第222話 かき氷をフルバックで

異世界でかき氷機作る話を結構見かけますが、主軸のねじ加工精度出てるんですかね?

文明レベルが低いところだと無理だと思いますけど。

それでは本編いってみましょう。



 今日は久しぶりにグレイスとオッティがステラの街に来たので、三人でティーノの店で食事をしている。

 折角の場なのに隣のテーブルがうるさい。


「どうなんや?滌除てきじょはのむんやろな?」


「そないなこと言われましても」


 いかにも悪徳金融といった感じの男が、気弱そうな細身の男を脅している。

 滌除なんてあるのか。

 前世では悪用するのが絶えずに、2003年に廃止されている。

 民法の改正で抵当権消滅請求に変わったのだ。

 やはり異世界は遅れているな。


 そんなうるさい隣を無視して、グレイスが話し始める。


「なんか新しい売りもの無いかしらねえ。新商品を次々に売り出すのが異世界転生の定番じゃない」


 グレイスがフォークでこちらを指しながら訊いてくる。

 とてもお行儀が悪いから止めさせたい。

 親の顔が見てみたい。

 勿論、前世の方だ。

 現世の方はアンデッドモンスターとして復活させれば見ることは出来るが、色々と面倒な事態になりそうだからな。

 謀反人ということで王家から睨まれるだろうし、神殿もうるさいだろうからな。

 さて、そんなグレイスの行儀はおいといて、異世界転生の定番は興味がある。

 前世の知識を持ち込んで、快適生活は夢だよね。

 品質管理の知識しか使ってない俺が言うのもなんだけど。


「暑くなってきたし、かき氷なんかどうかな?」


 昔読んだ異世界転生小説を思い出して、俺はグレイスに提案してみた。


「かき氷機ならスキルで作れそうだしな」


 オッティも頷く。

 スキルポイントが勿体なくないか?

 もっと違う工作機械作った方がいいぞ。


「あんなもん、氷をマシニングの上に置いて、フルバックで削ればいいんだろ」


 オッティからまさかの意見が。

 フルバックで氷を削れば、確かにかき氷みたいにはなるだろうけど、氷の切り粉がどこに飛ぶかわからないから、集めるのが大変だろう。

 というか、お前は前世で切り粉の掃除をしたこと無かったか?

 あ、無かったな。

 こいつは使ったら使いっぱなしで片付けることをしなかったので、工機部門の連中から嫌われていたんだっけ。

 樹脂を削っても切り粉の掃除をしないから、次に使う奴が分別で苦労していたんだよな。

 樹脂を削ったあとに、アルミや鉄を削ると切り粉が混ざるので、リサイクル業者に出せなくなるのだ。

 じゃあ、材質で機械を分けたらとなるが、工機部門の汎用機なんて、材質ごとに揃えるような予算はどこにもないから。

 そんなオッティなので、かき氷をフライスで作ろうとか思っちゃうんだろうな。


「オッティ、残念ながらフルバックで氷を削っても、飛び散るからかき氷として提供は出来ない。かき氷機は昔は鉋だったし、構造としては縦旋盤が近いだろ。鋳物で本体を作って、主軸を手回しハンドルで回転させる機械にするんだ。ついでに、フルバックみたいな複数の刃はいらないからな。刃を研磨するときに高さを合わせるのが大変になるから」


 俺の説明の最後の部分にだけオッティが食いついた。


「確かに、フルバックの刃物を再研磨して使うときに、同じような磨耗具合のやつを揃えないといけないんだよな。あれが面倒なので、俺は再研磨は設定しないラインにした」


「超硬の刃物を再研磨しないから儲からなかったんだよ」


 当時を思い出してそう返事をした。

 品質管理としては再研磨しない方が品質が安定するから助かるんだけどな。

 鉄やアルミのブロックを削るぶんには問題ないが、アルミダイカストなんかだと、中の異物が刃物に当たって欠ける、チッピングがよく起きる。

 五枚刃で一枚だけチッピングしたからといって、一枚だけ交換すれよい訳ではない。

 新品の刃物にすると、高さが変わってしまうので、全交換しなければならないのだ。

 そんなわけで、チッピングしても二枚までは我慢する。

 刃物が欠けた異常状態で加工しているので、勿論そんなものは記録に残せない。

 品質は問題ないから使っちゃえって奴だな。


「かき氷は消えものだから、食っちゃえば寸法なんて関係ないだろ」


「それは違うぞ、オッティ。ふわふわの食感が無くなる」


「その前にその食感を出す条件を出せてないぞ。今のままだと、出来損ないの氷の桂剥きにしかならん」


「条件出しはお前の仕事だろ」


「食感みたいな官能検査が出来るわけないだろ。それにそんな条件を見つけるために試食を繰り返したら腹を壊す」


「ちょっと、あなた達かき氷を売り出すんだから、機械の話だけじゃなくて、シロップどうするかも考えなさいよ!」


 グレイスが割って入ってきた。

 機械だけ売るんじゃないのか。

 それならば言わせてもらおう。


「食い物を売るのは大変だぞ。味もわからないくせに文句だけはいっちょまえのエンドユーザーからのクレームが有るんだぞ!※個人の感想です」


 俺はグレイスを怒鳴った。

 オッティも頷いている。


「ねじりパンのねじれ具合がばらついているとかクレームが来るけど、ねじりパンは数が出ないから機械化できずに、バイトが手でねじっているから、ばらついて当たり前だろ!味には全く関係ないのにクレームの電話しやがって。翌日班長からばらつきを抑えろとか言われても、どうしていいかわからなかったぞ!!魔女が居候しているパン屋にも同じ態度で望めるのか!オオン?ジャムおじさんだってストライキするっつーの!」


 俺のトラウマが甦る。


「こいつ、前世で大学時代に夜中パン工場でバイトしていたんだけど、その時の思い出が辛かったんだよ」


「そ、そう……」


 オッティがこそっとグレイスに耳打ちしたのが聞こえた。

 それで少し冷静になる。


「大体、シロップなんてスイが一番だって副部長も言っていただろ」


「何よ、スイって。それに副部長?そんなかき氷十杯食べようとして、お腹壊した人が出てくる、鼻血で打ち切りになった漫画なんてしらないわよ。シロップを作るの!!」


 グレイスとは意見が合わなかったので、かき氷の機械を俺とオッティが担当して、シロップはグレイスが担当することになった。

 氷は魔法で作り出すので、魔法使いの協力を仰ぐらしい。

 そう決まってふと隣のテーブルを見ると、気の弱そうな細身の男はいなくなって、悪徳金融とその部下になっていた。


「やりましたね、社長」


「オリンピアに浮かれて、本来価値の低いものに、高額な担保を設定したのが間違いなんや。バブルが弾けるのも気付かんと、アホやのー」


 よくわからないけど、首を突っ込むとお腹痛くなりそうな会話をしていたので、そそくさと店を出た。


 後日、かき氷は各都市で人気となったとか。



※作者の独り言

フルバックの話を書きたかったのに、どうしてこうなった。

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