろう。

 でも、そんな作業標準書が出来るのなら、ちょっと欲しいなと思った。

 がんばれカイエン隊。


 他のメンバーもシルビアの言葉が聞こえたらしく、一致団結してこのまま酔い潰そうと酒をすすめたのだが、ことごとくが返り討ちにされていた。

 そうして余は更けていく――




※作者の独り言

PDCAサイクルって最後まで行かないですよね。

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