第239話 超音波洗浄
迷宮を行く俺は、いつ出くわすとも限らない危険から、とても緊張していた。
車両メーカーの監査の二倍くらいの緊張である。
何せ、車両メーカーの監査では命を落とすことはないが、迷宮では簡単に命を落とすことがあるからだ。
斥候として先頭を歩く俺は、作業標準書に従い索敵をしている。
「20002ミリ先の天井に迷宮コウモリが三匹いるぞ」
「なんでアルトはいちいち距離をミリで言うのよ。メートルにしなさい」
索敵結果を伝える俺の単位にシルビアが文句を言う。
すまん、職業病だ。
現在俺とシルビアは、シルビアの幼なじみであるデュアリスの護衛として迷宮に来ていた。
彼女のジョブは賢者で、専門はモンスター生物学。
シルビアの幼なじみで知性がある人がいるとはって驚いたら、シルビアに殴られた。
それを見ていたデュアリスはすぐ手が出るのは昔から変わらないわねと笑っている。
孔雀百まで躍りを忘れずというが、全くもってその通りだな。
何か余計な文字がついてますか?
「向こうもこちらに気付いたぞ」
一通り俺が殴られたあとで、俺は迷宮コウモリがこちらに向かってくるのに気付いた。
騒ぎすぎましたね。
戦闘準備をする俺とシルビアにデュアリスから迷宮コウモリの説明がなされる。
「迷宮コウモリは他の生物の血を吸います。体が大きいので吸う量も多くて、人間の大人でも失血死するくらいなので気をつけて下さい。それと、見えない衝撃波も使ってきます。それは口から出るので、なるべく正面に立たないようにしてくださいね」
成程、吸血コウモリか。
それに見えない衝撃波というのは超音波の事かな?
見えない、超音波……
その二つの言葉で俺のトラウマがよみがえる。
超音波は工場では洗浄に使われている。
一般でも、眼鏡や宝石の洗浄は超音波で行っているから、眼鏡ショップやジュエリーショップで見たことがある人もいるだろう。
店内でジジジジジジジジって音がしているあれだ。
工場での用途も洗浄だ。
油分だったり、ばりだったりを除去している。
あとはロウ付けで使用したフラックスとかだな。
超音波洗浄の問題点は、洗浄したのかしないのかが、見た目では分かりにくい事である。
俺の母は超音波洗浄に沢山の指輪、ネックレス、ピアス、ブレスレットを持ち込むのだが、一度に洗浄出来ないため、店員が数回にわけて洗浄するのだが、どれが洗浄前でどれが洗浄後かわからなくなる時がある。
洗浄前と後でトレーを別々にして、きちんと洗浄前後の表示をした方がいいですよとアドバイスするのだが、自社の工程が同じ状態で、どの口が言えるのと。
ねえ、工程カンバンはなんできちんと運用されてないのかな?
洗浄前後は見ただけでわかるほど優秀な作業者しかいないの?
じゃあなんで未洗浄品が客先に流出して、俺が謝りにいってるの?
などと、前世が走馬灯で再現される。
「アルト!」
俺が走馬灯で嫌なものを見ていたら、シルビアに腕をグッと引っ張られた。
「ぼやっとしないで。迷宮コウモリが攻撃してくるわよ」
シルビアは意識が異世界に飛んでいた俺を助けてくれていたのだ。
引かれた勢いで俺はそのままシルビアの胸に飛び込む形になる。
鎧越しだが暖かい、と感じた。
泣きたくなった時には、この胸を開いてほしい。
「強く……」
「何?」
「強く抱いてほしい」
「こんなときに、何馬鹿な事言ってるの」
俺の呟きにシルビアが顔を赤くする。
こういう照れちゃうところが可愛いな。
もう少し照れさせたい。
だが、これ以上ふざけるのは危険だ。
勿論、迷宮コウモリの攻撃の話だよ。
俺は気を取り直してピンゲージを作成すると、それを向かってくる三匹の迷宮コウモリに投げつけた。
見事命中し、迷宮コウモリは気を失って地面に落ちる。
「捕まえて」
デュアリスから指示が飛ぶ。
今回の目的はモンスターを生きたまま捕まえて、その生態を観察することにある。
俺とシルビアで三匹の迷宮コウモリを捕縛した。
先の説明の通り、迷宮コウモリはとても大きいので、今回はこれで迷宮での調査は終了だ。
三匹を抱えてデュアリスがいるところまで戻ってくると、
「あら、私お邪魔かしらね」
と言って、ニヒヒと笑う。
パートのおばちゃんみたいだな。
翌日変な噂が社内に駆け巡ってる奴だ。
何故仕事をしているはずなのに、あり得ないスピードで噂話は回っていくのだろうか?
そんなデュアリスを黙らせたいと思っていたが、それはどうやらシルビアも同じだったらしく、手に持っていた迷宮コウモリをデュアリスに投げつけた。
グボッ――
鈍い音と共にデュアリスの意識は刈り取られ、帰りは結局迷宮コウモリに加え、デュアリスも背負って行くことになる。
まあ、ずっと俺とシルビアの関係を勘ぐられるよりはましか。
後日、デュアリスは俺から聞いた超音波洗浄を迷宮コウモリで再現すべく、研究に勤しんでいると聞いた。
何ヘルツで、どれくらいの時間稼働できるのか興味があるが、オッティにお願いしたら超音波洗浄機位作ってくれそうなので、実用化されなくてもいいかなと思う俺だった。
※作者の独り言
超音波洗浄機便利ですよね。
思わず眼鏡洗ってみたり。
作中の主人公の母は、本当は妻にしたかったけど、設定が独身で死んでた気がしたので諦めました。
ダイヤが人の体の脂でくすむのはわかるのですが、替えをいくつも用意するのは如何なものか。
ダイヤのチップだってそんなに予備は無いぞ。
お前の指と首と耳は何個あるんだ?
アシュラマンかよ!
誰の事とは言いませんけどね。
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