第163話 ドラム缶を作ろう

「ペール缶を大容量にしたい、か」


 俺のところにカイエンとシャレードが来ていた。

 以前作ったペール缶は未だに需要が旺盛であるが、もっと大容量の容器が欲しいというのである。

 因みに、ペール缶は18リットルの容量だ。

 尚、JIS規格を満たしていないので、一斗缶ではない。

 これを一斗缶というには、些かタイトルが邪魔である。

 そして、問題になっている容量だが


「馬車ではそんなに重量を運べないからいいんだが、船で運搬するにはもっと大容量の容器でも大丈夫なんだ。ペール缶だと、積み重ねると、揺れたときに崩れちゃうから、もっと大きな容器にすればいいかなって」


 カイエンにしては素晴らしい考えだ。

 積み重ねられないなら、容器の高さを高くすればいい。

 ドラム缶を知らないのに、よく考え付いたものだ。

 やはり、お金の魅力かな?


「可能か?」


 シャレードが厳しい目でこちらを睨む。

 ドラム缶は単なる金属の缶と、その内側にコーティングをしたもの、プラスチック製のもの、紙でできたものとある。

 プラスチックと紙は無理だが、金属製のドラム缶ならなんとかなるかな。

 尚、こちらもJIS規格を満たしていないので、正式にはドラム缶ではない。


「スタッフと相談しますが、技術的には問題有りません」


 俺は胸を張ってそう答えた。

 あれ、そういえば樽って日本だと登場が14世紀頃だったはずだけど、ヨーロッパだともっと早いんだよな。

 ここに樽ってないんだろうか?


「木を組み合わせてできた容器だと?そんなもん中身が洩れるだろうが」


 とシャレードが言うので、たぶんないのだろう。

 土でできた甕が主な運搬容器で間違いなさそうだ。


 早速エッセとホーマーに相談する。


 スチールドラム缶の製造行程は


コイル切断

筒にして抵抗溶接

フランジ加工

ビード加工

底板と天板の巻き締め

塗装


 となっている。

 ここでは塗装の技術が低くて、防錆能力に不安があるので、メッキ鋼鈑を使用する。

 メッキ鋼鈑まで作り出せるチートスキル万歳。

 まあ、メッキ鋼鈑の溶接性はよくないので、本当は溶接後にメッキをしたいのだが、ドラム缶をメッキ出来る設備がない。

 今度、オッティに売り込もうかな。


 さて、エッセとホーマーを呼んだのは、二人のスキルが必要だからである。

 ホーマーは抵抗溶接だが、エッセにはフランジ加工とビード加工と巻き締めをお願いする。

 フランジ加工とは本体の上下両端に出っ張りを作る加工だ。

 このフランジに底板と天板を巻き締めしていく。

 ビード加工とはドラム缶の中程に日本の円周状の凸を作る加工だ。

 プレス加工でビードといえば、強度を増すための凸を指す。

 ドラム缶に於ても、それは同じであるが、もうひとつの役割がある。

 それは転がすための役割だ。

 ビードが車輪の役割をすることで、楽に転がすことが出来るのだ。


「あとはキャップをどうするかだな」


 俺は考え込む。

 確か、打ち抜きで穴をあけた後に、座金を圧入していた気がした。

 残念ながらそんな圧力を出せないので、そこも溶接かな。

 ねじは旋盤で切ってしまえばいいか。

 ここまでの構想を伝えて、エッセとホーマーの協力を求めた。


 二人とも協力してくれることになり、早速ドラム缶の試作が始まった。

 鉄板の抵抗溶接については、既にシームパイプの作成で経験済みだったので、あとは溶接条件だけだなと思っていたのだが、スキルのおかげで何の問題もなく溶接が出来た。

 チートすぎるだろう。

 全国の溶接関係者が泣くぞ。

 多分これなら、ステンレスの溶接で鋭敏化も起こらないんじゃないかな。

 それと、ロウ付けは熱が逃げてしまうから無理だと思っていたが、たぶんこれはロウ付けでもスキルの補正でなんとかなるような気がしてきた。

 缶詰も一部はハンダで溶接しているから、ロウ付けでも密封できると思う。

 というか、ロウ付けでヘリウムの漏れがない製品を作っているから、問題ないんだろうな。

 入熱だけクリアーしたら、ドラム缶をロウ付けで作成できるかもしれない。


 で、溶接部に当然ながら段差ができる。

 本来はこの段差を平らにするのだが、やはりそんな機械が無いので諦めようと思っていたが、溶接個所の成形までスキルでついてきた。

 多分、シームパイプのビードカットと同じような感じなのだろうな。

 後はへら絞りの要領でフランジ加工とビード加工を行う。

 巻き締めも回転しながら絞っていくので同じだな。


 こうしてドラム缶の試作品が10個ほどできたので、早速シャレードに納品した。

 問題などあるはずもなく、追加で注文が入ってくる。


「樽よりも先にドラム缶を登場させてしまったな」


 と、文明の発展の順番を変えてしまったが、もう気にしないことにしよう。

 これで冒険者達の報酬も跳ね上がるかなと思ったら、後日カイエンから思ってもいなかった事を聞かされた。


「実はドラム缶で輸送効率が上がったので、冒険者の護衛の仕事が減ってしまったんです」


 あー、トータルの金額は一緒でも、一回の輸送量が減れば、護衛の回数が減るのは当然だよね。

 供給と消費とが増えれば話は別だけど。

 尚、ドラム缶が製造できない工房のために、木製の樽の作り方を無償で公開した。

 木工職人のジョブであれば、問題なく作ることが出来るだろう。

 タガも金属でも植物でもできるし、ここの文明レベルなら問題なく作ることが出来るだろう。

 本当に順番が逆になったな。

 しかも、樽よりもドラム缶の方が生産が速いため、樽は高級品となっている。

 そういえば、醤油も豆腐も金属の容器で作っていましたね。

 カーエアコンに至っては、自動車が登場していないのに既に存在しているし。

 順番がみんな逆だ。

 いや、これこそが異世界転生の醍醐味だよね。

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