第208話 転注時の条件は
「アルト、聞いてくれよ」
久しぶりに相談窓口にやってきたのはカイエンだった。
死にそうな顔をしているけどどうしたのだろうか。
相談窓口には相談者が座るための椅子があるのにもかかわらず、椅子に座ることもせずにたったままで話を続けようとする。
一緒にいるナイトロも沈痛な面持ちである。
どうせ依頼を失敗したのだとは思うけど。
最近は相談窓口も暇だったので、偶にはきちんとした相談にのるのも悪くないな。
そう思って、カイエンを一先ず椅子に座らせて話を聞くことにした。
「どうした、何があった?5W2Hで話して欲しいのだが……」
「5W2Hがなんだかわからないが、護衛任務が酷かったんだよ」
「酷い内容はどんなものだった?まずはいつ受けたんだ?」
自分で理路整然と説明するのは難しそうなので、こちらから答えを引き出すように誘導していく。
まずはいつの依頼なのかだ。
「三日前に隣の街で受けた依頼だよ」
「誰から受けたどんな依頼だ?」
「商業ギルドに所属するアトムっていう商人の護衛任務だ。ステラまでの道のりをな」
アトムか。
以前にペール缶の製造の時に知り合った商人だな。
彼の護衛クエストだったのか。
護衛任務であれば、カイエン達でも問題なくこなせるんじゃないだろうか。
今は物流が盛んになったお陰で、街道では危険なモンスターの出現など皆無だ。
盗賊もかなり減っている。
なにせ仕事が溢れているので、わざわざ犯罪をしなくとも生きていけるのだ。
今盗賊をしているのは、既に手配が出ている犯罪者が殆どであり、生活苦から盗賊になるのはいないと衛兵達が取り調べた結果から出てきている。
「で、それがどうなったんだ?」
「アトムの護衛は何度か引き受けていたんだが、いつもは宿代や飯代も依頼主持ちだったんだよ。ところが今回は冒険者の自己負担になっていたんだ」
「それは冒険者ギルドで確認する内容だろう。ひょっとして依頼票にそれが記載してなかったのか?」
条件についてはある程度は依頼票に書いてある。
そうでないと、依頼主と会ってから条件が違うといってクエストを受けない事になるから、あらかじめそういったことが無いように気を遣っているのだが。
それが無かったとすると、冒険者ギルドの手落ちだな。
「いや、依頼書に書いてあったのだが、いつもと同じだろうという思い込みで確認しなかったんだ」
カイエンは項垂れた。
自分が悪いんじゃないか。
「受けてしまった以上はアトムに文句も言えないだろう。でも、赤字にはならないんだろう。冒険者ギルドだって相場は確認して依頼を貼りだしているんだから」
「そうなんだけど、飯代が依頼主持ちだと思って贅沢しちまったんだよ」
カイエンはばつが悪そうに小声で答えた。
よくある思い込みってやつだな。
設計変更が入ったのにもかかわらず、製造がそれに気が付かないでいつもと同じだろうということで、思い込みによって異品を作ってしまう。
思い込み防止とは何をやっても無くならない不具合だったので、対策するのは大変だぞ。
しかし、どうしてアトムは急に条件を変更したのだろうか。
その点は気になるな。
「アトムに話を聞いたら、前に雇った護衛が派手に飲み食いしたので、飯代については除外したんだって。その分護衛の報酬は上がっているけど。まったく、冒険者の風上にも置けないやつがいたもんだぜ」
自分の事は棚に置き、同じ考えの冒険者に文句を言うカイエン。
俺は呆れるしかなかった。
こんな奴でも相談に乗ってやらないといけないとは、と心の中で愚痴りつつも対策を考える。
「条件をよく確認してから依頼をうけような」
俺はぞんざいなアドバイスをした。
「いつもよりアドバイスが適当な気がするんだけど……」
カイエンは泣きそうな顔をする。
しらんがな。
と突き放すのもかわいそうか。
「依頼書を読む時に、書いてある文章を指でなぞりながら、声に出して読むんだな。それを他のメンバーに確認してもらう。あと、受付で条件をもう一度確認しておけば間違いないと思うぞ」
文章の間違いについてはこんなことくらいしかできないからな。
図面や検査規格の間違いなんて、ポカヨケは作ることが出来ないからな。
AIで自動で作ってくれたらどんなに楽な事か。
まあ、それでも思い込みってやつはなくならないのだがな。
思い出すだけで気が重い。
※作者の独り言
本来書きたかったのは転注時の条件を確認しないままの商権変更しちゃった営業の話なんですけどね。
条件がめちゃくちゃ厳しくて、儲からないから相手が撤退したのに、嬉々として受注を決めてくる営業は、一度焼けた鉄板の上で土下座するべきだと思います。
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