冒険者ギルド品質管理部 ～生まれ変わっても品管だけは嫌だと言ったのに～

第254話 定置管理

「アルト、結婚は人生の墓場だぞ。よく考えろ」

　冒険者ギルドの相談窓口改め品質管理部で、俺に人生の先輩として説教めいた事をのたまうのは、死にそうな顔をしたランディだった。

　相談に来たくせに、俺に説教とはなんなんだ。

　定盤の角に頭をぶつけて死んでしまえ。

　豆腐の角と違ってリアルに死ぬな。

　警察も入ってきて、暫くは仕事にならなくなるので、そういううっかりな死亡事故はやめてほしい。

「で、相談は？まさか、俺に人生の先輩としての話をしたいだけってことは無いよね？」

「そうだ。シエナがあんまりにも怒るからつい。実は結婚記念日でな――」

　そこに割って入ってくる奴がいる。

「アルト聞いてくれよ。ナイトロが――」

　カイエンである。

　こいつは順番ってものがわからないのか？

「待てよカイエン。俺の方が先だ」

　ランディがムッとしてカイエンの体を左腕で押して下がらせる。

　君たちは品質管理の事務所に相談しに来た奴らみたいだな。

　どちらもラインが止まっているから急ぎなのはわかるけど、こっちはそんなに人員の余裕がないから順番だぞ。

　前世の話だけど。

「まあ待て。俺もで厩戸皇子な訳じゃない。いっぺんに二人の話は聞けないから、ランディから聞こうか」

　今にも殴り合いを始めそうな二人を宥めた。

　厩戸皇子はスルーされたのでちょっと残念。

「で、ランディはどうしたんだ？」

「結婚記念日に俺がシエナの為に料理をしていたんだが、砂糖を塩と間違って味付けに使っちゃったんだよ。しかも、砂糖はシエナが俺のために甘いものを作ろうと、無理して買っていたんだ」

　砂糖は高級品なので、それを間違って使うと怒られるのもわかるな。

　尚、塩も砂糖も今の日本のもののように真っ白ではない。

　特に砂糖は黒砂糖なので、見れば違いはわかるだろう。

「何で間違ったんだよ？」

「それが、いつもと同じ場所にあるから塩だと思い込んでいたんだ」

　思い込んでいたから、確認をしなかったとランディは言った。

　ありがちだな。

「いつも料理しているのかよ」

　カイエンがランディに訊く。

　確かに久しぶり生産だと少し事情が変わるな。

「結婚したら男も家庭で料理くらいしなくちゃな。アルトも今のうちから覚えておいた方がいいぞ」

　ランディは上から目線で俺に言うが、残念ながら俺は既に料理の作業標準書をいくつか持っている。

　心配には及ばんよ。

「でも、似た話ってあるよな。俺が相談しに来たのもそれだよ」

　カイエンがそう言って、相談内容を話し始める。

「迷宮でトレインっぽくなったときに、スタンフラッシュを使おうと思ったんだけど、スタンフラッシュを持っていたナイトロが何処にしまったのか忘れてな。いつもは腰につけているんだけど、今回はそこにはトーチが装備されていたんだ」

「よく生きて帰ってこられたな」

　俺は念のためカイエンの足がついているか確認した。

　あるな。

　幽霊じゃなくてよかった。

「近くにいた冒険者のパーティーがスタンフラッシュを使ってくれたんだよ。運が良かった」

　成程ね。

　二人とも何時ものところにあるべきものが無かったわけか。

　定置管理が出来ていない工場みたいだな。

　SUS304とSUS430の置き場が決まっていなかったり、SPCCとSPHCが混在していたり、A3003とA6063を適当に置いておいたり。

　異材混入の不良がどれだけ選別が大変なのかわかっているのか？

　不良のロットが今回だけって証明するのは胃が痛くなる思いなんだぞ。

「置く場所を決めて、徹底してルールを守れ。出来ないやつは俺が息の根をとめる」

「「アルトの目が怖い！！」」

　前世の記憶が鮮明によみがえり、つい熱のこもった台詞となってしまった。

　こればかりは経験者と未経験者には熱電対でも測定出来ないほどの温度差があるな。

　たぶん。

「対策はわかったけど、シエナの機嫌をどうやって取ろうかな？」

　ランディは青い顔をして悩む。

「女なんて花束でも買ってきゃ機嫌がなおるだろ」

「なんて事を言うんだカイエン。人類の半分を敵に回したぞ」

　俺はカイエンをたしなめた。

　医療が発達してないから、男子の死亡率の方が高くて、実際には1.2:1の比率で男の方が多くなるはずだ。

　地球の話だけど、似たようなもんだろ。

「大丈夫だ、アルト。そんな童貞の戯言には耳をかさんよ」

　中々酷いことを言うランディ。

「仕方がない。これをやるよ」

　俺は足元から白砂糖の入ったビニール袋を取り出した。

「真っ白だな。塩か？」

　ランディが受け取ってまじまじと眺める。

「いや、砂糖だよ。グレイス領に製糖プラントが出来たんだ。試作品をオッティが送ってきたんだけど、やるよ」

　本当はティーノに使ってもらおうと思っていたのだが、ランディの事情を聞くとそちらを優先したくなった。

　ランディは結局砂糖と花束を持って家に帰った。

　後日聞いた話では、シエナは無事に機嫌を取り戻してくれたらしい。

　今では砂糖よりも甘い生活を送っているとか。

※作者の独り言

定置管理無視して適当に置く奴が禿げる呪いを使えるようになりたい。

それと、JIS規格で同じ材質であっても、メーカーが違ったり、ロットが違ったりすると加工結果が変わってきますよね。

ロットも混ぜちゃダメです。

他所の異世界転生小説で鉄を作っている描写がありますが、均一な材料どうやって作っているのか気になりますね。

材料のばらつきを吸収して加工できているのかな？

現代知識をもってしても均一な材料なんて不可能なので加工で吸収するしかないよね。