第183話 碁盤目
「ジョブは塗装工ねえ。まあいいでしょ」
俺は目の前のドワーフの若い男に紹介状を渡した。
何をしているかというと、グレイス男爵領に送り込む人員の面接だ。
相談窓口で面接をして、大丈夫だと思った相手には俺が書いた紹介状を渡している。
それが冒険者ギルドの仕事かといわれると、勿論「イエス」だ。
彼らがグレイス男爵領まで旅行するには危険を伴う。
優秀な人材を少しでも多く確保したいグレイスとオッティは、そんな彼らに護衛をつけるための費用を出してくれている。
ここには冒険者が沢山溢れているので、グレイス男爵領までの護衛の引き受け手も多い。
というか、旅費も出てそんなに危険がないこの仕事は、今や冒険者ギルドでも人気の仕事である。
勿論冒険者ギルドにも手数料が入る。
しかも、既に何度も同じ依頼が出ているので、事前調査の必要がないから、冒険者ギルドとしてもかなり美味しいのだ。
「黒板があったら便利だよな」
俺は塗装工のドワーフを送り出した後独り言ちる。
塗装といえば、家の壁や屋根を思いつくかもしれないが、勿論それだけではない。
鏡を作るのにも塗装は必要だし、ドラム缶や黒板だって塗装があってこその製品だ。
前世でも黒板が登場するのは16世紀くらいだったと思う。
当然この世界には黒板がない。
チョークは石灰石なので、簡単に入手することができるから、問題ない。
ただ、チョークを成形するのに金型が必要なので、それを作るのは簡単ではないな。
それと合板も必要だな。
オッティなら合板の製造ラインも何とかするだろう。
駄目なら最悪木枠に鉄板を打ち付けても黒板になるのだろうけど。
「そんな風に考えていた時期が俺にもありました」
オッティからの手紙が届き、新製品が出来たと書いてあった。
その新製品というのは「セロハンテープ」である。
それも、塗装工のドワーフのスキルなんだとか。
何故?
と思ったが、よくよく考えれば塗装工ならではだと納得した。
まずはセロハンテープについて説明するか。
セロハンテープは1930年にアメリカで開発された。
つまり、ここではオーバーテクノロジーである。
それが何故塗装工と関係あるのかというと、塗装の密着性や付着性を確認するのにクロスカット試験または碁盤目テープ試験と呼ばれるものがある。
これは塗装した試験片に1ミリや2ミリのサイズのマスを100個作り、そこにセロハンテープを押し付けて、どれだけ剥がれるのかを確認する試験である。
JIS規格にも載っている正式な試験方法だ。
今は碁盤目テープ試験という表記はなくなってしまったが、現場では今でも碁盤目テープ試験や碁盤目試験と呼んでいる。
正式にはクロスカット試験ですので、間違えないように。
塗装面が平らな試験片だといいのだが、パイプや丸棒などの塗装面だと、マスを刻むのが大変なんだよね。
その他にも折り曲げた状態での剥がれ確認とかもやってはいますが、その辺はあまり詳しくは説明できないのはお察しください。
製品図面に塗装の付着性指示が無い奴は困るんですよね。
折り曲げて剥がれても、「そんな強度の指示はない」って塗装メーカーに突っぱねられちゃうので。
塗装後に折り曲げることありますよ。
自動車部品で、特にエンジンルームを見ていただければわかると思いますが。
カチオン電着塗装のタッチアップで黒いマジックを見かけますが、マジックなので有機溶剤を含んだ布で拭くと、簡単に色が落ちちゃいます。
やっちゃダメ、絶対。
新車買って、ディーラーでボンネット開けて、タッチアップを指摘すると嫌われちゃうぞ。
というか、市場不具合になるので絶対に指摘しないでください。
お兄さんとの約束だ!
弊社の製品はないからいいんですけど。
話がいけない方向に流れましたね。
まあそんなわけで、塗装工ならばスキルでセロハンテープ作れるよね。
あ、品質確認試験だから、自分のスキルツリーにもあるのかな?
俺は脳内で自分のスキルツリーを確認すると、クロスカット試験があるのがわかった。
よし、俺もセロハンテープを売りだそう。
こうしてこの世界にセロハンテープが誕生したのであった。
※作者の独り言
塗装強度って厄介ですよね。
設計者が認識していない事も多々ありまして。
そもそも、塗装って外観部品であることが多いので、それもまた厄介。
傷を消したり、防錆効果を狙ったりもありますが、見た目重視なんですよね。
ビルやマンションの壁の色に合わせた鉄の箱を作っていましたが、色見本なんて、現場監督が落ちてる木片に適当にペンキ塗った奴だったりとか。
しかも、完成間際にそんなもんが送られてくるので、納期を間に合わせるのが大変なんですよ。
塗装の現場は3Kで、日本人が不足しているし。
そんな状況で外国人を雇ったら、オーバーステイで入管が乗り込んできて……
いや、塗装にいい思い出ないなー。
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