第240話 こっちのアナの使い勝手はどうかな?

※エッチな話じゃないです。


 前回超音波洗浄を思い付いたので、オッティにおねだりして見ようと考えていたら、丁度ティーノの店にやって来た。

 食事の最中にする話ではないので、まずはティーノの料理に舌鼓をけたたましくうちならして、食後に話を切り出す。


「なあ、オッティ。超音波洗浄機を作れるか?」


「あー、まだスキルを取ってないけど、レベルが上がれば可能だ」


 流石チートな生産技術スキルだ。

 前世にあった物が何でも手に入りそうだな。

 そして、オッティは不思議そうに俺を見る。


「なんで超音波洗浄機が欲しいんだ?めく――」


 オッティが危険な発言をしそうになったので、俺はそれを止めるため、オッティの口の前に手をやる。


「それは禁句だ。袋アナと呼ぶべきだろう」


「何を今さら」


 俺の苦言にオッティはハンと鼻を鳴らす。


「なんの事?」


 意味がわからないと、グレイスは聞いてくる。


「製造業では色々と昔ながらの言葉が残っててな、アナの事を『バカアナ』や『差別用語で使ってはいけない言葉アナ』ってのがあるんだ。前者はボルトが通るアナで精度は緩い。後者は貫通してないアナの事を指す」


「じゃあ、最初からそう言えばいいじゃない」


「それは先達に言ってくれ」


 俺に言われても困るよ。

 これは慣習なんだからな。


「アナっていえば、図面には『穴』と『孔』の二つの漢字が使われているよな」


 オッティがそう言った意味をグレイスは理解出来なかったらしく、


「二つ?」


 と聞き返した。


「墓穴の『穴』と孔融の『孔』だな」


「孔融?」


 俺の説明にまだ頭を捻っているグレイス。


「なんだ、孔融を知らないのか。曹操に処刑された奴だよ。孔子の子孫の」


 俺はそう言ってコーヒーを一口飲んだ。


「なら孔子の『孔』って言いなさいよ。せめて孔明ね!」


 何故俺の説明で怒られねばならないのか理解に苦しむ。

 日本人ならみんな三國志を知っているだろうが。

 新人教育でも「公差」は公孫サンの「公」という文字を使うと説明したらみんな理解してくれたぞ。

 会社の偉い人たちは、戦国武将とか三國志の武将が大好きなので、覚えておいて損はないよね。


「まあ、文字が二種類あるのはわかったわ。でもどうして?」


 そう考えるよね。

 それには意味があるのだ。


「墓穴の穴の方は貫通していない袋アナで、孔明の孔の方は貫通している孔を指すんだ。図面が手書きの時代に見間違えないようにした工夫だな」


 ※諸説ありますが、ここではこの説です。

 自分に教えてくれた設計者と、故・永六輔氏がこの説でしたので。


「そんな違いがあるのね」


 グレイスは驚いたようだ。

 線の多い図面だと、貫通なのか袋なのか見分けづらい時があるんだよね。

 それ以外にも、破線の書き入れ忘れとか。

 上面図でみて、どちらかわからなかったことなんて何度もあった。

 そういうことの繰り返しで、穴と孔を使い分けるようにしたのだ。


「落とし孔って孔明の方使うと、地球の裏側迄孔を掘らないと駄目だぞ」


「間違えないようにしないとね」


 残念ながら異世界なので、間違えることは無いけどな。

 ここに漢字はないから。


「アナひとつとっても色々あるんだよなあ」


 オッティが昔を思い出しながら、しみじみと語る。


「キリ、ドリル、リーマと品質管理の俺からしたら管理に困るんだよな」


 いや、品質管理というよりも、業界に来たときになんだそりゃって思ったんだっけ。

 設備関連だとよく、ドリルかリーマかって聞かれたな。

 しかも、図面だとキリなのに、現場の職人はドリルって呼んでいて意味が分からなかった。

 みんな新人の俺が知らないものだから、丁寧に教えてくれたなあ。

 職人はあまりしゃべらないとか言われるけど、実際は話好きな人が多くて、色々な話をしてくれたもんだ。

 俺は転生しちゃったけど、みんな向こうで元気にしているかな?


「ここじゃあ俺達が世界標準だ。この言葉を定着させていこう」


 オッティにそう言われて俺は無言で首肯した。

 いつか、若い連中にドリルとリーマの違いを話すようになるのかな。



※作者の独り言

製造現場以外で使えない単語まだあるかもね。

外国人研修生は雄ネジと雌ネジを説明したら「スケベね」って笑いやがった。

多分一般的にはそんな感覚になるのかな?

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