第174話 人によるミス
「アルト、ちょっといいか」
俺はブレイドに冒険者ギルドの厨房に呼ばれた。
相談があるのだという。
「注文のミスか」
相談内容は注文ミス。
冒険者とウェイトレスでお互いにミスを認めないというので、どちらが間違ったのかわからない。
こういうのは対策が難しい。
傷や錆の類と一緒で、どこでも発生する可能性があるわけだ。
まあ、今回は客の言い間違いかウェイトレスの聞き間違いかなのだが。
なぜなぜ分析よりもFTAで発生要因を全て潰さないとならないので、不具合対策書の提出を要求されなくてよかった。
さて、現場を確認しておこうか。
まず、注文はウェイトレスが客のテーブルで聞き、それを伝票に書く。
伝票は紙なので、そこに書けば消えることはない。
黒板にチョークで書いたり、頭の中で記憶するだけだと書いた後に消して書き直したり、記憶違いがあったりしたのだが、その心配はないようだ。
前世では牛丼屋が昔は伝票がなかったのを思い出した。
なにせメニューが牛丼とサイドメニューくらいしかなかったのだ。
会計時はテーブルの上の器を見ればわかるので、伝票に金をかけなくてすむ。
一度、昼の混雑時に隣の席の卵が俺の会計に入っていたことがあったな。
横に繋がったテーブルではそういうミスが起こる可能性もある。
ただ、そんなミスが頻繁に起こるわけでもないので、費用対効果を考えれば伝票無しでよかったのだろう。
話を戻すか。
それを厨房に持って行き、調理人に指示がでるので、間違いがあるとすればやはり聞き間違いか言い間違いだ。
言った言わないでは証拠が残らないので、不具合発生場所の切り分けが出来ない。
客が注文したエビデンスを何らかの形で残すようにできたらいいな。
タッチパネルがあればな、と思う。
ここでの注文方法は壁に書いてあるメニューを指さすか、隣の席の料理がうまそうなので、それを指さすとかそんな感じだ。
「それ」って指さされても、複数の料理がテーブルにあったら間違うぞ。
文字が読めないやつも大勢いるからしかたないんだが。
「困ったな」
言い間違い、聞き間違い、見間違い、書き間違いと潰すのにタッチパネルなしではどうしたらいいのか。
賢者の学院にお願いして作ってもらってもいいが、費用がどこまでかかるのかわからない。
それに直ぐ対策出来るわけでもないしな。
「注文カードでもつくるか」
カンバン方式ではないが、各テーブルに注文用のカードを置くことを考えた。
料理の名前と絵をかいておけば、誰でもわかるだろう。
ただ、これは数量までは無理だ。
カンバン方式みたいに何枚も用意するのも手間だしな。
数量については従来通りの聞き取りにするか。
ウェイトレスは各テーブルから注文カードを預かり、その時に数量を確認する。
料理と一緒に注文カードをテーブルに戻すのだ。
カードが戻ってくるまでは、同じ料理の追加注文は出来ない。
メニュー数も多くないし、こんなもんでいいか。
賢者の学院にタッチパネルを提案するのはそのあとだ。
「という訳です。できますか?」
ブレイドに提案したところ、注文ミスのトラブルは頻繁には起きないというので、注文カードを作るのはやめた。
この辺は前世の感覚でいうと、納得できないものもあるが、自動車部品や医療機器部品と違い、誰かが死ぬわけでもないので我慢しよう。
後日、俺はカレンとアポを取り、タッチパネルの構想を伝える。
「つまりは端末機から本体への情報の送信が出来ればいいわけね」
カレンは自分の研究室の机に座り、俺の話を聞いてくれている。
「よく理解できるな」
俺は見たこともない装置を、簡単に理解したカレンを称賛する。
「魔法での通信アイテムがあるからね。とても高度な専門知識が必要だから、今すぐは作れないわよ」
時間さえあれば作れるぞということか。
「でも――」
カレンは俺の顔を覗き込む。
「普通はこういうのは軍事とか諜報目的で使うものでしょ。離れている場所との通信を注文に使おうと考える人なんて聞いたこと無いわ」
「そうか」
ま、ファンタジー小説なんかでも無線機や通信機や似たようなマジックアイテムは戦いや、諜報に使われていたからな。
品質管理に使おうなんて発想はないだろう。
本当は人件費削減なんだろうけどね。
注文を聞きに行く作業がなくなるから。
「アルトと知り合ってから、やはり人間の作業はミスが多くて任せられないって思うようになったわ」
試作に取り組む約束をしてくれたカレンは、机の上のお茶を一口飲んでしみじみと言う。
「そうだろ。魔物でもないのに言葉の通じないやつらと毎日戦うんだぞ。だったら黙って働くゴーレムのほうがいい」
まだ、勇者になって魔王と戦う方が会話は通じるからな。
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