第166話 混雑の改善

「朝の混雑を解消したい、か」


 スターレットから相談を受けた内容は、朝のクエスト貼りだし時の混雑を何とかして欲しいという事だった。

 朝の6時にその日の新規のクエストが掲示板に貼りだされるのだが、新規のクエストの内容確認を求めて大勢の冒険者たちが集まる。

 確かに混雑しているよな。


「わかった。直ぐにというのは難しいけど、対策を考えてみよう」


 そう約束した。


 さて、問題は何故その時間帯が混むのかということだな。

 新規貼りだしだけが原因かどうか、真因を探ってみないとわからない。

 こう云うのは、親和図か魚の骨のような手法がいいのだろう。

 どちらもQCサークルで使う手法である。

 そして、出来れば多機能横断チームというか、クロスファンクションチームでの討議が出来るといいな。

 クロスファンクションチームとは、様々な部署の人間を集めたチームの事であり、多様な視点や経験を出してもらうのが目的のチームである。

 FMEAなんかもクロスファンクションチームで実施するよね。


「メンバーは……」


 MMRのメンバーでいいか。

 冒険者目線のシルビアと、受付目線のレオーネが一緒に考えてくれれば、漏れは無いだろう。

 早速最近停滞気味だったMMRの活動再開だ。

 迷宮事故じゃないけど……


「朝の掲示板が混雑するのなんて、新規の貼りだしがあるから当たり前でしょ」


 会議の冒頭、早速シルビアの意見が出る。

 が、それは今回求めている回答じゃない。


「そうなんだけど、例えば『等級ごとに貼りだされていないから、自分達の等級に合ったクエストを探すのに時間が掛かる』とかないかな」


「あ、そういうのはあるわね」


 解ってくれたようである。


「それでしたら、文字が読めない冒険者が、代読のバイトを雇っているので、倍時間がかかるっていうのもありますね」


 レオーネからの意見は俺も知らない事だった。

 代読してもらっているから、倍時間がかかるわけだ。

 実際には、口に出して発音するのは黙読よりももっと時間が掛かっていそうだな。

 それらの意見を俺は箇条書きにしていく。


・代読の時間が掛かる

・自分達に適した内容がどこにあるかわからない

・似たようなクエストがあると、どちらを受けるかで悩む

・受けるか受けないかで揉める

・必要な道具が何か考えるのに時間がかかる

・混雑していて依頼内容が見えない

・代表でクエストを確認するが、混雑の為、戻るのに時間がかかる


 成程、これらをどうにか解決してやればいいのかな。

 まずはこれらをグループ分けだ。


レイアウト

・自分達に適した内容がどこにあるかわからない

・混雑していて依頼内容が見えない

・代表でクエストを確認するが、混雑の為、戻るのに時間がかかる


思考時間

・代読の時間が掛かる

・似たようなクエストがあると、どちらを受けるかで悩む

・受けるか受けないかで揉める

・必要な道具が何か考えるのに時間がかかる


 こんな感じだな。

 レイアウトについては、まずは等級ごとに貼りだす位置を決める。

 そして、導線をはっきりさせてやればいいか。

 入口と出口がはっきりすれば、戻る時間は短縮できると思う。

 やってみないと結論は出ないが。


 思考時間については難しいな。

 これはギルドが支援するべき内容は少ないように思える。

 ただ、掲示板の前での話し合いはやめてもらおうか。

 掲示板の前での話し合いを禁止して、少し離れた場所での話し合いにしよう。

 それはずっとというわけではなく、朝の混雑時間だけにはするが。


「似たようなクエストがあると、細かい条件を受付でじっくり聞いてくる冒険者がいますので、そういうのも混雑の原因になりますね」


 レオーネもそういった経験がかなりあるらしい。

 そうか、混雑するのは何も掲示板だけではないのか。

 受付の混雑もあるんだな。

 やはりクロスファンクションチームで討議をすると、思ってもいなかった事が出てくる。

 よし、時間のかかる冒険者は別の窓口に並べてみようか。

 クエストの受付だけで済む冒険者を先に処理して、それが終われば全部の受付カウンターで、相談に乗るようにするが、それまでは相談ができる受付カウンターは別にしておく。

 男子トイレが小便用と大便用に分かれているようなイメージだ。

 これが全て大便用だけであれば、小便だけで済む利用者も行列に並ぶことになってしまう。

 そうすると行列が長くなって、混雑することになるからな。


 早速レイアウトの変更と、説明書きを作る。

 等級別の貼りだし場所と、相談ができる受付カウンターの表示。

 後は混雑時間に、ルールを理解できていない冒険者を、その都度指摘していけば、そのうちみんなこのルールを受け入れるだろう。

 どうしてもルールを受け入れられなければ、時間をもっとずらして来ればいいだけだ。

 カンバン方式を導入したときもそうだったな。

 それが習慣になるまで時間がかかったし、どうしても受け入れられないっていう社員がいた。

 全員がカンバン方式で動くわけではないので、カンバン方式を使わない仕事をしてもらったな。

 いつの間にか会社からいなくなったけど。

 今でもダンプ生産している会社もあるし、世の中全部がそうとなっているわけじゃないから、そういう会社でならやっていけると思う。

 おっと、前世の愚痴が出ましたね。


 翌日、俺も6時ちょっと前から掲示板の前に立って、既に待機している冒険者達に新しいルールを伝えていく。

 新しいものを導入するときは、拒否反応を示す連中がいるのは当たり前だったが、ここでもやはりそういうのがいた。

 それなので


「以前よりも混雑するようなら元に戻します」


 そう宣言した。

 何事も試行錯誤だ。

 改善活動でも、早くなるはずだと思ってラインレイアウトを変更したら、前よりも遅くなってしまい、結局元に戻したっていうのが何度もあった。

 工程変更申請をするのが面倒なのだが、こればかりは仕方がない。

 改善を止めてしまえば、そこで競争力は無くなるからだ。

 ここでもオーリスの冒険者ギルドがライバル企業として存在している。

 こちらの方が不便だとなれば、冒険者はみんな向こうに流れてしまうだろう。

 殿様商売というわけにはいかないのだ。


 説明を終えたころに、ちょうど本日のクエストが貼りだされる。

 入口にどの等級の掲示板の前に行くのかを表示してあるので、混乱もなく等級ごとに冒険者が分かれて進んでいく。

 どうしても等級の高い冒険者が少ないので、もう少し低級向けの場所を多くとってもよさそうだな。

 数日このレイアウトで稼働させて、同じような傾向であれば、もう少しレイアウトを弄ってみよう。


「はい、そこ。掲示板の前でパーティーでの議論は禁止です。議論をする場合は一旦掲示板から離れて、所定の場所で議論してください」


 早速掲示板の前で言い合いを始めたパーティーに注意をする。

 これが習慣になれば、他の冒険者が自然と注意するようになっていくだろうな。

 定着までには時間がかかるだろうが。




 レイアウト変更から一か月後、スターレットが相談窓口にやってきた。


「最近掲示板へのクエスト貼りだしの混雑が解消されたね」


 相談窓口に片手をついてそう言ってきた。


「混雑の原因は、いくつもあったからな。それを可能な限り取り除いた結果だよ」


「混雑の原因が、掲示板だけじゃなかったって謂うのは驚きだったけどね」


「いや、たぶんみんな見てはいたんだよ。それを丁寧に分析しなかっただけで。改善なんてそんなもんさ。じっくり大人数で考えれば、大抵のことは解決方法が思いつくんだ」


 そうはいってみたけど、設備の変更や、工場の建て替えという結論に至ったときは改善は難しい。

 簡単にできることではないからだ。

 不具合の流出をさせてしまい、全国の工場へ水平展開で5億円かかった企業を知っている。

 そこは、社長がなんとしても不良を止めるんだと決意し、複数年で予算を組んで改善に取り組んだのだ。

 そんな話は滅多にないけどね。


 なんにしても、混雑が解消されたのは良かった。



※作者の独り言

QCサークルやりたくないでござる。

絶対に、やりたくないでござる。

新規立ち上げプロジェクト、三つも抱えてできるわけねー。

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