第165話 空師

「アルトの作った材料がくっついちゃって取りにくいんだけど」


 ある日エッセの工房で、注文された材料をスキルで作り出していたらそんなことを言われた。


「くっついているのか?」


「丁度まだ残っている材料があるから、自分で持ち上げてみればわかるよ」


 エッセが指さす先には、前回俺が作った薄いブロックゲージが残っていた。

 本当にそんなことがあるのか信じられなかったので、そのブロックゲージを持ち上げてみると、下のブロックゲージも一緒に持ち上がった。

 勿論手は上のブロックゲージしか掴んでいない。


「本当だ。こんなことって――」


 とそこで思い当たることがあった。

 ブロックゲージのリンギングだ。

 リンギングとは密着の事である。

 ブロックゲージのように表面が研磨されている物同士を密着させて空気を押し出すと、そこに真空状態が生まれるのだ。

 ロケット砲ですら跳ね返す特殊なガラスですら、ほんの一か所極限の真空状態を作ることで、窓ガラスのようになるってグラップルの漫画に描いてあったが、製造業の現場でも同じことをしているのだ。

 この世で最も強力な毒ガスが何だかご存じだろうか?

 それは「酸素」である。

 酸素が6%を下回ったときに、一呼吸するだけで人間は気絶する。

 リンギングを手で行えるようになることで、神が作り出した人間にある明らかな設計ミスを突いた攻撃ができるようになるのだ。

 リコールもんだろ。

 あれ、リンギングの説明がいつの間にか空道の説明になってた。

 リンギングを何に使うかというと、ブロックゲージの長さを狙った寸法にするのです。

 中途半端な数字、例えば16ミリとかだと、そんなブロックゲージが無いので、ブロックゲージをリンギングして16ミリを作り出す訳ですね。

 他には、輪郭測定器の校正時に、校正用のゲージをリンギングで固定したりしています。

 時々中二病が発病して、ガラスやステンレスのBAを使って、手で真空を作り出せないかチャレンジしてますが、中々うまく真空を作り出せませんね。

 前世の話ですよ。


 で、俺のスキルはブロックゲージ作成なので、そのスキルで作成された材料は当然表面が研磨された状態なので、リンギングしたのと同じ状態になってしまうわけだ。

 対策として、ブロックゲージとブロックゲージの間に、紙や木を挟めばいいのだが、木だと折角の材料が歪んでしまうかな。

 ブロックゲージといいつつも、サイズはかなりでかいので。

 となると、紙を一枚一枚挟むことになるか。

 ということをエッセとホーマーに話した。


「手で真空を作ることが出来るのか!」


「俺もやってみたいっっっ!!!」


 ここにも中二病患者がいました。

 その後、二人は休憩時間になると、壁に手を当てて真空を作る練習をするようになった。

 本当にそれが出来るようになったら、次は毒手を教えようと思うんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る