第191話 麺の規格があるのね

 ストラトスから、パスタマシンが出来たとの連絡があり、俺はその出来栄えを確認しに来ていた。

 総ステンレス製のパスタマシンは、鏡のように周囲の風景を写し出している。

 ステンレスのタンクローリーのような美しさに仕上がった。

 うむ、美しい。


 早速、事前に用意しておいた生地を、出来たばかりのパスタマシンに投入する。

 まずは、心太方式の奴だ。

 こいつは円筒の容器に生地を入れて、蓋をする。

 その蓋を容器の横にある長いレバーを使って押し込んでいく事で、容器のしたから麺が出てくるというものだ。

 レバーはかなり長く、小さな力でも蓋を押し込むことが出来る。

 容器の底面からにゅるりと麺が出てきた。

 世界初のパスタマシンの動作である。

 俺もストラトスも出てくる麺に目が釘付けになった。


「まずは成功だな」


「そうですね。アルト、何か気になった点はありますか?」


「麺の形はいいけど、押し込み用のレバーが長くて上下させるのが疲れるな」


 腕を何度も肩から上に持ち上げる動作は特に疲れる。

 個人で楽しむ分にはよいが、製麺所としてやっていくには改良が必要だな。


「レバーは何種類か長さを変えたものが用意してあります。水力や蒸気機関での対応も考えてますよ。時間がなくて、今回はそこまでは出来ませんでしたけどね」


 ストラトスはすでに改良版を考えているようだ。


「次はこっちだな」


 俺は圧延ローラーが付いたパスタマシンに生地をセットする。

 ローラーの幅は調節できるようになっており、少しずつ生地を延ばしていった。


「なんで、そうやって何度も延ばすんだ?一度に延ばせるようになっているのに」


 ストラトスの疑問は麺を知らない素人のそれだな。

 良い機械を作るためには、どうしてそうするのか知らないと駄目だ。

 いい機会だから教えておこう。


「一度に延ばすと麺のこしがなくなるんだ。これは料理したあとの食感に大きな差が出るぞ。この手間が重要なんだよ」


 製麺所の機械も、圧延工程は長いのはそのためである。

 この辺りは隠しておかないと、オッティに真似をされそうだからな。

 あいつならスキルで製麺ラインをつくるから、秘密にしていても意味無いかもしれないが。


 圧延を繰り返して、程よい厚さになった生地を、今度はカッターにセットする。

 カッターで細くカットされた麺が出てきた。

 今度はそれの長さを切り揃える。

 生麺ならこれで完成だが、日持ちを考えて乾麺にするため、俺のスキルで加熱して麺の水分を飛ばす。


「完成だ」


 出来上がった乾麺を手でさわると、水気の無くなり硬くなった麺の感触が心地よい。

 そういえば、日本でもイタリアでも、麺の太さで呼び名が変わるんだよな。

 日本ではJAS(日本農林規格)で乾麺が規定されている。

 直径が 1.3ミリ未満のものがそうめん、 1.3ミリ以上 1.7ミリ未満がひやむぎ、 1.7ミリ以上がうどんとなっている。

 パスタは1.2ミリ未満の物をカペッリーニ 、1.3から1.5ミリ程度をフェデリーニ 、1.6ミリ前後をスパゲッティーニ、2ミリ強をスパゲットーニと呼ぶのだ。

 程度とか品質管理的には許せないけどな。

 あ、麺の線径ってどうやって測るのかな?

 ノギスだと割れちゃうからガバリかな?

 規格があるなら管理せずにはいられない、それが職業病。


「アルト、トリップしているところを悪いんだが、そろそろティーノの店に向かわないか?待たせてあるんだろ」


 おっと、つい色々と考え込んでしまっていた。

 ストラトスに呼び掛けられて、なんとかこちらの世界に戻ってこられたぜ。

 製麺のFMEAを考えはじめてしまっていたので、このまま明日まで意識が帰ってこないところだった。


「そうだな」


 俺とストラトスは出来たばかりの生麺と乾麺を持ってティーノの店に向かった。

 店につくと、そこではティーノとメガーヌ、それにコロラドが待っていてくれた。

 俺は持ってきた麺をテーブルの上に置く。


「生麺と乾麺だ。乾麺は水分を飛ばしてあるから日持ちがする。茹で加減は好みにもよるけど、若干芯が残っているのがいいな。味付けはこの前話したようなやつでいけるか?」


 俺はティーノの顔を見た。

 ティーノは既にテーブルの上に目が釘付けになっており、こちらを見ずに答える。


「カルボナーラとペペロンチーノとミートソースだったな。聞いたものからイメージして仕込みはできている」


 三人は麺を手に取ると、厨房へと消えていった。

 今回、海鮮は手に入らなかったけど、調味料はなんとか調達出来た。

 海鮮についても、オッティが計画している貨物列車に冷凍庫が導入される予定なので、そのうち入手出来るようになるかもしれない。

 そのときはボンゴレやらペスカトーレやらを作ってみようじゃないか。

 あ、バジルとトマトも大量に必要だな。


「出来たよ」


 皿に盛られたパスタがテーブルに運ばれてきた。

 前世の料理とは少し違うが、イメージを伝えただけで、よくもまあここまで再現できるものだ。


「早速食べてみようか」


 俺はフォークにミートソースのパスタを巻き付けると、少し息を吹き掛けて冷ました。

 そして、一気にフォークを口の中へと運び込む。


 モニュ……


「美味い。牛スジから牛の嫌な臭いが消えている」


 などと、某料理漫画みたいな事をいってしまったが、パスタはどれも美味しかったです。

 茹で加減もアルデンテだったしね。


 その後、ティーノとコロラドのお陰で、ステラにパスタをはじめとした麺料理が広まった。

 その噂は直ぐにグレイスとオッティにも伝わった。

 なにせ、向こうは人口の流入が爆発的に増えているのだ。

 伝わるのが当然だな。

 最初はパスタマシンを売ってくれと来たが、麺の供給が間に合わないのを理由に断った。

 次にオッティが自作しようとしたが、ステンレスが入手できないので諦めた。

 現在、オッティのレベル上げを行っており、レベルが上がったら製麺ラインを作るのだとか。

 もっと先に解放すべきスキルがあるんじゃないの?と思うが、食は人類永遠のテーマだよね。

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