第160話 JIS T 8101

「足を怪我したのか」


「はい」


 相談窓口にはスターレットが来ていた。

 別に相談という訳ではない。

 松葉づえを使っているのだが、ここまで歩いてくるのは大変だったろう。

 用事がないならおとなしくしていればいいのに。


「でもどうして」


 そう訊いたら


「シールドを握っていた手が滑って、足の上に落としちゃったんですよ。ドジですよね」


 スターレットは恥ずかしそうに笑う。

 まあよくあることだ。

 バイスクランプを足の上に落としたことがあるが、あの時は焦ったな。

 安全靴があったから助かったけど。


「さて、今日は暇だし、ティーノの店にでも行こうか。どうせ稼ぎがないんだろう。おごってやるよ」


「わー、ありがとう」


 仕事もないので、スターレットと一緒にティーノの店に向かう。

 昼間なので、人通りはかなり多い。

 俺は辺りを見回しながら、人目につかないところを探していく。


「あの辺なら人目につかないかな」


 思わず考えていたことが口に出てしまった。


「何、こんな昼間から私を襲うつもり?」


「誰がそんなことするか。人聞きの悪い」


 俺は人目につきにくい建物の裏手にスターレットを連れていき、素早くヒールの呪文を唱える。


「どうだ、治ったろう」


「そうね。もう痛くないわ」


 スターレットは包帯の巻いてある足で地面を何度も踏む。

 どうやら完全に治ったようだな。


「冒険者ギルドの職員が、冒険者のけがを無償で治療しているなんて噂が広まったら面倒だから、このことは内緒だぞ」


「わかったわ」


 スターレットは周囲を見回して、誰も見ていないことを確認してから頷いた。

 その後ティーノの店で食事をして別れた。


 冒険者ギルドに戻ると、そこにはグレイスとオッティがいた。

 二人は俺を待っていたらしい。


「どこに行っていたのよ」


「食事に……」


「そう、まあいいわ。今からティーノの店に行くわよ。そこで相談に乗ってもらいたいの」


「ここじゃダメか?」


 さっきまでその店にいたのに、また行くことになるのは勘弁だ。

 だが、グレイスは問答無用で俺の手を引っ張て行く。

 諦めてもう一度ティーノの店で食事をすることにした。

 そこでの相談というのが


「何か新しい商品を売り出したいのよね。画期的な商品はないかしら」


 そんな期待の目で見られても、俺がそんなものを考え付くわけがないだろう。

 リンスとかマヨネーズなんていうのは、異世界転生の定番アイテムだから思いついたが、そんなものがホイホイ出てくるわけがない。

 人工真珠を作るというのもあるが、養殖真珠よりも簡単だよな。

 材料さえあれば……

 成分は一緒だから、偽物というわけでもないし。

 それに海がないところでもできる。

 いや、真珠も淡水貝でもできるらしいが。


「真珠はキープね」


 グレイスは皮紙にメモをしている。


「パールノギスはないから、寸法測定時に傷つけちゃうけどな」


「なによそれ」


「ノギスにも種類が色々あるんだよ。ダンチノギス、ピッチノギス、デプスノギス、ホースカシメノギス、インサイド、アウトサイド、それにジュエリー。宝石測定用のノギスは別物だ」


 そう、ノギスには様々な種類があり、目的に応じて形状が違うのだ。

 詳しくはググレカス。

 というか、このスキルツリーを考えた神様、どんな基準でスキルを設定しているんだよ。


「説明を聞くのが面倒だからいいわ」


 興味なさそうにグレイスは目を背ける。

 測定器具についてもっと長々と語りたかったのに残念だ。


「他には――」


 そう言いかけて、先ほどのスターレットの足のけがを思い出した。


「安全靴を作って売ろう」


「安全靴か。いいな」


 オッティは賛成してくれる。

 グレイスは安全靴がわからないのか、頭の上にはてなマークを浮かべている。


「安全靴っていうのは、靴のつま先部分に鉄などの先芯がある靴のことだ。JISで規格が決められているぞ」


「ああ、それならなんとなくわかるわ。JIS規格は知らないけど」


 うん、俺も細かい規格は知らない。

 ググります。

 異世界だけど。


「しかしなあ……」


 オッティが顔をしかめた。

 何かあるのか?


「どうした?」


「ほら、S班長っていたじゃん」


「ああ、いたいた。元珍走団とか自慢している痛い人だったよな」


「あの人、『安全靴は人を蹴るのに最適。鉄が入っているから相手は痛がるし、自分は痛くない』っていつも言ってたんだよ」


 安全靴は安全に他人を攻撃するためのものではありません。

 その後、革のブーツやサンダルに先芯をつけたものを試作し、ある程度のサイズを売り出した。

 売れ行きはそんなに良くないみたいだが、知名度が上がればもっと売れるんじゃないかな。


 後日、グレイスから届いた安全靴をスターレットに渡す。


「これが前に言ってた、鉄が入っている靴ですか」


 スターレットが手に取ってしげしげと眺める。


「ちょっと重いですね」


「鉄が入っているからな。耐久性試験は万全だ。鉄のラージシールドでも落とさない限りは、潰れることもないぞ」


「ありがとう。これで何度盾を足の上に落としても大丈夫ですね」


 微笑むスターレットに、それは違うだろと心の中でつっこんだ。




※作者の独り言

タイトルは安全靴のJIS規格の番号です。

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