第247話 転造したら不具合だった件
そうだ!PCのハードディスクの中身!!!
俺は突然前世で所有していたPCのことが心配になった。
遺品整理で中身を見られていないだろうか?
哲学フォルダの中を見られたら恥ずかしくて死ぬ。
既に死んでいるんだけど。
「なぜ俺は後輩の目の前で死ななかったのだろうか」
そんな後悔をした。
「どうした、アルト。そんな死後恥ずかしいエロ動画を保有していたのを親戚一同に見られたらどうしようみたいな絶望感に襲われた顔をして」
俺の心を読みきったオッティが訊いてくる。
寸分たがわず正解してるじゃねーかよ。
そう、俺は今オッティに呼ばれて、グレイス領にある賢者の学院に来ていた。
なんでも、スキルで転造機を作ったから立ち会って欲しいというのだ。
新規設備の動作確認に品質管理を呼ぶなんて、前世のいい加減な品質で立ち上げをしていたオッティが、ついに品質管理の大切さに目覚めてくれたのかと嬉しくなって、喜び勇んでここにきたのだが……
「オリハルコンのピンゲージをΦ16で出してくれ。トライをやってみたいんだ」
そう、俺は品質確認ではなく、材料製造の為に呼ばれていたのだ。
「鉄とかアルミの転造は飽きたから、異世界ならではの材質を転造してみたいじゃないか」
などと、堂々といわれると、その気持ちもわかるので、はいはいと相槌をうってオリハルコンのピンゲージを作って渡した。
転造について簡単に説明すると、回転する金型を材料に押し当てて形状をつくる加工方法である。
ネットだとネジばかりが出てくると思うので、そんなイメージでもいいかなとはおもうよ。
金型がぐるぐる回っているところに金属の棒を突っ込んで成形します。
弊社ダイスって呼ばないので、金型って書いておきますね。
みんな身元特定しようとするんだもの。
「じゃあ、これから世界初のオリハルコンの転造をしてみるか。テンペスト、しっかりみておけよ」
「はい」
オッティにテンペストと呼ばれた青年は、元気良く返事をした。
「オッティ、彼は?」
「紹介しよう。賢者の学院で転造を研究しているテンペストだ。ジョブは賢者の上位職の大賢者だぞ」
オッティが俺に紹介してくれると、テンペストはペコリと俺に頭を下げた。
「転造、テンペスト、大賢者……」
俺の頭に何か引っ掛かる。
これ以上考えちゃ駄目だな。
「条件がわからないから、少しずつ振っていこう」
オッティの言葉にテンペストが頷いた。
オッティはオリハルコンのピンゲージを締め型の真ん中に差し込むと、フットスイッチを足で踏んだ。
締め型が稼働して、オリハルコンを挟み込む。
危ないな。
指を挟むから、両手押しのスイッチに替えないと駄目だろう。
オッティのこういう安全に対する浅慮は変わらないな。
思わず昔を思い出して苦笑いしてしまった。
オリハルコンがクランプされると、4個のローラー形状の金型が回転し始める。
締め型が前進して、回転する金型の中心部へとオリハルコンが挿入された。
しばらくすると、オリハルコンが排出されてくる。
締め型がアンクランプされたので、オッティはオリハルコンを引き抜いた。
「どうだ?」
オッティは手に持ったオリハルコンを俺に差し出した。
ふむ、これを検査しろということか。
図面が無いから検査も外観くらいだけどな。
やれやれと、オリハルコンを受け取り、転造部を観察した。
「あれ、剥離が出ているぞ」
俺は転造部に金箔のように薄くなったオリハルコンの粉が付いているのを発見した。
これは不良だよな。
転造の条件があわずに、金属の表面が荒れてしまうのだ。
細かい粉が出るのだが、金型で押し潰すから金箔のように薄く伸ばされた状態になる。
これは金属の種類によっても条件が変わってくる。
A5056とA6061は同じ条件ではないのだ。
いわんや、オリハルコンをや。
「次はどの条件にしましょうか?」
テンペストはオッティに訊いた。
「11000まできっちり回せ」
オッティの指示が出る。
超高回転なんですけど。
流石はオリハルコンだな。
結局条件が見つからず、オリハルコンのピンゲージの山が出来上がってしまい、床がみえなくなっている。
もはや伝説にはならないくらいの量が流通してしまいそうな感じだ。
「オッティ、流石に魔力が切れそうだ」
俺はオッティに打ちきりを打診した。
オッティは嫌そうな顔をするが、こちらの身がもたない。
この辺は前世と一緒だな。
オッティが条件を出せずに、夜中でも休日でも測定依頼が来たもんだ。
ほんの些細な設定ミスだったりしたので、何故品質管理を呼ばないんだと何度も文句を言ったものだ。
同じ製品を何度も測定する俺の身にもなってくれ。
あ、そういえば、オッティのスキルで転造機はつくれるけど、テンペストはどうやって転造機を作るつもりなんだろうか?
「圧力魔法を油圧の代わりに使って金型を動かすんだよ」
オッティはそう教えてくれた。
電気は?
と言いたかったが、夢を壊すのも悪いのでその言葉を飲み込む。
そのうち魔法を使った転造機を見ることが出来るかもしれないな。
「そうそう、前世に繋がる電話機を作ろうと思うんだ。それが出来れば田村にお願いして、お前のPCのハードディスクをドリルで破壊してもらうことが出来るぞ」
田村とは会社の後輩である。
別にあの国会議員の後援会じゃないんだから、ハードディスクをドリルで破壊しなくてもいいのだが。
確かにオッティなら異世界と繋がる電話機を作ってくれそうだな。
田村か。
俺が死んだ後、異世界に行っていたって言ったら、信じるかな?
田村ならきっと信じてくれる気がする。
その時は、語るとしよう。
――俺が『転造したら不具合だった件』について――
※作者の独り言
転造の剥離を出さない条件を当然持っていますが、新規の素材となると、その条件を見つけるのが大変ですよね。
寸法にも関わってきますし。
どうでもいい話ですが、静岡のバイクメーカーの女性社員が転移してきて、「シズ」って名乗っているのも考えましたが、話が纏まらなかったので止めました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます