第252話 脱脂不足

今日も不良は出る。

俺の仕事がネバーエンディングストーリー。

最終回書いた後にも続々と不良の山が。

最終回は辞表しかないのか?

それでは本編いってみましょう。


 今日は仕事が休みなので、オーリスと一緒にティーノの店で昼食をとった。

 その後オーリスが服を買いたいと言うので、歩いて服屋へと向かっている。

 降り注ぐ陽射しが眩しい。


「どのような服がよいかしら?」


 オーリスのその言葉を聞きながら往来を行く人々を見て、前世の知識がよみがえる。


「座禅せば四条五条の橋の上、往き来の人をそのままに見てだよなあ」


 服のデザインで悩むなどなど、他人の目を気にしすぎではないだろうか。

 美しく見られたいという煩悩を捨てたとき、今の光景がまた違って見えるはずだ。

 あれ、四条五条じゃなくて一条寺だったかな?


「アルト、ちゃんと聞いてますの?」


「ごめんごめん。オーリスは可愛いから何を着ても似合うよ。美の女神も裸足で逃げだすね」


 そう言ってオーリスの機嫌をとる。

 オーリスの機嫌は良くなり、再び歩き出した。


(そういえば、レベルが上がったから、三次元測定の派生スキル【断斜面補正】を取ったんだよな)


 またもや俺は上の空になる。

 新スキル【断斜面補正】とは、三次元測定に於いて、複数の要素を任意の座標に固定するものだ。

 三次元測定機を使ったこと無い人に説明するなら、マネキンの手足を好きな位置に持っていき、思いのままのポーズをさせる機能だと言えばいいかな?

 これならモンスターを任意の空間に固定できる。

 それにしても、断斜面補正ねえ。


「暴れ馬だー!」


 断斜面補正の事を考えていた俺は、その叫びに反応するのが遅れた。

 振り向いた時には目の前に馬がいた。


ドン


 鈍い音が聞こえた。

 馬が俺に当たった音だ。


「アルト――!」


 オーリスの悲鳴が耳に届く。


「朝日がまぶしいぜ……」


 俺はそう言うと意識を手放し、暗闇に堕ちていった。

 自分で言うのもなんだが、ギャンブラーの詩のラストシーンかよ――



「アルト、起きて」


 俺はオーリスに体を揺すられて目を覚ました。


「暴れ馬に当たるとは運がないよな」


 俺は地面に横たわった状態から、上半身を起こすとプルプルと頭を振った。

 体の感覚は、馬と激突した割にはダメージが無い。

 どうしてだろうか?


「アルト、向こうの方が騒がしいわ」


 なにやら悲鳴が聞こえてくる方を見れば、人々が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「行ってみよう」


 なにやら事件の香りがするので、人々とは逆の方向に進む。


「ミノタウロス!?」


 騒ぎの中心はミノタウロスだった。

 いつもは迷宮の奥深くにいるモンスターが、ステラの街中に出現したのだ。

 手に持った大きな斧を振り回して暴れている。

 暴れ馬もミノタウロスに驚いたのだろうか?


「何故こんなところに――」


 オーリスが驚いている。


「早く倒さないと被害が広がるな」


「そうだな」


 俺の言葉に相槌を打ったのは誰だ?

 声の主はギャランだった。


「悲鳴が聞こえたから来てみれば、まさかミノタウロスが暴れているとはな。やるぞ、アルト!」


 そう言うと、ミノタウロスに向かっていくギャラン。


「ギャラン、ジョブが商人の貴方だとミノタウロスの相手は無理だ」


 俺はギャランを呼び止める。

 振り向いたギャランは


「それは仮の姿。本当の俺はステラの治安を守るステラ刑事ギャランだ」


 と、衝撃の事実を伝えてくる。


「ステラ刑事……」


 なんだよそれ。

 俺はそれ以上何も言えず、言葉に詰まった。


「電着!」


 そう言うとギャランは天に腕をかざした。

 ギャランがカチオンスーツを纏う。

 ギャランがカチオンスーツを電着するタイムはわずか0.05秒に過ぎない。

 ではもう一度電着プロセスを見てみよう。

 そんなに早くは出来ないけどな。

 電着ラインのハンガーが恐ろしい速度で動くことになるだろ。


 あ、カチオン電着塗装を知らない人もいるのかな?

 説明しよう、カチオン電着塗装とは、被塗装物に電気を流して塗装をする工法である。

 その不良率はわずか0.05%。

 だけど塗装がはがれたところをマジックの黒で塗って出荷してしまい、大問題になってしまうのだ。

 ではもう一度電着塗装工程を監査してみよう。

 辛い……


 俺が過去の記憶に打ちひしがれているのに、ギャランは動きを止めない。

 当然か。


「レーザーブロード」


 ギャランは何処からともなく光るブロードソードを取り出した。

 そしてミノタウロスに斬りかかる。

 だが、ミノタウロスの斧にその斬撃を止められてしまった。

 今度はミノタウロスが斧を振り下ろし、ギャランに一撃を加えようとする。

 身を捻ってかわそうとするギャラン。

 だが、斧が体を掠めて、カチオンスーツの一部が破けてしまう。


「カチオンが剥がれたわ!」


 とても嫌なフレーズを口走ったオーリス。


「ギャラン、俺がミノタウロスの動きを止める!」


 俺はそう言うと断斜面補正でミノタウロスの足と腕と斧を固定した。

 若さ、若さってなんだ?

 断斜面補正って言わない事さ。


「今だ、ギャラン!」


「ドゥ!!」


 俺の合図にギャランが反応し、ミノタウロスに斬りかかる。


「ギャラーン、ダイナミック!!」


 ギャランは技の名前を叫んだ。

 全身全霊の力を込めた一撃は、ミノタウロスを冥府へと旅立たせた。


「アルト!アルト!」


 ギャランがミノタウロスを倒してこちらに向かってくるのを迎えようとしたら、誰かが俺を呼ぶ。

 とても悲痛な声に、俺は無性に応えなければと思えた。

 声の主は誰だろうと考えていたら、景色が暗転した。


「オーリス?」


 再び俺の目が光を取り戻すと、そこには泣いているオーリスがいた。

 どうやら俺はオーリスに膝枕をされているらしい。


「良かった。アルトが目を覚まさなくて、死んじゃったかと……」


 そこでオーリスは堪えきれずに、ワッと泣き出した。


「あれ、ギャランとミノタウロスは?」


「そんなのいないですわ。アルトが馬とぶつかって気を失ってて……」


 泣きながらも、俺が気を失っていたことを教えてくれるオーリス。

 そうか、どうやらギャランがミノタウロスと戦っていたのは夢だったようだ。

 ならば、カチオン電着塗装が剥がれたのも夢か。

 塗装不良を選別する品質管理の担当者はいなかったんだ。

 仕事が薄いからって弛み過ぎだぞ。

 前処理の脱脂液が汚れていたのを見逃して、脱脂不足で塗装が剥がれちゃうとか。

 しかも、発覚したのは組み付け後だとか。

 在庫はデポだぜ、一足お先。

 光の速さで選別。



品質管理レベル44

スキル

 作業標準書

 作業標準書(改)

 温度測定

 荷重測定

 硬度測定

 コンタミ測定

 三次元測定

 重量測定

 照度測定

 投影機測定

 ノギス測定

 pH測定

 輪郭測定

 クロスカット試験

 塩水噴霧試験

 振動試験

 引張試験

 電子顕微鏡

 マクロ試験

 温度管理

 照度管理

 レントゲン検査

 蛍光X線分析

 粗さ標準片作成

 ガバリ作成

 軌間ゲージ作成

 C面ゲージ作成

 シックネスゲージ作成

 定盤作成

 姿ゲージ作成

 テーパーゲージ作成

 ネジゲージ作成

 ピンゲージ作成

 ブロックゲージ作成

 マグネットブロック作成

 溶接ゲージ作成

 リングゲージ作成

 ラディアスゲージ作成

 ゲージR&R

 断斜面補正 new!

 品質偽装

 リコール

 リンギング



※作者の独り言

脱脂不足でカチオン電着塗装が剥がれてしまいました。

いやー、納入前に止まって良かった。

危ない。

断斜面補正って何十年前の三次元測定機の機能だよってね。

若い人達は、そんな言葉を知りません!

最終回投稿後にも不良は続きますね。

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