第306話 PDCAのP
「俺たちもそろそろ迷宮の地下20階層を探索する実力が身に付いたと思うんだ」
カイエンが自信満々に宣言してくる。
さて、状況を説明しよう。
冒険者ギルドで朝のコーヒーを飲んでいると、カイエン隊のメンバーがやって来た。
彼らも経験を積んできて、迷宮の更に深いところにもチャレンジしてみたいというのだ。
じゃあ行けばいいじゃないか。
と言ってしまったのでは、俺の仕事の意味がない。
新しいことにチャレンジする彼らに、適切なアドバイスをしてあげないとな。
向こうも、それを求めてやって来たのだろうし。
「よし、それならPDCAサイクルだな」
「PDCAサイクル?」
これは前世の品質管理用語なので、カイエンはもちろん知らない。
PDCAサイクルはISO9001などにも用いられている考え方である。
Plan(計画)、Do(実行)、Check(評価)、Act(改善)の頭文字を繋げたものである。
けっして、いにしえの記憶媒体PDを持ったキャビンアテンダントではない。
いやー、PDって互換性はないし、そもそも普及しなかったよね。
今はその話はいいか。
このPDCAであるが、ポンコツ会社はPDまでで、CAに到達しない。
やって満足して終わってしまうのである。
なお、それよりもすっとこどっこいな弊社は、会議室でPを決めるのだが、会議室から出た瞬間にみんな忘れる。
次の会議で進捗を確認すると、なにもやっていないのである。
会議の時間が無駄ですね。
「まずは計画を立てよう。今まで行った最下層は何階?」
PDCAのPから始める。
「13階だな」
カイエンは13階まで到達したが、そこでかなり消耗してしまい、更に降りるのを断念したそうだ。
懸命な判断だな。
なにせ、俺が迷宮童貞を捨てた初めての冒険では、地下10階層で大規模なトレインに遭遇したのだ。
そして、危うく命を落とすところだった。
消耗したと判断したら、命を最優先に考えて撤退するのが最善の選択だ。
「じゃあ、そこから一階層ずつ降りていくようにしましょうか。一気に進むのではなく、そこでチェックをしていくようにすれば、無理無くチャレンジ出来そうですね」
俺がそう言うと、カイエンは
「アルトも来てくれるよな」
と、さも当然だと言わんばかりの表情で言い放った。
「何故?」
意味がわからないよ!
「冒険者の品質管理が仕事だよな。アルトが来ないと俺たちの不良になっちゃうぜ。熱血硬派カイエン君だぜ」
ファミコンか!!
「それは君たちだけで成し遂げないと意味が無いんじゃないかな?」
俺は呆れた。
だが、カイエンは食い下がる。
「工程巡回は品質管理の仕事だってミゼットから聞いたぞ。なら、アルトが俺たちの冒険っていう工程を巡回するのも仕事のうちだよな」
ミゼット、余計なことを。
まあ、それも一理あるといえばあるな。
仕方がない、これも仕事と諦めて、カイエン隊の冒険を監査しようか。
「手助けはしないぞ」
「死にそうになったら助けて」
基本的には自分達で何とかしてもらうが、流石に目の前で死なれては困るので、死にそうになったらという条件付きで助けることにした。
工程巡回でも不良を見つけたら、そこで止めることもあるし、なんなら、検査のやり方を見せることもあるからな。
全く手を出さずに見ているだけというのはない。
「じゃあ、明日の午前7時に冒険者ギルドのロビーに集合で」
という約束をして、カイエン隊は帰っていった。
プランがすごく雑だが、こんなもんだろ。
新規ばかりのラインだって、取り敢えず動かして、予定のサイクルタイムになるのか確認して、ダメなところがあったら直そうって感じだし。
まあ、ダメなところが見つかっても、予算や技術的な問題で直さない事もあるけど。
というか、ほとんどそれだな。
PDCAサイクルのAはacceptのAだ。
つまり、ダメなことを受け入れる。
偉い人たちもそろそろ現場の現実をわかった方がいいと思うの。
机上の空論で品質管理を体系化したところで、時間も予算も無い工場では何も出来ないから。
余所様のFMEAで、検査をセンサー化した話を見ると、とても羨ましくなりますね。
そんな予算ネーヨ。
なので、一発目で不良を出して、客先からの指示でセンサー化しますってなるのよね。
一回不良を流出させる工程を挟みます。
最初から対策しておけば、選別や対策書の工数かけなくて済むのですが、営業も経営者もわかってない。
まあ、弊社だけじゃなく、客先も一緒なのがせめてもの救いかな。
監査後のオフレコで、「不良が流出したら、その時センサー化に動けます」って言うと、「ウチと同じですね」って返ってきますから。
株主気にしすぎて、目先の利益を追求しすぎ。
おっと、前世の愚痴が捗ってしまったな。
帰ろう……
家に帰り、オーリスに明日の事を告げると
「アルト!とっておきのサラダ、作っとくからね!」
と言われた。
明日死ぬかも。
メドッソとメソッドって紛らわしいよね。
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