第151話 エルフの隠れ里3

 サスペンションの話が過熱して、止まらなくなりそうだったのだが、グレイスの


「揺れが和らげばいいのよ」


 という一言で終了した。

 サスペンション作るのがどれだけ大変だと思っているんだ。

 そこにある品質管理の苦労がわかっているのか。

 という話をしても、乗ってこなそうだったので諦めた。

 ただ、板バネのサスペンションは商品化していくらしい。

 特許という概念がないから、直ぐに真似されるだろうけどね。

 そんなわけで宿にてシルビアとジェミニと合流だ。


「随分と遅かったわね」


 シルビアがあきれ顔でこちらを見る。


「馬車のサスペンションを商品化する話になってね」


 と入ったものの、時間が掛かったのはそこではない。


「ごはん食べるの待っていたんだけど」


「ごめんごめん」


 俺をずっと待っていてくれたと知り、申し訳ない気持ちになった。

 お詫びに俺のおごりで食事となる。

 場所は宿の食堂だ。

 時刻は既に20時となっており、客の姿はまばらである。

 いるのは全員酒を呑んでいる連中だけだな。

 運ばれてきた料理をみると


「あ、マヨネーズがこんなに大量に」


 マヨネーズてんこ盛りのサラダとローストビーフが。

 カロリー高い……


「最近ステラの街で話題になっていたマヨネーズが、ここでも食べられるとは思わなかったわ」


 ジェミニもマヨネーズを知っているようだ。

 むしゃむしゃと葉っぱを食べている。


「確か、カイロン侯爵領の名産にするって言ってたわよね」


 シルビアなどそう言いながら、追加でマヨネーズを注文する。

 美味しいけど、つけすぎはちょっとね……

 みんなマヨラーか!

 シルビアはまだしも、ジェミニはもういい歳なんだから、あまりマヨネーズを摂取しすぎるのは良くないぞ。

 と俺が二人の食生活を心配していると、ふと外で金属のぶつかる音がした。


「剣戟?」


「したわね」


 シルビアも気が付いたようだ。

 二人して急いで宿の外に駆け出す。

 既に周囲は暗闇となっており、よくは見えない。

 が、再び裏路地の方から音が聞こえた。


「あっちよ」


「うん」


 俺達が駆けつけると、黒い布を纏った人物が手にダガーナイフを持っていた。

 顔が布で覆われており、男なのか女なのかわからない。

 それと対峙する形で男女がいる。

 女性のほうは赤子を抱えているようだ。

 男の方は肩を負傷したのか、右手で左肩をおさえている。

 どう見ても悪役は黒いほうだな。


「そこまでよ!」


 シルビアが叫ぶと、黒い奴は男女と俺達両方に警戒するように足を開いて構える。

 が、シルビアの力量を見抜いたのか、暗闇の中へと逃げて行った。

 シルビアがそれを追いかける。


「大丈夫ですか?」


 俺は男女の方へ近寄った。


「ありがとうございます」


 男の方が俺に礼を言ってきた。

 顔はかなり苦しそうにしている。

 傷が痛むのかな?

 というか、男にしては随分と小柄で耳が長いな。


「ちょっと、置いていかないでよね。しかも支払いも私がしたんだから」


 後ろからジェミニがやってきた。

 丁度いい。


「ジェミニ、今ここで襲われていた人を助けたんだが、ひょっとして彼はエルフか?」


「こんな街中にエルフなんかいるわけないじゃないか」


 といいながら、ジェミニが男の方を見て固まる。


「おや、本当にエルフだねえ」


「やっぱりか」


 どうやら本物のエルフらしい。

 俺がエルフを見た感動に浸っていると、目の前のエルフが膝をついた。


「あなたっ!!」


 女の方が叫んだ。


「ちょっと傷を見せてもらえますか」


 俺は男の肩の傷を見る。

 傷口がどす黒く変色している。


「毒か……」


 チートヒールで解毒を行う。

 傷口もふさがり、男は驚いて自分の肩を何度も撫でている。


「回復魔法をつかいました。もう大丈夫ですよ」


「ありがとうございます」


 頭を下げて感謝される。

 そこまでされるとこそばゆいな。


「どうして狙われていたんで――」


「そんなことより、どうしてこんなところにいるのよ。そっちはダークエルフでしょ」


 俺の言葉を遮って、ジェミニが質問する。

 ダークエルフ?

 見れば子供を抱いた女は肌が黒い。


「さっきの奴は暗殺者よね。ダガーナイフには毒が塗ってあるなんて、普通のごろつきじゃないわよ。そんなのが差し向けられるって、よっぽどの事情があるんでしょ」


 どうやら逃げられてしまったらしく、シルビアも手ぶらで帰ってきた。


「まあ、大体は察しが付くがね。どうせ魔神がらみさね」


 ジェミニが言った言葉に、二人がぎょっとした。

 どうやら図星のようだな。


「そうなると、グレイスの所が一番安全かな。そこで事情を訊こうか」


 二人を納得させて、グレイスのいる庁舎につれていく。

 流石に暗くなったとはいえ、素顔のままで街中をエルフとダークエルフが歩くのはまずいとなり、フードを深くかぶって歩いてもらう。

 俺は先にグレイスの所に向かい、事情を話して受け入れてもらえるようにお願いした。

 少しして、シルビア達が到着した。

 今は人払いした部屋に俺、グレイス、シルビア、オッティ、ジェミニとエルフとダークエルフと二人の赤子の9人がいる。

 丸いテーブルに座っての話し合いだ。


「さて、ここまで来たら魔神の封印について話さないとね」


 ジェミニがそう切り出した。


「魔神の封印はいくつかの複合であり、最後の封印を解くための鍵が必要なのさ。大昔、エルフがその鍵を設定する時に、入手が限りなく難しいようにしたのだが、それがエルフとダークエルフのハーフで、尚且つ双子を生贄にするというものだったんだよ。当時あれだけいがみ合っている種族が子をなすなんて考えられなかったからね」


 全員の顔を見まわしながらジェミニが語った。


「まさか、そんな鍵が出てくるとは、流石の私もその時は考え付かなかったよ」


「なあ、ジェミニ。それって……」


 俺はジェミニの顔を見た。

 いつの間にか老人の顔にはしわが無くなっている。

 耳も長くなっていた。


「ワシが魔神を封印したエルフじゃよ」


 そういうことか。


「エルフの研究者がエルフなのかよ」


「人間の歴史を人間が研究しているじゃろうが」


 正論で言い返されてしまった。

 それもそうだな。


「大方先程の暗殺者も、その子等を拐かすために送り込まれたんじゃろう」


「はい。その通りです」


 エルフの男がそう答えた。


「そういえば名前を聞いておらなんだのう」


「ギガです。こちらが妻のセレガ。子供はジャーニーとリエッセです」


 え?

 え?

 まさかのその名前か。


「嫌だー。頼むからその名前はやめてくれー」


 オッティが喚きだした。

 わかるぞその気持ち。

 だが、オッティの気持ちがわかったのは俺だけであり、他のメンバーは呆然とその様を眺めている。

 説明が必要だな。


「俺とオッティが昔昔、エアクリーナータンクという製品を作っていた時の話だ。とても嫌な思い出があってな」


 エアクリーナータンクというのは、アルミニウム合金という金属でできた箱なんだけど、それはダイカストの金型が出来た量産の製品であって、試作時にはアルミの板を溶接して箱を作るのだ。

 あるときその試作を受注したのだが、若い設計者が開先を設計し忘れたために、オッティは開先なしで溶接を行うことになってしまったのである。

 開先というのは、溶接する板を削って溶け込みをしやすくする加工のことである。

 JIS規格で決められた規格が存在するのだが、試作時には部品図で出した板が小さくて、開先加工するだけの余裕がなかったのよね。

 いやー、試作車両の走行時に、エアクリーナータンクが破損しなくてよかったわ。

 試作のため、溶接の溶け込み評価とかしなかったしね。

 そもそも量産時はダイカストになるから、溶接工程は存在しない。

 開先がなくても溶接は出来るのだけど、要求された強度が出るか不安だったのだ。

 3Dで送られてきたデータを2Dに落とし込んだだけなんて、設計じゃなくてCADのオペレーターだよね。

 で、件のエアクリーナータンクがバス用だったという訳である。

 なので、オッティはバスの名前を聞くと、その時のトラウマが蘇るのである。

 別に、車種が試作をした車両でなくともだ。


 そんなわけでオッティが落ち着くまで話し合いは中断となったのであった。



※作者の独り言

開先無しで溶接したのはここには出てきてない車両です。

というか、聞いたお話なので嘘かもしれません。

邪推しないでください。

小説投稿サイトで異世界ということにして、懺悔なんてするわけないじゃないですか。

それと、小説投稿サイトのネタとして使えるよって言いながら、かなりきわどいネタを持ってくるのは嬉しいけどやめて欲しい。

モータープールで見つかったあんな不具合やこんな不具合を書けるわけないだろ!

「異世界だから大丈夫」って、そういうもんじゃないから。

まあ、実際はモータープールを飛び出さなかったから笑い話なんですけどね。

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