第179話 新型肺炎で苦しんでいるのは患者だけじゃないんですよ

「アルト、デボネアが呼んでいるわよ」


 スターレットが俺の所にやってきた。

 なんでも、デボネアが俺に急ぎの用事があるのだという。

 なんだろう?


「わかった。今から行ってみるよ」


 いつものように相談窓口を閉店して、デボネアの店へと向かった。

 向かう道中何で呼ばれたのかを考えるが、全く思い当たらない。

 せめて、スターレットに簡単に要件を伝えて欲しかった。

 客から「兎に角来い」といわれた時の心境だな。

 なんの不具合か教えて欲しい。

 不具合じゃないこともあるけど。


「こんにちは」


 俺はデボネアの店に入る。

 店では細君が店番をしており、デボネアは工房に居るから、そちらに行ってほしいと頼まれる。

 まったく、人を呼んでおいて出てこないとはな。

 それほどトラブっているとでもいうのか?

 俺は工房に足を踏み入れると、そこにはデボネアと、もう一人の人物がいた。

 誰だか知らないが、人族ではあるな。


「デボネア、呼ばれたから来てみたけど、来客中か?」


「いや、これは仕入れ業者だ。実はな西の鉱山の麓にある街で、謎の病気が蔓延しておって、国王の命令で街ごと封鎖されちまったってわけだ。そのせいで鉄が入ってこなくなった。別の鉱山からとれた鉄鉱石から作った鉄を入手してもらったのじゃが、加工する前にそれをお前さんに見てもらおうと思ってな」


 成程。

 さらりと怖いことを言った気がするが、俺は医者じゃないのでそちらは専門家に任せよう。

 大体そういった病気の根源は魔族だったり、魔王の呪いだったりするので、転生した勇者とかに任せておけばいい。

 人為的なミスで発生したのであれば、なぜなぜ分析くらいは手伝ってやってもいいけどな。

 そう、俺は俺の仕事をすればいい。


 デボネアから鉄を受け取りその成分を鑑定する。


「一般的な鉄で間違いないですね。もし、西の鉱山の鉄があるなら、それと比較してみたいのですけど」


 そういうと、デボネアが別のインゴットを持ってきた。


「これが残っておった今までの鉄じゃな」


 それを鑑定すると、微妙に含有物が違っている。

 新しい鉄の方が粘り気があるようだ。

 それがどの程度加工に影響するのかはわからないが、今までと同じものを作ろうとしたら大変だろうな。

 そのことをデボネアに伝える。


「そうか、粘るか」


 デボネアは顎髭を弄りながら考え事をする。

 どうやって鍛えるか考えているのだろうな。

 しかし、よく加工前に俺に見させようと考え付いたな。


「なんで俺に確認をさせたんだ?」


「前に、炭素の含有量を少しずつ増やされたことがあったじゃろ。その時に鉄も同じじゃないとわかったのでな。変化があったら不具合が起きやすいといつも誰かさんが口を酸っぱくしていうからな。耳にたこが出来たのがやっと治りそうじゃわい」


 ああ、俺のいうことを理解してくれていたんだ。

 変化点管理を怠ると、不良品の山になるからな。

 具体的には、車両工場で選別もせずに2時間くらいお説教だ。

 辛い……


「商人がいる前で言うのもなんだが、デボネアの分くらいなら俺が作ってもいいんだけどな」


 その提案にデボネアは首を横に振る。


「それではワシはいいが、他のドワーフは困るじゃろ。この鉄で今までのように武器や防具を作ることが出来なければ、冒険者も新しい装備を調達できんしな。ワシの店だけで売っても間に合わんじゃろ」


 それもそうか。

 流石に俺一人で、ステラの鉄の需要を満たすのは厳しいだろう。

 入手できる材料で加工できるようにするのが職人だ。

 そう、ホワイト国認定を取り消されても、ある素材で生産すればいいんだ。

 はて、何の話やら。


「粘り気を抑えるのに、炭の量をいつもより多めにしてみたらどうだ?」


 俺はそんなアドバイスをして、工房を後にした。

 多分他の工房でも同じような状況だろうな。

 そうだ、エッセの所にも顔を出してみるか。




「よう」


 俺はエッセの工房を覗いてみた。

 エッセが丁度鉄の製品を加工している。


「あ、アルトさん。知ってはいると思いますが、鉄の入手経路が変わったんですよ」


「丁度さっきまでデボネアの所にいて、そのことで相談に乗っていたんだ」


「産地が変わると加工性が全然違いますね」


「そうだろ」


 でも、それを乗り越えるのが加工者の務めだな。

 ここにはJIS規格が無いけど、前世では規格内であれば、不良品として返却することはできなかった。

 当然だよな。

 なので、いつもと違うからという泣き言を言わずに、設備を調整して条件出しをしていたのだ。

 ん、泣き言は言っていたかな?


 その後、西の鉱山の閉鎖が続き、ステラの街では武器や防具から日常品まで、鉄を使ったものはみんな苦労しながら加工をしていた。

 そのうち慣れるだろうけどな。

 サプライチェーンが壊れると大変ですね。



※作者の独り言

ニュースで大騒ぎになっているコロナウイルスですが、製造業も大騒ぎになっています。

何しろ、中国から材料や部品が入ってこない。

春節の休みを延長されてしまって、向こうの工場の稼働がないが原因です。

それとは別に、いつ再開できるのかが全くわからないので、国内に生産を戻そうかという緊急会議があったりだとか。

弊社ではありませんが……

メーカーへの工程変更申請って、今からでは間に合いませんよね。

どうするんだろうか。

弊社でも仕入先の工場が中国だったりするので、工程変更申請が提出されたら、こちらも納品先に提出しなきゃならないんですよね。

黙って変更するわけにもいきませんが、日本国中が同じような状況だと思いますので、なんらかの特例措置があるんじゃないかと思っております。

どのみち、検査成績書を添付しないといけないので、忙しくなるのは見えているのですが……

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