第257話 旗が揺れています

自分のハッピーエンドが見つからない……

バッドエンドに悩んだ時に禅とかに手を出しちゃったりね。

悩みすぎて、他社の品管の人と一緒にどこの禅寺に行こうか相談していたときのお話です。

それでは本編いってみましょう。



二人のドワーフがグラスを見て言い争っていた。


「この傷は不良だ」


 ホーマーがそう言う。


「いいや、良品だ」


 エッセがそれを否定する。

 俺は二人の言い争いを止めて欲しいとナディアに呼ばれてここにいる。


「まてまて、二人とも。俺にもそのグラスの傷を見せてくれ」


 俺はグラスを受けとると、外観検査を始めた。

 二人が言い争っていた傷は、確かに不良と良品のライン上だな。


「これは難しいな」


 品質管理としては勝負をかけて出荷するべきか、安全を取って廃棄するべきか悩む案件だ。

 しかし、どちらの判定をしたとしても、エッセかホーマーの間違いを指摘する事になる。

 俺がすべきなのは仲裁なのだ。

 困ってふと外を見ると、城壁の上に旗が立ててあり、それが風で揺れていた。

 これだな。


「二人とも、外の城壁の上を見てくれ」


 俺の提案に怪訝そうな顔をする二人。


「旗がみえるだろう?」


 俺が旗を指さすと二人は頷いた。


「旗が揺れているね」


 エッセがそう言うと、ホーマーは鼻で笑って否定した。


「違う。風が旗を揺らしているんだ」


 ホーマーはエッセと違う見方をする。

 思うつぼだな。


「おほん」


 俺はわざとらしく咳払いをしてから、二人に説明を始めた。


「あれは旗が揺れているのでもなければ、風が旗を揺らしているのでもない。エッセとホーマーの心が揺れているんだよ」


「意味がわからないよ!!」


 エッセは俺に食って掛かる。


「つまり、相対的な見方はいくらでもあるから、考え方を固定するのはよくないってことさ」


 エッセはまだ何かを言いたそうにしているが、ホーマーは狐につままれたように茫然としている。


「だから、このグラスは良品でもあり、不良品でもあるわけだ。良品と判断するのも己の心なら、不良品と判断するのも己の心だね。明日になれば逆の判定をするかもしれないよ」


 そう言って俺はグラスを手でくるくると回転させた。

 前世だってそうだったな。

 客先から呼び出しを食らった不具合でも、工程飛びのような言い訳のきかないものは不具合だと認めるが、図面で曖昧なところや、検査治具の使い方で良品と判断できる物については、客を せっとく して判定を覆させた事が何度もあった。

 不良と思うから不良になるのだ。

 諦めなければどこかにきっと突破口はある。

 諦めるな、全国の品質管理担当者。

 弊社に不良品を納入して、言い訳する協力メーカーは許さないけど。


※あなた方の中で不良を誤魔化そうとしたことのないものだけが石を投げなさい。


「それで、結局このグラスは良品なの?それとも不良なの?」


 エッセは結論を求める。

 もう、せっかちなんだから。


「俺が定価で買い取るよ」


 そう提案して、グラスを買い取った。


「これで傷のついたグラスは無くなった。言い争いはここまでだ」


 俺は二人を説得して工房を出た。


「あらアルトじゃない。エッセの店で買い物?」


 そこにスターレットが偶然通りかかる。

 彼女は俺が手に持ったグラスを見て、買い物だと勘違いしたようだ。

 結果として買い物になったが、目的は全くの別物だったからな。

 そして俺はスターレットにここにいる理由を話した。


「災難だったわね。仲裁に来て傷のあるグラスを買う羽目になるなんてね」


「そうでもないさ」


 スターレットは思ってもいなかった俺の答えにキョトンとした。


「何か使い道があるのね?」


「ああ。二人が判断に悩む程度の傷だから、深さはとても浅い。彫刻の作業標準書を使って、傷の上から模様を刻んで誰かに売り付ける」


「それなら確かに損はしないわね」


 スターレットが感心した眼差しを俺に向ける。


「金の指輪も外れた事だし、グラスの問題解決のお祝いに、そこのカフェでお茶でもしばこうか」


「しばくが何だかわからないけど、誘っているのよね?」


 俺は首肯するとスターレットと一緒にカフェに入った。

 直後にオーリスが店に現れて一悶着あったのだが、エッセとホーマーの言い争いが終わったことに比べたら些細な事です。



※作者の独り言

不良と思うから不良に見えるし、他責と思うから他責に見えるのですよね。

私は常に良品だと思ってますので、現品を確認しても諦めません。

一年に一回位は覆せますね。

具体的なやり方はここには書けませんけど。

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