第221話 無理な対策はやめよう

 今日はデボネアに呼ばれて、デボネアの知り合いのドワーフ、ターバインの工房に来ていた。

 目の前にはデボネアに似た、ずんぐりむっくりであごひげを蓄えたおっさん顔のドワーフがいる。

 彼がターバインだ。

 跳ぶの?

 オークロードが開かれるの?

 いや、それはないか。

 俺、富野じゃないし。

 彼が俺に相談があるのだという。


「で、相談というのは?」


 単刀直入に聞いてみた。


「検査が利益を圧迫していて、このままだと廃業しそうなんです」


「それってどういうこと?」


 彼の言うことが理解できなかった。

 だって、利益を圧迫していて廃業しなければならないほどの検査なんて聞いたことない。

 いや、あったわ。

 補用品の癖に、量産と同等の管理をしていた溶接部品が。

 しかも、値段も量産価格だったな。

 二本しか作らないのに、破壊試験を二回やるから、全く儲からなかった。

 というか、大赤字だな。

 売るのとおなじだけ廃却しているのだからな。

 しかも、その製品に溶接だからと監査が入る。

 指摘事項が出て対策となるのだが、大赤字なのに更に対策とかやめてほしい。

 他に利益の出る仕事があったからいいけど、そんなのしかないと倒産だな。

 ターバインの話もきっとそんなのだろう。


 だが、そんな俺の想像とは違った。


「武器商人の注文で大量のショートソードを作っているのだが、刃を研がずに全く切れないやつを納品してしまい、対策として検査する人を雇ったのだけど、そいつも見逃してしまい、更にもう一人雇っているから、人件費が嵩んでいるんだ」


 ターバインがそう説明してくれる。

 うん、頭がいたい。

 対策としてダブルチェックにしたけど、それでも見逃してしまい、トリプルチェックにしたら、人件費が上がって経営難になったと。

 嗚呼、そういえばそんなのもあったな。

 恒久対策でいいものがなく、ダブルチェックの継続。

 小さい会社が出してきた対策書でよく見た。

 自分はどうにもそういった対策の向こうに、経営者や従業員の家族まで見えて、利益を圧迫するような対策は、こちらから代案を出すようにしたんだよな。

 不良の対策なんて、利益を削るのは当たり前なんだが、会社が無くなるような対策はするべきじゃない。

 本当にどうにもならないなら、いっそのことその仕事を返してしまうくらいの事をしてもいいと思うんだ。

 小さい会社ならだけど。

 大手で、「不良の対策なんてしたら利益がでないから転注しろ」って言ったあそこの会社は地上から消えたらいいと思うの。

 そんな思いとは逆に、どんどんM&Aを繰り返して大きくなっていくんだけど。


 さて、そんな前世の愚痴はおいといて、ターバインの問題の解決だな。

 人による検査なんて見逃すのが当たり前だし、検査員を増やすと、前のやつがやったろう、後のやつがやるだろうで結局見逃しはなくならない。

 ダブルチェック、トリプルチェックなんて経費の無駄だ。


「まずは工房の中を見せてもらおうか」


 三現主義の現場・現物・現実の確認からだな。

 工房の中に案内されると、例に漏れず汚い。

 3Sがなってないな。

 これだと工程飛びも起こるだろう。


「ショートソードの工程は鍛造、研ぎ、柄、鞘でいいのか?」


「そうです。鞘にいれる前に試し切りをします」


 その工程か。

 研ぎの工程が飛んでいるので、そこで保証させたいのだがどうしようか。

 切れ味を確認しないと次工程に行かないのがいいんだけど。

 そうすれば研いでないのを検出する以外にも、研ぎが甘いのも検出出来るからな。

 だが、そんなものは大規模な魔法システムでも構築しないと無理か。

 仕方ない。


「試し切りする藁を作業前にその日作るぶんだけにしようか。で、作業が終わったら、試し切り用の藁で切ってないのか残ってないか確認する。それなら切れ味確認はしたことになるだろ」


 これでどうだ。


「切れ味が悪いやつは、もう一回研ぎ直しするから、それだと数がずれるな」


 デボネアに否定されてしまった。

 じゃあラインアウトさせて、あとで手直しと思ったが、手直しのルールも複雑になると遵守出来なそうだな。


「じゃあ、試し切りでちゃんと切れた藁を箱にいれて、その日の最後に作ったショートソードと数が同じになることを確認しようか。それなら数がずれないだろ。あと、工房をもう少し整理整頓だな。要らないものは捨てて、道具は置場所を決めてそこに置く。少しずつでいいから今日から始めよう」


 小さい工房ならこんなところか。

 出来ることなんて少ないからな。

 そんなに利益がでない仕事で、製造以外の費用なんて出せない。

 それを出すのは仕事を出している方の務めだと思う。

 管理も求めるなら、それ相応の管理費を払わないとね。


「あの、それと……」


 ターバインがおずおずと切り出す。


「まだ何か?」


「雇った二人を解雇するのが申し訳なくて」


「ああ、」


 ダブルチェックで雇った二人は、これで仕事がなくなるからな。

 そこを心配するとはいい奴だな。

 だからこそ経営が傾くんだろうけど。


「それはこっちで面倒見るよ」


 これについては空手形ではない。

 オッティのところが人手不足なのは相変わらずなので、そちらに紹介状を持たせて送り込む。

 何かしらの仕事は見つかるだろう。


 一件落着したので、昼からデボネアと酒を飲んどけども、二人してデボネアの奥さんにコッテリと絞られた。



※作者の独り言

出てくる対策書で、どう見ても無理な対策が書いてあるのがあります。

大体はやらなくなるのですが、稀に無理して継続しちゃう会社があるんですよね。

大手ならほっときますが、小さいところだと生き死にの問題になるので辛い。

こちらも会社を潰したいほど憎んでるわけじゃないんだよ。

憎んでいるけど、それは不良を憎んで、人を憎まずだから。

そんなわけで、上司や客先を納得させるおとしどころを探すのですが、これがまた難しい。

まあ、あんまりそれをやりすぎると、不良を納品した会社が付け上がるので、匙加減が難しいですけどね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る