第162話 工業用水
グレイスが叙爵され、女男爵となった。
オーリスから聞いた話では、カイロン侯爵領の発展に危機感を抱いた、王族や他の有力貴族からの圧力で、グレイスとオッティをカイロン侯爵から引き離す政略なんだとか。
俺の目から見ても、オッティの開発した兵器は危険だと思うので、遠くに追いやるのは当然かな。
敵国の王都を射程におさめる超巨大な多薬室砲と、それで打ち出される砲弾は、味方に向かないという保証はない。
多薬室砲はナチスドイツで考案されたが、当時の技術力では、燃焼タイミングの制御が難しく、実用化はされなかった。
それをゴルゴ13で読んだオッティが、魔法によるタイミング制御で実現させたのである。
なお、射程は流石に実験できるはずもなく、不明となっている。
そして、その砲弾にはサーモバリック爆薬が搭載されている。
サーモバリック爆弾は燃料気化爆弾とも呼ばれ、理論は炭塵爆発に近い。
起動には高度信管が必要なのだが、こちらの高度信管も魔法制御らしい。
そんなもん、よく開発したなと感心する。
で、それを大々的に御披露目したので、みんなが大慌てというわけである。
一部強硬派は、カイロン侯爵領に攻め込む事を主張したが、そんなことをすれば返り討ちに遭うのは目に見えているので、反対派に説得されて事なきをえたのである。
ただ、反対派もカイロン侯爵領の新技術、新兵器は驚異であると感じており、グレイスを男爵として、辺境の領地を与えて隔離しようと決まったのである。
カイロン侯爵もこれに反対しては、反乱の意図有りと疑われるので、大人しくそれに従った。
まあ、グレイスが同じ派閥に残るので、それで手を打った訳である。
「で、お別れの挨拶に来てくれた訳か」
場所は冒険者ギルドの相談窓口である。
グレイス、オーリス、オッティの三人がここに来ていた。
与えられた領地は辺境の国境の魔境だ。
海と山に囲まれ、平野部は殆んど無い。
人口は500人程度の小さな領である。
前任の男爵は、あまりにも運営に金がかかるので投げ出した土地である。
何せ、隣国とは緊張関係が続き、国境の警備には金がかかる。
更に、海まであるから、監視する範囲が広いのだ。
出ていく金は多いが、入ってくる金は少ない。
何しろ人口が少ない。
加えて産業がない。
はっきりいって、こんな領地をもらっても困る。
そんな場所であった。
「人口が少ないから、生活用水は地下水だけで足りるのがありがたいな。工業用水は表流水を使わせてもらう」
「あー、工業用水だしな」
「なによ、その表流水って」
俺とオッティの会話に出てきた単語がわからなくて、グレイスが少し不機嫌になった。
俺はグレイスに表流水と地下水の違いを説明する。
「表流水っていうのは川の水だ。それに対して、地下を流れているのが地下水だ。関東でいえば、水道水は多くは地下水なんだよ。東日本大震災の時に、水道水から放射能が出たのは、地下水じゃなくて表流水を水道水として使っている自治体だな。宇都宮と東京都だったろ。地下水だと、水が染み込むまでに時間が掛かるから、放射能があんなに早く検出されるわけ無いんだ。30年後とかならわからないけど、セシウムなんかもその頃には半減期を迎えているだろうな」
「あー、そういうことか。それならわかるわ」
「ついでに言うと、工業用水は表流水なんだ。渇水になると、取水制限が実施されるけど、家庭の水道水には影響がないだろ。でも、工場では制限がかかっているんだ。ま、地下水を吸い上げて工業用水として使った結果、地下水が枯渇して、地盤沈下させた国もあるけどな」
利根川水系のダムの放水は本当に酷い。
台風が来る前にバンバン放水しちゃうから、進路が外れるとすぐに渇水になる。
東京都が管理しているダムはその辺が絶妙だ。
利根川水系のダムは、国土交通相が管理しているから、ダムをもっと作るために、わざとやってるんじゃないかと疑ってしまう。
水利権購入して、工業用水を使用しているのに、取水制限はないだろ。
苦情の窓口は自治体の水道局なので、そこに苦情をいれるが、真の原因はそこじゃない。
話がそれた。
「つまり、河川は工業用水として使って汚染するから、住民は地下水を使えってことだ。水道を作らないとな」
オッティはどんなプラントを建設するつもりなんだろうか?
聞いておかないと、不安しかない。
水質検査キットなんて、ここには無いからな。
何年もあとにそこの跡地を市場にしようなんて話が出て大騒ぎになっても困るぞ。
「なあ、オッティ。どんなプラントを考えているんだ?」
「水力発電所と農業プラントだな。農業をプラントにすることで余った労働力を他にまわせるから。兵器工廠やら、高炉、電炉の方にも人が欲しい」
手帳を見ながら説明してくれる。
どうやら、やりたいことが多すぎて、手帳に書いているようだ。
「製塩もイオン交換膜で大規模に行う。塩は手っ取り早く現金化できるからな」
「イオン交換膜なんて作れるのかよ」
思わず声が大きくなってしまった。
イオン交換膜なんて、戦後の技術だぞ。
それをいったら、多薬室砲やサーモバリック爆弾もなんだけど。
「スキルで作り出した生産設備についている、イオン交換膜をばらしただけだ。単体で作れる訳じゃない」
残念だ。
いや、入手方法があるだけましか。
「さて、じゃあ募集をかけたら行くわよ」
グレイスがオッティを顎で促す。
「募集?」
その言葉の意味がわからず、グレイスに説明を求めた。
「人口が圧倒的に足りないから、冒険者を募集して、領地の防衛をしてもらうのよ。できれば、そのまま定着してもらえたらいいんだけど。ほら、領民の引き抜きは出来ないじゃない。でも、根なし草の冒険者なら、かき集めても問題ないから。当然報酬は払うけど、低ランクの冒険者をターゲットにしているから、そんなに高額の報酬じゃないわよ」
「屯田兵に近いのか」
「それが一番近いかな」
その後、冒険者ギルドで依頼を出して、グレイスとオッティは旅立って行った。
尚、ここから一週間位の距離にある領地で依頼をこなして、戻ってきてから報酬を受けとるのは厳しいだろうと云うことで、カイロン侯爵が出資して、グレイス男爵領に冒険者ギルドの支部を置くこととなった。
最初は食堂や物販、買取は無しで、依頼業務の処理のみとなるそうだ。
さて、内政チートによる発展とやらを見せてもらおうじゃないか。
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