第243話 大丈夫

前回までのあらすじ。

スターレットと屋台で酒を飲んでいたアルトは近所でガラスの割れる音を聞く。

ラパンだという声が聞こえたので、音のした方へ向かうと、建物の中から出てきた人物に襲われる。

それを返り討ちにしたら、なんと娘を人質に取られていたという情報が。

元軍人のメイトリックスに事情を聴いて、娘の救出に向かうことになるアルト。

いけない、メイトリックスじゃなくてマトリックスだった。

それでは本編いってみましょう。



 捕縛したマトリックスは元軍人だ。

 かなりの腕っこきで、特殊部隊の隊長まで勤めたのだという。

 引退してからは、一人娘と一緒にステラの街で暮らしていたというのだが、今回彼は犯罪組織に娘を誘拐されて、用心棒を強要されていた。

 今夜、もう一人の男と一緒に魔族を召喚出来る宝珠の取引をしていたのだ。

 そこにラパンが現れて宝珠を奪おうとしたが、マトリックスによって撃退される。

 ラパンは腕に傷を負うも、その場から逃走。

 俺達はその時の音を聞いたというわけだ。


「あんた程の実力があれば、誘拐された娘さんを救出するくらい簡単に出来たんじゃないか?」


 一通り話を聞き終えた俺は疑問をぶつける。

 優秀な軍人なんだから、悪の組織のひとつやふたつ壊滅させるくらい簡単だろう。

 そう思ったのだが、やはりそれにも事情があった。


「かつての部下だったベレットが娘を監視している。あいつの実力は俺と同程度で、娘が人質になった状態では勝てない」


 マトリックスにベレットか。

 いや、なんでもない。

 それよりも、そんな厄介な相手がいるのに、娘を助けてくれと言われても。

 それに、どこに囚われているのかもわからないしね。

 そんな俺の心を読んだのか


「娘が囚われている建物は三階建てだ。その最上階に監禁されている。外の壁を登っていけば相手には気づかれないだろう」


 マトリックスが監禁されている建物の説明を始めた。

 場所もそんなに遠くはない。

 一般の住宅に紛れて、組織がアジトとして使用しているのだという。


「壁を登るのか」


 俺はそう呟いた後に黙思する。

 いけるかな。

 リンギングのスキルを使えば、壁に手を貼り付けることが出来るから、壁を登るくらいは出来そうだ。※異世界のリンギングです。


「わかった。娘さんの特徴と、ベレットの特徴を教えてほしい。きっと助け出してみせる」


 俺はマトリックスに約束し、必要な情報を聞き出すと、監禁場所へと向かう。

 心配したスターレットもついてくる。

 さらに離れた場所に衛兵達が続く。

 大人数で移動して気づかれても困るからだ。


「一人で大丈夫?」


 スターレットが俺に訊いてきた。


「大丈夫だよ」


 俺は彼女を心配させまいと、笑顔でそう答えた。

 暗いから、笑顔がどれだけ伝わったかはわからない。

 一人で大丈夫というのは嘘ではない。

 モータープールの選別だって、車両メーカーのラインを止めた時だって一人でやれたじゃないか。

※この物語はフィクションです!

 今回は人の命がかかっているから、ちょっと緊張するけどな。

※自動車部品にも人の命がかかっているから、毎日緊張しながら作っています!!


 そして、マトリックスの娘さんが監禁されている建物についた。

 入り口には見張りが二人いる。

 昼だと異様な雰囲気だろうが、この時間では外にいる人は俺達以外にはおらず、誰が不審がるでもない。

 今回は正面から入るわけにはいかないので、スターレットと一緒に裏手にまわる。


「何しているの?」


「これか」


 俺は衛兵の待機所から持ってきた墨を顔に塗っていた。

 相手の本拠地に乗り込むときは、顔を黒く塗って迷彩だよね。


「暗闇に紛れるためだよ」


 と答えたときに、スターレットが俺の胸に顔を埋める。


「無茶しないでね」


 泣きそうな声で言われると心が痛くなる。

 無茶をするつもりはないが、何か安心させるような言葉をかけなければ。


「帰ってきたら、一緒にカフェで朝食を摂ろうか」


「うん」


 なんか死亡フラグ臭い台詞になったな。

 スターレットの肩に手を当て、優しく引き離す。

 さあ、いよいよ救出だ。

 リンギングスキルを使い、手と壁の間に真空を作り、左右の腕を交互に使って壁を登っていく。

 ヒョイヒョイと進み、三階の窓にたどり着いた。

 木で出来た窓は閉まっており、中を見ることは出来ない。

 仕方がないので中の気配を確認すると、体重の軽そうな足音がする。

 他には気配がない。

 ベレットは元軍人の男なので、もっと体重は重たいはずだ。

 たぶん誘拐された娘さんの足音だろう。

 他にも誘拐された子供がいたらそれまでだが。


 危険は無さそうなので中に入ろうとしたが、窓には鍵がかかっていたので、スキルで太めのピンゲージを作り出し、それで窓を叩き壊して中に入る。


「誰?」


 小さな女の子は俺の登場に驚く。


「ジャーニーか?」


 そう訊ねると、彼女は恐る恐る頷いた。


「お父さんに頼まれて君を助けに来た」


 その言葉で、彼女の顔は一気に明るくなる。

 しかし、その明るさも足音が聞こえると再び暗くなった。


 バンっとドアを開けて入ってきたのはマトリックスと同じような、がっしりとした体型の男だった。

 口髭をはやしており、聞いていたベレットの特徴にそっくりだ。


「誰だ!何してやがる!」


 彼は俺に向かって怒鳴った。


「品管の工程巡回です」


「はぁ?」


 俺のウィットに富んだギャグが通用しない。

 前世だったらみんな大爆笑だったのに。

 爆笑どころかダガーナイフを構える男。

 俺はジャーニーを体の後ろに隠すようにして男と対峙する。


「来いよ、ベレット」


 手に持ったピンゲージを男に向けて、そう挑発した。


「野郎!ぶっ殺してやる!!」


 多分ベレットだと思われる男は俺に向かって踏み込んできた。

 前に突き出されるナイフ。

 だが、俺はピンゲージでそれを払いのける。

※ピンゲージで物を叩いてはいけません!

 そして、ベレットがナイフを払いのけられたことに驚いて動きが止まったのを見逃さず、ピンゲージを持っていない方の手を彼の顔に当て、口と鼻を塞ぐようにした。


「【リンギング】!!」


 マトリックスにやったように、ベレットの呼吸を阻害して意識を刈り取る。

 気を失ったベレットは顔から床に倒れこんだ。

 鼻の骨が折れたかな?


 俺はベレットが倒れたのを確認して、窓から身を乗り出してスターレットに合図を送る。

 スターレットはそれを見て、近くに潜んでいた衛兵達に突入の合図を送った。

 衛兵の突入が始まると、建物はあっという間に制圧される。

 数の差だな。

 一番強いやつは俺の足元に転がってるし。


 その後の後片付けは衛兵に任せて、俺はジャーニーを連れて、スターレットと一緒に待機所に戻ってきた。


「パパ!」


「ジャーニー!!」


 感動の親子の再開である。

 隣を見るとスターレットがちょっと涙ぐんでいた。

 この後マトリックスにどんな罰が与えられるのかはわからないが、寛大な処置があるといいな。

 そして、俺達も途中だった事情聴取が再開され、解放されたのは朝日が昇ってからとなった。

 約束どおり、スターレットとカフェで食事をして、寝ないで冒険者ギルドに出勤する。

 徹夜なんて死ぬ前の対策書のエビデンス捏造以来かな。

 最悪の思い出だ。





 数日後、俺とスターレットはギルド長に呼ばれていた。

 なんでも、後日談を聞かせてくれるのだという。

 ギルド長の執務室にスターレットと一緒に入ると、そこにはマトリックスがいた。


「彼にはこれからここで働いてもらうことになった」


 ギルド長からそう告げられる。

 そうか、島流しとか労働奴隷に落とされるとか無かったのか。

 さらにギルド長は話を続ける。


「今回の魔族召喚は、取り潰しにあった貴族達の集まった組織が関係しているようだね。彼らは没収されなかった資産を使って組織を運営しているみたいなんだ。ただ、それは買い手の方で、売り手についてはまだ正体が掴めていないから、引き続き捜査をしていくと連絡があった。君達は既に関係者になっているから、身辺には十分注意するように」


 なんだろう、とても嫌な予感しかしない……



※作者の独り言

品質管理のいう大丈夫は大丈夫じゃないですが、死にそうな顔をしている、不良を流出させてしまった作業者を落ち着かせるためにいいます。

客先からの呼び出しで泣き出したいのはこちらも一緒なんだけどね。

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