第171話 非常事態宣言
ダブルチェックやトリプルチェックだと、「前の人が見て良品だったはずだ」や「後ろの人が見てくれるはず」という油断がうまれて、結局チェックの意味をなさないってことがありますよね。
それでは本編、いってみましょう。
俺はシルビアと一緒にギルド長に呼び出されていた。
今は執務室である。
別に悪さをしたわけではない。
「立て続けにトレインによる事故が発生したのですか」
どうも、スタンフラッシュが一般に出回ってから、トレインによる被害が無くなっていたのだが、ここにきて立て続けに発生してしまったらしい。
どうしてトレインが発生したのか原因を突き止め、対策をして欲しいとMMRに依頼が回ってきたわけだ。
ギルド長からは、トレインを発生させた冒険者の名前を聞いているので、ギルドからの呼び出しとして冒険者を出頭させた。
――まずは一組目
「誰かが持っていると思っていて、いざ使う場面になったら誰も持っていないことに気が付いたのか」
聞き取りの結果はそういうものだった。
俺の前で「お前いつも持っていくじゃねーか」とか、「リーダーが持っていくべき」とか喧嘩が始まってしまったのだが、シルビアが机をドンっと叩いたら全員が黙った。
今は下を向いている。
誰かが持っているはず、誰かがやるはずという思い込みは良くないぞ。
選別に行ったら誰も識別用の表示を持ってこなかったとかあったからな。
出発前に持つものを確認しないとだめだ。
まあありがちなんだけどね。
二組目も同じような状況だった。
どちらも新人冒険者のパーティーであり、所持品の確認がおろそかになっていたみたいだな。
今回のトレイン事故の罰則で、厳しい処罰もあったようで、関係がギクシャクしているのも一緒だった。
不良はみんなの仲が悪くなるので、発生させないようにしようね。
聞き取りの結果をギルド長に報告しに、聞き取りの翌日再び執務室にいた。
「確認をしなかったことが原因なので、パーティーで誰か一人が持っていればいいもののリストを作らせ、次回からは出発前にそれを確認させるようにします」
俺が報告すると、ギルド長は珍しく不満そうな顔である。
「それでは他の冒険者が同じミスをしてしまうんじゃないか?」
水平展開の要求か。
登録時の注意事項として教育するのであれば、既に登録を済ませている冒険者への水平展開が出来ない。
また、今ここにいる冒険者を教育したとしても、他の都市から流れてきた冒険者は教育の対象外なので、やはり漏れてしまうだろう。
そこで俺は別の方法を提案する。
「非常事態宣言を出しましょう」
その言葉を聞いて、シルビアとギルド長が眉をひそめる。
「アルト、非常事態宣言ってモンスターのスタンピードとか、敵国の侵攻とかの時に出る奴でしょ。冒険者ギルドが出すものじゃないわ」
シルビアは俺の肩を前後に激しく揺らす。
今から説明するから落ち着いて欲しい。
「国家的な非常事態宣言じゃなくて、品質非常事態宣言を出そうかなと思うんだ」
「品質非常事態宣言?」
ギルド長とシルビアに説明をする。
品質非常事態宣言や品質緊急事態宣言っていうのは、納品先から指定されている品質目標をクリアーできなさそうな時に、臨時で発令されるものである。
具体的には、後何件か不良品を納入してしまったら、重点管理メーカーに指定されるという時だ。
自社工場は当然ながら、仕入先も含めて特別管理を行う。
特別管理の内容は、200%検査(出荷品の全数再検査)や工程巡回の強化である。
因みに、仕入先にも品質非常事態宣言についての対策を提出させる。
しかし、その内容が問題であったりする。
『この品質非常事態宣言に対しての経営者のコメント』とかいう欄があるのだ。
小さい企業ならまだいい。
しかし、世界的電子部品メーカーとか、日本有数の高炉メーカーの経営者のコメントをどうやって取ってこいというのだ。
どっかの無名芸能人の突撃バラエティー番組じゃないんだぞ。
それと、逆のパターンで、二年に一度くらいしか注文の来ないメーカーから、弊社の社長のコメントを求められるのも困る。
そんな取引など赤字なので、社長がそれに気が付くと「今すぐ取引を打ち切れ」って言い出すんだよね。
「お互いのためにならないから、品管部長名でいいですか?」って何度も交渉したぞ。
なんで、他社の品質非常事態宣言でこちらの胃が痛くならなきゃいけないんだよ!
さて、品質非常事態宣言についてはいい思い出はないが、ここではそんなことはないので、思った通りの提案をする。
「迷宮の入り口で入門証の代わりにスタンフラッシュを提示させるんです。新人でどうしてもお金がないパーティーには冒険者ギルドが貸与する形を取ります。未使用で帰還したら返却してもらい、使用した場合には報酬から天引きにしましょう。これを品質非常事態宣言として発令します。入り口での観察の結果、未携帯の冒険者が一か月でなければ解除ということで」
この提案はギルド長に承認され、翌日から実施されることとなった。
入り口での貸与があるため、わざわざスタンフラッシュを買いに戻ったりする必要もないので、そこまで不評になるようなものではなかった。
それに、他人のミスで自分の命が危なくなることが防げるので、永続を望む声も出たくらいだ。
不良も自分の命がかかわってくれば、みんな少しは真剣になるのかもね。
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