第176話 プラッチック
今日はグレイス領に来ている。
新素材が出来たので見て欲しいというのだ。
「何で賢者の学院がここにあるんだよ」
俺は賢者の学院グレイス男爵領支部と書かれた看板のある建物を見た。
広大な敷地に簡素な塀が設けられて、その中に建物が建っている。
拡張性は高そうだ。
「ああ、何度か王都の賢者の学院に足を運んでいるうちに、やり取りが面倒だから移住するっていう連中がいてな」
オッティの知識は最先端の更に先を行っているので、研究者としては是非とも吸収したい知識であるのだとか。
解らない事や、研究のヒントを相談するのに、この世界の通信手段では遅いので、それならば近くに移住しようというのが、研究者達にいたそうだ。
大手メーカーの周辺に、色々な企業があつまるようなものかな?
二人して建物内部に入る。
外からみてわかっていたが、室内も広いな。
一部屋が車両メーカーの測定室くらいの広さだ。
この例えなら、みんなわかるよね?
「今現在研究しているのは新素材がメインだな」
オッティと並びながら歩いていると、そう説明してくれた。
「ここは冷媒の研究室だ」
最初に案内された部屋では実際の馬車や小さな小屋が設置されており、エアコンがそれに取り付けられていた。
温めるのは水でもいいのだが、冷却するのに水ではちょっと冷えが悪いので、フロンのような冷媒が出来ないか研究しているのだという。
フロンと違って、オゾン層を破壊しない魔法で作った物質なので、環境には優しい。
だろうということだ。
まあ化学物質だって、最初は自然環境にどんな影響がでるかなんてわからなかったしね。
「まずは水銀を使った温度計を作り、それを基準に魔法で数値で表示する温度計をつくったんだ」
そうか、温度といってもここでは暑いと寒いみたいな曖昧な判断しかできなかったな。
それを数値化するとは。
ちゃんと校正できるのかな?
どうしてもそう云うところが気になってしまう。
「温度や湿度については、賢者の学院に協力してもらい、可能な限り統一規格として扱っていこうと思うんだ」
オッティのドヤ顔はムカつくが、確かに規格化は必要だな。
摂氏と華氏みたいに、二つの規格を作られる前に、こちらの規格を統一規格として、世界的に売り込んでいきたい。
図面や試験仕様書で、単位を見間違うこともなくなるから、これはかなり重要なことである。
俺は何かの実験をしている研究者を見ながら、気が付いたことをオッティに訊いてみる。
「冷媒を入れる、チャージバルブはどうしたんだ?」
チャージバルブとは、自動車のエアコン配管についているバルブのことで、そこからエアコンの冷媒を注入する。
バルブコアは見えないだろうが、水色又は黒のキャップと、バルブボディーは確認できるだろう。
ほぼ一社独占の部品だったかな?
「勿論作ったよ。弁さえあればいいから、今は再現はしていないよ。考え方だけ真似させてもらっている」
ここでエアコンの研究が進めば、この世界も住みやすくなるかな。
冷蔵庫や冷凍庫も出来てくるだろうしね。
そんな期待をしつつ、次の部屋に入った。
「射出成型機?」
目の前の機械は、どうみても射出成型機だ。
「そうだ。新しい物質とはプラスチックだよ。魔法で作ったペレットをこいつで溶かして金型に流し込んでいるんだ。魔法でできているからウェルドがないぞ」
目をキラキラさせながら説明してくれる。
俺もつられる。
ウェルドがないなんて素晴らしいじゃないか。
ウェルドというのはプラスチック成形において、樹脂同士がぶつかる場所に発生する弱い部分である。
パーティングラインとはちょっと違う。
パーティングラインに出てくることもあるけどな。
というか、前世ではパーティングラインのウェルドの影響で、製品が割れまくって困った事がある。
金型の設計や、成形条件が悪かったんだよな。
ノウハウの無い会社に金型の加工を頼むとそんなもんだ。
そこに技術のない奴が成形の条件だしをするのでたちが悪い。
プラスチック成形技能士という国家資格があるのだが、それの特級という最上級の資格を持っていた人を知っているが、その人に仕事を依頼すると難しい仕事でもなんとかなったな。
逆に資格のない生産技術の連中が、成形の条件だしをしようものなら、良品が全く取れなかったぞ。
「ところで、こいつはプラスチックのようで、全くの別物だから、ヴァージンとリターンの区別がないんだ」
オッティが手でペレットを袋から取り出し、俺の目の前に持ってくる。
「つまり100%リターン材でもいいわけだな?」
俺は念を押した。
「ああ。それどころかクリアーでもリターンが使えるんだぞ」
「何だと!」
思わず声を荒げてしまった。
クリアーでリターンが使えるなど、普通の状況ではありえない。
クリアーとは透明なプラスチックのことだ。
車のメーターパネルの部分や、ヘッドライトのところの部品を思い浮かべて欲しい。
それらを生産するときに、一番の問題になるのは黒点不良だ。
これはプラスチックを加熱したときの焦げなのだが、製品が透明だと表面でなくともわかってしまう。
とあるメーカーはどこもクリアーの成形をやってくれないので、子会社を作ってそこでクリアーの成形をやらせていた。
全株式を握っているので、そこが反対すれば経営者を変えればいいだけだからだ。
その結果、子会社の不良納入数が跳ね上がり、恒常的に重点管理メーカーに指定されていたという話を聞いた。
そんな、成形業者泣かせのものである。
リターンとは成形したときにできるランナーや不良品を再利用することである。
反対に新規の材料はヴァージンだ。
クリアーは先程述べたように、異物や焦げが入るとNGなので再利用はしないのだが、魔法で出来た素材なのでそんなことはお構いなしということか。
実に素晴らしい。
これが前世にあったらなー。
因みに、100円ショップのクリアーボトルを手に取って、黒点不良に文句を言っている客がいたら多分俺だ。
転生前の話だけどな。
そうだ、材料に感動して肝心なことを聞いていなかった。
「なあ、オッティ。これで何を作るつもりなんだ?」
「考えてなかったな。金型を加工するのも難しいし」
次回予告
金型用MCに改造するために、サービスマンを買収した話。
色々と問題がありそうなのですが、勿論フィクションです。
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