第182話 増設ラインってどうして同じようにできないんでしょうかね

 オッティからの支援要請があったので、俺はまたグレイス男爵領に来ていた。

 蚊取り線香の売り上げが順調なので、ラインを増設するのだという。

 原料となる花はプラントでの増産ができているので、あとは蚊取り線香の生産ラインだそうだ。

 折角の無人化できているラインを、人を使ったラインでの増設とか、俺としては反対したいところだが、領内の雇用対策で譲れないのだという。


「工程FMEAをやろうか」


 俺は有人化するにあたって、もう一度工程FMEAを実施してRPNをもう一度算出しようと提案した。

 オッティも賛成してくれ、他にサンタナとグレイスが加わって、評価を実施する。


「なんでパーティーを組んで魔王を倒しに行くのではなく、工程FMEAをしているんだろうな。異世界転生だぞ」


 途中の休憩で、俺はつい愚痴ってしまった。

 それを隣でお茶を飲んでいたオッティが拾う。

 オッティはお茶を机に置くと、俺に向かってこう言った。


「勇者は魔王と戦うかもしれないが、俺達は品質・価格・納期と戦っているんだ。勇者のパーティーには剣士や魔法使いがいるかもしれないが、俺達のパーティーには開発・品管・生技がいる。勇者がレベルを上げるなら、俺達は工程保証度を上げればいい。適材適所だろ」


「それもそうか。開発・品管・生技・貴族のパーティーなんて、QCDと戦うのがお似合いだな」


 伝説の武器はないけど、QC工程表と工程FMEA、その他各種の手法を用いて戦うのも悪くないか。

 異世界転生する必要はないけど。

 そうしてまた工程FMEAの続きを討議する。


 6時間に及ぶ会議がやっと終わり、俺はグレイスにどうしても有人化しないとダメなのか再度確認した。

 なにせ、RPNの数値が100近い工程が出てきてしまったので、このままだと流出不良になる可能性が高い。


「最近は他の領地から人が流れてくるのよね。農地だってそんなにどんどん増える訳じゃないから、農家の次男三男なんて耕す土地がないのよ。そんな連中が都市に流れ込むと社会不安の原因になるでしょ」


 厳しい目つきでそう言われる。

 領主として苦労しているのだろうな。

 ポーズが某司令みたいだ。

 両手を顔の前で組んでいる。


「ここなら一年中同じ作物が不作知らずでつくれるから、食糧問題はないわ。増える人口を吸収するために必要なのは産業よ」


「軍事はいいのか?陸と海の防衛が必要だろう」


 軍事費が気になる。

 ここでは色々な特産品があるから、軍事費に困るということは無いだろうが、どうしているのだろうか。


「軍艦を作ろうとおもっているんだ。既に構想はある」


 オッティが自信ありそうにこちらを見る。

 椅子から立ち上がると身振り手振りで船の形を説明する。


「船の名前は『みらい』。燃料電池で動くようにしたい。排水量は7700トン。それに20ミリのバルカン砲を装備だ。異世界転生ときたらファランクスはお約束だろ」


「いろいろと問題がありそうだが、ファランクスは現代のファランクスじゃないぞ。そのファランクスを持って異世界転生したら、あっという間に世界征服できちゃう」


 みらいが水素で動くのはまあいいとして、ファランクスは船に搭載されているバルカン砲だ。

 古代ギリシアなどで見られた歩兵の密集陣形じゃない。


「世界初のバルバスバウも設計に織り込む」


 熱の入ったオッティは止まらない。

 バルバスバウとは波を打ち消すための機構で、喫水線下の船首に設けた球状の突起の事だ。

 有名宇宙戦艦アニメで見たことがある人も多いだろう。

 あれ、オッティは鉄の船を作るつもりなのか?


「既に軍から研究費として予算が降りている」


 ああそうですか。

 話がずれてきたので元に戻そう。


「蚊取り線香の金型に、有人ラインと無人ラインのどちらでつくられたかわかるように、有人ラインにマーキングを入れておこうか」


「わかった、追加工しておくよ」


 増産のためのライン増設だと、不具合が発生したときに、どのラインで作ったものかを切り分けられるようにする必要がある。

 切り分けできないと、すべての製品を対象に選別しなくてはならなくなるからだ。

 自社の現品ラベルでわかるようにしてもよいのだが、客先でどの箱から取り出したかわからなくなることもあるので、製品を見ればわかるというのが望ましい。

 不具合の報告でも、まずは影響する範囲がどこまでかというのが重要で、客先も必ず訊いてくる。

 だからこそ、どこのラインで作ったのかがわかることが重要なのだ。

 因みに、前世では増産対応で内緒でラインを増設したことがあった。

 しかも、ポカヨケが間に合わないため、人によるダブルチェックという非常に危ういラインだ。

 作業者だってベテランではなく、間接からの応援であった。

 そんなもんで不具合だしたら洒落にならないので、万が一不具合が出たときは正直に白状する覚悟で、マーキングの色を正規ラインとは違うものにしたというのがあった。

 ダブルチェックは俺の仕事だったが、見事にすべての不具合を検出して、流出はさせなかったぞ。

 三か月間凄まじい緊張でした。

 そんなわけで、ここでも増設したラインで作ったかどうかの区別がつくようにさせる。

 蚊取り線香でリコールするような事ってそんなに無いとは思うけどな。

 形状についてはまず問題ない。

 異物の混入についても、口に入れるものではないのでリコールするほどじゃないな。

 可能性としては原材料投入に不具合があることくらいだろう。

 それが原因で、効き目が弱いというのが一番の問題だ。

 原材料そのものの効き目だとしたら、両方のラインに影響がでるからそちらはいい。

 出荷時の抜き取り検査で止められるとは思うけど。

 いや、心配だな。

 人による検査なんてあてにならない。


「アルト、今気が付いたんだけど」


 オッティが真剣な目をしてこちらを見る。

 そのまなざしに俺は緊張した。


「何だ。重要な事か?」


「そうだ。蚊取り線香にマーキングをしても、燃えたらわからなくなる」


「あ……」


 出荷して使う前までしか追跡できないね。

 まあいいか。

 こうして増設されたラインでも蚊取り線香の生産が始まった。



※作者の独り言

ラインの増設は不具合が出たときに洒落にならないんですよね。

そして、突然の増産に対応するために、どこのサプライヤーも車両メーカーに内緒でラインを増設する。

無理な納期を要求する側にも問題があると思うんですよね。

ルールを守れって言われても、納期も守れって言われるとね。

どちらを取るのかってことですが、納期を破るとペナルティがありますからねえ。

時々水平展開で回ってくる不具合事例をみると、担当者の苦しみがわかるものもあったり。

ダマでラインを増設しちゃうよね。

これ以上は伏せておきますが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る