第248話 落下品混入注意
オーリスを襲ったテラノがはいた情報によって、没落貴族組織の情報がおおよそわかってきた。
その情報を元に、国内各地にある組織の拠点に踏み込み、次々と不穏分子の逮捕が進んだと情報が来た。
そして、そこから魔族召喚の宝珠を扱っていたのが、邪神を崇拝する教壇であるというのも判明した。
なんだろう、この俺が考えたTRPGのキャンペーンシナリオみたいな進み方は。
それにしても、いつの時代もどこの世界も反政府勢力と宗教は相性がいいな。
黄色い布を頭に巻いているのだろうか?
そんなことを考えながらコーヒーを飲んでいると、買取部門の方から大きな声が聞こえてきた。
「何でそんなに安いんだよ!」
興奮した口吻だ。
なんだろうとそちらを見ると、カイエンがギャランに食って掛かっていた。
不具合の臭いがしたので、俺は近付かないようにして、自分の席でコーヒーを飲むことにした。
品質管理の人間として、不具合から遠ざかるのはスキルの一つだ。
不具合の連絡は電話の鳴り方でわかるくらいまで神経を研ぎ澄まさないと地雷を踏む。
逃げた先にもっときつい不具合があったりもするので、加減が難しいけどな。
そんなわけで、コーヒーを飲みながら今晩のお酒はどうしようかと考えていると、騒ぎを嗅ぎ付けたシルビアがやってきた。
「面白そうだから見に行くわよ」
そういって俺の腕を無理に引っ張り、椅子から立たせる。
なんてこった。
諦めてシルビアに引かれて買取部門までやってきた。
「何、何があったの?」
シルビアは遠慮無くカイエンとギャランの間に割って入り、カイエンが興奮している理由を訊く。
「ギャランが迷宮鮟鱇の肝を安く買い叩くんだよ」
カイエンがそう言った。
「ギャラン、そうなの?」
シルビアの問いにギャランは首を横に振った。
「肝に砂利が付いてて、それで傷を付けちまってるからなあ。傷物として評価されるから価格は下がる」
そう説明してくれる。
砂利ねえ。
「ちょっと見せて」
俺はもうすでに面倒事に巻き込まれたと腹をくくり、ギャランに鮟鱇の肝を見せてもらった。
ギャランの言うとおり、肝には砂利が付着しており、所々砂利がめり込んでいるようだ。
肝の表面に砂利が付着したあとに、外的な力が加わってめり込んだように思える。
「これ、どうしたんだ?」
俺はカイエンに訊いた。
「実は解体が終わって肝を袋に入れようとしたら手が滑って地面に落としちゃったんだ。それと、今日は他のアイテムもいつもよりも多く入手できたので、袋の中がパンパンになっちゃったんだよ。それで、砂利がめり込んじゃったのかな」
再現をしてみるか。
俺はカイエンの言い分を聞いてそう思った。
「袋を貸してくれ」
カイエンから荷物袋を借りる。
そして、ギャランからはカイエンから買い取った他のアイテムを一旦戻してもらう。
迷宮鮟鱇の肝も含めて全て袋に詰めてみると、確かに袋がパンパンに膨らんだ。
これでは柔らかい肝は砂利がめり込むな。
「さて、対策すべきは肝を落としたことか、それとも袋の膨らみか」
落としたのは確実に対策をしないと駄目だな。
袋については、肝の形が崩れていないからこれでいいのか?
FTAだと引っかかりそうだが、別に対策書の提出を要求されたわけではないし……
「肝を落とした対策だけでいいか」
俺はそう結論を出した。
「カイエン、どうして肝を落としたんだ?」
ここからはなぜなぜ分析だ。
「一人で解体して袋に入れようとしたんだけど、鮟鱇の血が手についていて、肝を持ったら滑ったんだよ」
「それは両手だったのか?」
「いや、片手だな。もう片方の手は袋を開けようとしていたから」
成程。
肝を落とした>血で滑った>片手でしか掴んでいなかった>もう片方の手は袋を開けていた
といったところか。
血で滑っただと、繋がりがおかしいかな?
血がなくても滑ったかもしれないし、このなぜなぜ分析だと、血が付いていたのは何故とならないと駄目な気もする。
何故なぜなぜ分析を異世界に来てまでやらなきゃいけないんだよ!
会ったこともない神を恨む。
「なあ、なんで一人で解体から袋詰めまでやっていたんだ?仲間がいたろう」
俺は片手で袋を開けていた理由を確認した。
「周囲の警戒をしていたんだよ」
「じゃあ、先に袋を開けておけば良かったんじゃないか?」
「それだと袋の入り口が自重で閉じちゃっているから、結局片手で入り口をあけないと駄目だよ」
ああ、そうか。
ビニール袋なんかもそうだったけど、手で押さえていないと袋の口が自重で閉じちゃって、中に物を入れられないんだよな。
でも、それなら袋に入れる時だけ誰かが手伝ってくれたらいいんじゃないか?
そうすればカイエンは両手で肝を持つことが出来て、滑って落とすこともなくなるだろう。
完全にとはいかないけどな。
そうだよな、どんなに対策をしたって落下は起きる。
落下品はラインアウトして赤箱にって言っても、ちょっとなら大丈夫とか勝手に判断する作業者は後を絶たない。
落下品の不具合は落とさない工夫がとても難しいので、ルールを守ってもらいたいんだけどな。
ルールと言えば、運送業者は落下品の取り扱いの教育がされてない場合が多く、落下させてもそのまま運搬しちゃったりするんだよな。
公差±0.05ミリの製品を落下させて、見た目問題ないからってそのまま納品されて組み付かなかったこともあった。
原因調査が大変だったな。
何せ自社の工程を疑って検証をしていたので、どんなにやっても原因が見えてこなかったのだ。
一枚数万円のアルミのベースをよくも落としてくれたな!
そして、落下品の混入で大問題といえば、はやはりバッテリーだろうな。
リコールにまで発展した、製品の落下品混入として有名だ。
電池セルを落下させたものを車両に搭載してしまって、市場で溶損、短絡の事故が発生してしまったのだ。
どの車とは言わないけど、落下した製品をそのまま勝手な判断でラインに戻すのはアウトナンダー。
あれ?
ニュースだと、そのラインは撤廃しちゃったみたいですね。
ヒューマンエラーは無くせないって判断だったのかな。
落下品のルールの重要性をわからせる、とてもいい事例ですね。
関係者はよくないでしょうけど。
迷宮鮟鱇の肝は落としても商品価値が下がるだけなので、使えない訳じゃないけどな。
あ、使えそうかも。
「カイエン、袋に入れるときは仲間を呼んで、カイエンは両手でアイテムを持って、呼んだ仲間に袋を持たせたらどうかな?完全とはいえないが、落下を低減できると思う」
両手で掴めば、片手よりはマシだろ。
冒険の最中に落とさないための作業台を持っていくとか無理だしな。
収納魔法があるけどさ。
あ、収納魔法なら迷宮鮟鱇を丸々持ち帰ってくればいいのか。
運搬人で収納魔法持ってる奴を必ずパーティーにいれなければならないから、対策としては不可能だな。
前世ならやれと言われそうな気もするが。
それをカイエンに言ったところで無理だろうし、両手で掴むくらいが落としどころだろう。
「わかった。今後はそうするよ」
カイエンは頷いた。
「それにしても、折角の肝が安値でしか買い取ってもらえないのは残念だな。自分で食うかな……」
カイエンはしょんぼりとして肝を見つめる。
「じゃあ、俺が冒険者ギルドの買値の一割増しで買い取るよ」
俺はそう提案した。
「いいのか?」
カイエンの顔が明るくなる。
一割増し程度じゃたいした金額にはならないのだが、それでも収入が幾ばくかは増えるのが嬉しいようだ。
「いいよね、ギャラン?」
念のためギャランに確認すると、彼は首肯してくれた。
俺はカイエンに金を払い、肝を受けとるとティーノの店に向かった。
シルビアも一緒に付いてくる。
「面白そうだから」
と彼女は言うが、先ほどの件といい、好奇心は猫を殺すというから気を付けてほしいものだ。
「アルト、それにシルビア。いらっしゃい」
メガーヌが俺達が入店したのに気づいて挨拶をしてくれる。
「やあ、ティーノは?」
「奥にいるわよ。今は夜の仕込みをやっているわ」
その言葉を聞いて、俺は厨房に顔をだした。
「ティーノ、実は相談があってね」
俺はそう言うと、商品価値の下がった迷宮鮟鱇の肝を取り出した。
「これなんだけど、一度落としてしまい、砂利がめり込んで傷が付いた代物なんだ。このまま食べるのだと問題だけど、すりつぶして見えないようにすればいいかなって思ってね。なにか使えそうな料理はないかな?」
味は変わらないから、見た目を何とかすれば使えるはずだ。
つまり、素材としては安くしか買い取ってもらえないものを、俺が買い集めてティーノに売ればいいのだ。
そのうち冒険者ギルドも気がついて、自分達でもやるだろうけどな。
レシピを作って稼げるだけ稼いでしまおう。
四人でワイワイとレシピを考えていると、店のドアが開く音が聞こえた。
首だけそちらに向けると、入ってきたのはプリオラだった。
「緊急事態よ。二人ともすぐに冒険者ギルドに戻って」
プリオラの鬼気迫る雰囲気に、これは只事ではないとわかり、すりつぶした迷宮鮟鱇の肝に後ろ髪を引かれる思いがしたが、シルビアと一緒に走って冒険者ギルドに戻った。
全職員が一同に集められ、ギルド長から衝撃の事実が伝えられる。
「邪神が復活した」
※作者の独り言
落下品を拾って組み付ける奴があとをたちませんね。
落とすと怒られるから、見た目問題ないから組み付けちゃえって事なのかな?
工程巡回で見かけるのよね。
それと、次回から品質管理の話じゃなくなります。
予定では!
一応小説なんだよってことで、話に区切りを付けようかなと。
終わらせるかどうかは未定ですが、愚痴少なめな方も少しは進めたいですしね。
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