第180話 蚊取り線香をつくろう

 俺はオッティに呼ばれて、グレイス男爵領の賢者の学院に来ていた。


「蚊取り線香を作りたいんだ」


 わざわざオッティが俺を呼び出すので何事かと思ったら、蚊取り線香を作るのだという。

 俺達は医者ではないのだが、この世界にも蚊が存在しており、おそらく病原菌を媒介しているのではないかというのだ。

 これが本当なら、蚊取り線香をつくることで人の命を救えるな。

 魔王とか、魔神なんていう物騒なのは他の転生者に任せておこう。

 地味な異世界転生だ。


「アルト、今地味だとか考えたろ」


 オッティに見抜かれていた。

 そして、オッティは真面目な顔になる。


「グレイスが調べたところ、日本脳炎やデング熱に似た症状が確認されている。これが蚊を媒介としているなら、モンスターよりも厄介だぞ。なにせ、城門を閉じたくらいでは、蚊の侵入を防げないからな。何も勇者や賢者だけが人の命を救っているわけじゃない。前世だって、どんな優秀な医者でも注射針は作れないし、天才科学者といえども発電所のボルトを作っているわけじゃない。まあ、前世じゃ普通にありふれたものだったから気が付かなかったけどな。こっちの世界に知識をもって転移してきたが、わかっていても作れなきゃ意味がないんだ。正義の味方じゃないかもしれないが、俺達が何かを作ることで、誰かが助かっているんだよ」


 そうか。

 いままで気が付かなかったが、製造業だって誰かを助けているんだよな。

 作る側も使う側も顔が見えないから、気が付きにくいけど。

 蚊を媒介して広がる病気で失われる命があるなら、それを減らす事ができるならやってやろうじゃないか。


「やってやろうじゃないか」


 俺は力強く頷いた。


「そうか。じゃあ、まずは殺虫剤の原料を研究している研究者を紹介しよう」


 オッティと一緒に一つの研究室に入った。

 そこには若い男がいる。

 痩せた体に白衣と、いかにも研究者という感じだ。


「彼が殺虫剤の研究者のサンタナだ」


 なんだ、その名前は。

 空気供給管に逃げ込むのか?


「ハッピー、うれぴー、よろピくね」


 取り合えず挨拶をしてみた。

 彼は怪訝そうに俺を見る。


「オッティさん、この人なんか危ない薬でも使っているんですか?」


「いや、そんなことはないと思う」


 気を使ってひそひそと小声で話すのが聞こえてきた。

 すまぬ。

 しかし、まさかそのあと元ネタがお薬で逮捕されるとはね。

 違法薬物を使い過ぎると、目の前に青いホーンラビットが出現するかもしれないから、ダメ絶対。


「いや、すまない。普通にいこう。で、まずは殺虫剤なのだが、それはどうするんだ。化学物質を作り出すのか?」


 俺は真面目な顔で訊いた。


「いいや、植物で殺虫効果があるものを見つけたので、それを使って蚊取り線香を作る。蚊取り線香を作成する工程を説明しよう」


 オッティが俺に蚊取り線香の生産工程を説明してくれる。

 その内容は大まかにはこうだ。


殺虫成分のある植物を採取

乾燥

粉末にする

粉末と水と染料とをこねる

圧延

ピアス

乾燥


 圧延とピアスは設備があればだな。

 昔は手作業だったのだとか。


「あのぐるぐる巻きには意味があってね」


「ああ、知っているよ。燃焼時間を長くするためだろう」


「知っていたのか」


 オッティは驚いた表情を見せるが、どう考えたってわかるだろう。

 馬鹿にしているのか。


「手作業だとばらつくから品質の維持管理ができない。手作業ならアルトの出番はなかったね」


「ということは、生産設備が出来ていて、俺のジョブが必要になるってことか」


 オッティは頷く。

 三人で研究室を出て、隣の大きな部屋に入る。

 そこには粉末に水と染料を加えてこねる機械、材料を圧延する機械、プレス機、乾燥機があった。

 前世じゃ蚊取り線香は自然乾燥だったきがするが、ここでは乾燥機を使うのか。


「で、検査項目はどうしたらいいと思う?」


 そうか、ここで俺の出番か。

 しかし困ったな。

 蚊取り線香の品質管理なんてしたことがないぞ。

 成形品であるならば、形状と重量は管理項目だろうな。


「形状と重量はどうするんだ?」


 オッティに訊いてみた。


「形状については長さと面積をセンサーで確認する。なにせ人が足りないから、無人化するしかないんだ。重量は成形後に計測機能を持ったコンベアに乗せるから、そこで閾値管理をするよ。もっとも、公差を決めるのは難しいけどな。長さと面積は燃焼させるときの容器に入る大きさから決める。重量についてはばらつきを確認して6σのレンジを外れたらNGとしようか。使えなくはないだろうけどな」


 そうか。

 検査は無人でやるのか。

 その方がいいな。

 産業としてやるのであれば、もう少し人が携わるほうがいいだろうけど。

 どうせ、原材料の植物だってプラントで栽培するのだろうし。


「軌道に乗れば人を雇うつもりだ。生産設備だって、こちらの技術で作ることができるしな。水車があればなんとかなるぞ」


 オッティは領民の事を考えているようだ。

 それは良い事なのだが、発展の順番が逆だろう。

 なんで、無人のラインから、有人のラインに変更するんだよ。


「それと、殺虫効果や燃焼時間の確認は抜き取りで必要だよな。あとは水分が除去されて、狙った硬さになっているかも確認してみようか。乾燥していれば割れる程度の力をかけてな。水分が残っていると燃焼しないだろ」


「それは人がやらないとだめだな。ラインにその機能を入れるのは困難だ」


 オッティとサンタナはメモを取っている。


「あ、色見の確認を忘れていた。染料の配合比率やら品質のばらつきで色が変わるかもしれないぞ」


「色見本を用意するよ」


 そんなところかな。

 後は、有人のラインになるときに作業標準書を作るのと、検査法を作るのはまたここにきて手伝ってやろう。

 FMEAをするなら点数が上がっちゃうから、品質管理としては無人化でお願いしたいところだがな。


 ここでは更に殺虫効果のある蚊帳の開発や、Gを殺す殺虫剤の研究開発を行っているそうだ。

 そうGはこの世界にもいるのだ。

 虫なんてこの世から消えてなくなればいいのに。

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