第159話 校正

 何やら買取部門の方から怒鳴り声が聞こえてくる。

 冒険者ギルドにいる人たちがそちらの方を窺っている。

 俺も一緒になって見るとギャランと冒険者が言い合いをしていた。


「買取量を誤魔化しただろう」


「そんなことするか!」


 聞こえてくる内容からして、買取量が街の商店と違うらしい。

 重量での買取なので、おそらくは秤の誤差かな?

 そう思っていたら、ギルド長が俺のところにやってきて、双方の話を聞いて解決して欲しいと言ってきた。

 ギャランが不正をするとも思えないし、冒険者が嘘を言っているようにも見えないからだという。

 まずは現状の確認だな。

 ギルド長と一緒に二人の間に割って入る。


「まあまあ。二人とも落ち着きましょう。まずはどうして怒っているのか話を聞かせてください」


 冒険者の方から先に事情を訊くと、やはり冒険者ギルドで買取の査定をしたよりも、街の商店で買取査定をした時の方が重量が多かったというのだ。

 買取金額の違いなら納得がいくが、重量ともなると今までも騙されていたのではないかと思ったのだという。


「成程。事情は分かりました。ではギャラン、重量の測定はどうやってやっていますか?」


 そういうと、買取カウンターの奥にある秤を指さすギャラン。

 秤は一般的な上皿天秤である。


「余程の大きさじゃなければ、そこに見える秤で計測している。だから数値を誤魔化すなんて無いぞ」


「だったら秤に細工しているんじゃないか」


 冒険者が指摘する。


「細工は無いとは思いますが、秤が狂っている可能性はありますね。校正はいつしましたか?」


「校正?」


 ギャランは俺の質問が理解できないようだ。


「校正っていうのは計器類の狂い・精度を、標準器と比べて正すことですよ。まさか買ってから一度も校正してないんですか?」


「そんなのやったこと無いぞ」


 校正というのはJISにも定義されているものである。

 測定機は始業点検とは別に、定期校正をするのが常識だ。

 まあ、その常識は前世のものであり、常識なのにやってない会社が結構あるのだが。

 校正の重要さは中々認識されていない。

 韓国の原発では校正を理解しておらずに、放射能漏れが検出できなかった。

 そこまでの大ごとは少ないが、狂ったノギスで寸法調整して、不良品を大量に作っていたなんてこともざらだ。

 IATF規格では校正についてかなり厳しくなっており、ISOを認証取得している企業でも測定機の校正は同じようにという訳にはいかない。


 始業点検で標準器を使っていても、その標準器が正常かどうかを確認しなければならないし、校正については温度も管理された部屋でないとならない。

 なので、始業点検をしていれば大丈夫という訳ではないのだ。

 まあ、ここでそんなのを求めても、無理だというのは判っているが。


「まずはこの秤が正常かどうか確認しますね」


 俺が校正するのが手っ取り早いので、三人が見ている前でブロックゲージを作り、その重量をスキルで測定する。


「これが1キログラムの鉄です。これを秤にのせてどうなるかですね」


 俺は天秤の皿にブロックゲージを置き、反対側に分銅を置く。

 全員がそれを注視する。

 結果は……


「つり合いが取れてますね」


「じゃあ」


 期待の目で俺を見るギャラン。


「秤は正常です」


 俺は頷く。


「じゃあ、街の商店が間違っているというのか?」


「可能性がありますので、今から見に行きましょうか」


 ギルド長は忙しそうだったので、三人で冒険者が素材を売ったという店に行ってみた。

 商人に事情を話すと、多めに査定している可能性があるならと、直ぐに確認をすることになった。


「これはっっっ!!!」


 手渡された分銅は見るからにぼこぼこであった。

 天秤もなんか歪んでいる。


「台からよく落ちちゃうんだよ」


 商人がそう説明してくれる。

 測定機を落下させたら校正しないとダメだろう……


「じゃあ、いきますよ」


 結果はほぼわかっているが、みんなが注目する中で分銅とブロックゲージをそれぞれの皿にのせる。

 天秤は傾いており、正常ではない事がわかった。

 だが、分銅と天秤どちらが悪いのかわかりにくいな。

 【重量測定】スキルで確認したら、分銅は0.95キログラムしかなかった。

 次に、もう一個新規で1キログラムのブロックゲージを作り、ブロックゲージ同士をそれぞれの皿にのせる。

 この状態で天秤が水平にならない。


「どうやら、重りも狂っているし、天秤も狂っていますね」


 そう結論が出た。


「じゃあ、今まで買い取っていたのは……」


「買い取りだけではなく、売っていたのも重量が間違っていますね」


 愕然としている商人に俺が追い打ちをかけたのだが、残念ながら表情が明るくなった。


「それなら、つり合いが取れているからいいか」


 そうじゃねーだろ!

 商人は天秤と分銅を新調するという。

 次は落下させたら校正しようねと注意しておいたが、どこまで守るかわからんな。

 冒険者もギャランに勘違いできつく当たってしまったことを詫びている。


 未校正の測定機はみんなを不幸にするから、必ず校正はしようね。

 特に落下させた測定機はそのまま使用しないようにしようね。

 対策書を2回も書くことになるからね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る