第265話 作業レイアウト

 今日は仕事が休みなので、オーリスと一緒にティーノの店でランチを取ることにした。

 流石に新メニューチャレンジはやらない。

 折角の休日に、最悪な雰囲気を味わいたくないからね。

 注文を済ませて、オーリスとの会話を楽しんでいると、メガーヌがこちらにやってきた。

 時間的には料理を持ってきても良さそうだが、手には何も持っていない。

 厳しい客に何度も造り直しを要求された女将のような狼狽も無さそうなので、なんだろうか?

 今さら俺と結婚したいとか言われても困るぞ。

 どれくらい困るかというと、新車開発プロジェクトの中心人物が、社内不倫でいなくなるくらい困る。


「アルト――」


「はひっ」


 メガーヌの呼び掛けに、思わず声が裏返ってしまった。

 良からぬ事を考えていたからだろうか。


「ティーノが他の料理に使うトマトソースを、アルトの注文したステーキの上にこぼしちゃって。ステーキ用の肉が夕方にならないと入荷しないのよ。最後の奴を駄目にしちゃったから、他のものにしてもらえないかしら」


 思っていたのとまったく違った。

 そんなことなら悩むことも無かったな。


「トマトソースなら気にしないからそのまま持ってきてよ」


「いいの?」


 食べ物を粗末にするのもよくないからな。

 下に落としたのでもなければ、食べるのは問題ないだろ。

 トマトベースのステーキソースだってあるし。


「それにしても、どうしてトマトソースをステーキの上にこぼしたの?」


 そう聞いて、職業病だなと苦笑した。


「いつもちょくちょくこぼしていたのよ。少量だから、料理にかかるような事もほとんどなくって。今回珍しく大量にこぼしたのよね。まったくドジなんだから」


 メガーヌはため息をついた。


「それって慢性不良だよね。いうまでもないけど、レイアウトは見直した方がいいよ」


 ヒヤリハットだな。

 いつも小さなヒヤリとする事象が起きていたのを放置した結果だ。

 厨房のレイアウトの悪さを放置した結果だろ。

 前世だと、組立ラインのレイアウトの不味さから、接着剤が製品に付着したり、マーカーペンが製品に当たって、要らないところにインクが付着したりしたのがあったな。

 作業者は知っていて毎回修正していたのだが、ある時見逃して客先に流出したってのがあったぞ。

 事務作業でも、卓上の書類の近くにお茶を置いておくと、書類を取ろうとしてお茶をこぼしたりするのはよくある。


「ありがとう。料金は半値にしとくわ」


 メガーヌはそう言うと厨房に戻っていった。

 しばらくして出てきたステーキは、トマトソースがついていたが、食べるぶんには問題ない味であった。


「さて帰ろうか」


 食後のお茶も終わり、オーリスに帰ろうと言うと、彼女は不思議そうな顔をする。


「あれ、いつもみたいに現場を見て対策するんじゃないの?」


 オーリスは対策をしないで帰ろうとする俺がいつもと違うと思ったらしい。


「まあ、レイアウトの改善なんて、俺が口出しするよりも、何時も使っている本人がやった方がいいからね。それに――」


「それに?」


「また失敗してくれたら、半額で食べることが出来るじゃない」


 俺がそう言うと


「それもそうね」


 とオーリスは笑った。



※作者の独り言

作業の最中に腕が製品にぶつかったり、腕がセンサーを誤判定させたり、インクや接着剤が下に垂れたりと、レイアウトが悪いことによって色々と不良に繋がることってありますよね。

新設ラインのハイボリュームトライでも、悪さが出てこないで、量産が開始されて、初期流動も無事に解除されたとたんに、レイアウトに起因する不良が出たりすることも。

コップを倒して、書類を濡らすことなんかもありますよね。

結婚式で栓抜きの上に栓を抜いたビール瓶を置いて倒したことも。

それは栓抜きの置場所が決まってないのが悪いのか。

レイアウトの悪さについては、作業者はほとんどの場合に於いて、聞き取りをすると知っていたと言います。

なら直せよ。

なんでそのままなんだよ。

って言いたくなりますが、レイアウトを変更するよりも、手直しした方が楽だからってなるんですよね。

こちらが対策する苦労もわかって欲しい。

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