第259話 新規品の条件
オーリスと一緒にティーノの店で昼食をとろうと思ったのだが、来てみると昼時にも関わらず店は閉まっていた。
「あれ、今日は定休日じゃないはずだが……」
俺は店の中を覗いてみる。
客はいないのだが、奥に人がいる気配がある。
「中に人がいるなあ」
「入ってみましょう」
強盗ではないと思うが、念のため警戒して店内に入る。
ドアには鍵がかかっていなかったので、手荒なこともしないで入店できた。
「アルト……」
店内にいたのはティーノとメガーヌだった。
二人とも表情が暗い。
いつも客でにぎわっているので、経営が上手く行ってないとは思えないが、どうしたというのだろうか。
「今日は休み?」
そう訊くと
「ええ、臨時休業にしたの」
メガーヌが答えた。
どうしたのだろうか。
厳しい客がカレーについて訊ねたのか、それとも豚・牛・羊・鶏肉以外の材料を使って今までにない味のカレーを作れと言われたのだろうか?
「義父が開店前にやってきて、料理を出したんだけど、薬味がありきたりで他の物をなぜ試さないんだって怒られたのよ。ティーノったらその言葉が響いて、今日は休むっていうのよ」
ティーノの父親、メガーヌからしたら義父はユーコンという凄く性格の悪い芸術家だ。
それに料理を出したらダメだしされてしまったわけか。
それなら、大根みたいなカブを探さないと解決しないとな。
それとも生牡蠣にレモンを絞ってくださいとか言っちゃったかな?
「もっと色々と試してみろってことなんでしょうけどねえ。そんな時間も予算もなかなかないのよ」
メガーヌはため息をついた。
ああ、前世でもあったな。
グルメ漫画の話じゃなくて、工場での話だ。
新規の製品の加工で使用する加工油は、本当にそれが最適なのか?
切断に使用する刃物はそれでいいのか?
加工条件は生産技術が出してきたものが最適なのか?
そもそも違う工法は無かったのか?
偉い人はなんでそういうことを検証しないんだっていうけど、予算と時間をよこさないのは誰だよって話だよな。
洗浄が必要ない揮発油を使用した加工を試したいが、そんなものをやる予算をくれないのはどこのどいつだよ。
金型への負荷の確認のため、新規で金型をつくる必要があるのに、量産でつかう金型でやれとかいわれても困る。
金型を壊してしまったらどうにもならないからだ。
結局最適を目指すのではなく、量産できるからいいやで終わってしまうのが今の実情じゃないだろうか。
俺もメガーヌから話を聞いて暗い気持ちになっていたら、オーリスが前に出てきた。
「それならメニューに載っていないものを私達がいただきますわ。当然お金はお支払いいたしますし、味の評価もキチンとさせていただきます。それなら仕事の中で出来るでしょう?」
そう提案した。
駄目でもいいからやってみましょうって言ってくれるお客さんなんて中々ないよな。
どこも年々試作予算削られて、注文が入ればやってみますよっていうところばかりだ。
「そういうことだ、ティーノ。これからは珍しい食材でもいいから、それを使って俺達に新しい料理を出して欲しい」
「わかった。今までにないとびっきりの奴を作って見せるよ」
ティーノにやる気が戻ったところで、昼食用の一品を作ってもらい食べてから帰った。
翌日からは毎日ティーノが作る新作料理を食べることになったのだが、よくわからない食材を使った料理はちょっと怖かった。
料理人のスキルで美味しくは出来ているんだけどね。
ステラウシガエルのオタマジャクシを踊り食いする料理が出てきたら、オーリスが気を失ってしまったので、それ以降は新作料理の試食は無しとなった。
いくらなんでもやり過ぎだ。
※作者の独り言
その工法が最適かどうかを確認するための予算がないので、どうしても前回と同じ工法・条件でいいよねってなってしまいます。
「これが最適か?」っていう人と「予算は出せない」っていう人が同じなので、隕石が当たればいいのにって思ってます。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます