第150話 エルフの隠れ里2

「まさか徒歩で行くわけじゃないわよね」


 ジェミニは不安そうに訊いてくる。

 特性馬車を街中で説明するわけにもいかず、徒歩で街の外にでることを伝えたのだが、説明不足から不安にさせてしまったようだ。


「街の外に出たらわかる。それまでは我慢してほしい」


「わかったわよ。でも、街の外で馬車に乗るなんて難しいでしょ」


 ジェミニの言うように、各街を繋ぐ馬車の駅は街の中にある。

 街の外に出て馬車に乗ろうとしたら、行商人の荷馬車に交渉して乗せてもらうくらいしかない。

 馬車がないなら徒歩でということになるが、冒険者でもない学者で高齢のジェミニが、カイロン侯爵領まで歩くのは至難の業である。

 なんとかジェミニをなだめながら街の外に出て、街道から少し外れた場所でやっと馬車を出現させる。


「何よこれ……」


 呆然と立ち尽くすジェミニ。


「試作車両なので、あまり多くの人の目に晒す訳にはいかなかったので」


 そう言って謝罪した。

 試作車両は他人の目に触れてはいけないのだ。

 車両開発時のモックアップなんかでも、社員なら誰でも見ることが出来るというわけではなく、IDカードによって開発ルームに入出できるできないを管理しているのだ。

 勿論カメラ機能付き携帯電話の持ち込みは禁止である。

 禁止であるのだが、不思議なことに持ち込んでいる人がいるんだよね。

 産業スパイにしては持っていることを隠そうとしないので、本当に不思議である。

 という話を聞きました。

 聞いただけですからね。


「それではこれに乗って行きましょう」


 そう言ってジェミニを室内に入るように促す。

 色々と興味深く外観を眺めていたので、出発は少し遅くなってしまった。


「路面の段差で跳ねてもも、お尻が痛くならないのは何故?」


「サスペンションという部品を装着して、車体の揺れを抑えているからです」


 俺はサスペンションの簡単な説明をした。

 ダブルウィッシュボーンとトーションビームの違いを説明しようとしたが、それはあまり興味なさそうだったので途中でやめた。

 残念だ。

 このあと、スタビライザーについても語ろうと思ったのに。

 俺の説明はこれくらいにして、エルフとダークエルフの戦いの歴史について教えてもらいたかったので、その事をジェミニに訊ねてみた。


「エルフとダークエルフは元々は同じ種族だという話は昨日したわよね」


「はい」


「エルフとダークエルフは同じ種族というのは後から同じ種族になったのよ。元々は妖精の祖先がそれぞれにいて、似たような外見をしていたので、あるとき神様が同じ種族にすると宣言したの。でも、それは一方的な押し付けでしかなかったのよ。だから、同じ種族になった後も、考え方の違いからたびたび衝突していたわ。あるとき、ダークエルフは今回復活しようとしている魔神と一緒にエルフを滅ぼそうとしたのよね。神様はその時やっと二つの種族は別であると悟ったのよ」


 この世界の神様は全能ではないらしい。

 というか、前世のエルフもそんな感じだったな。

 ゲーム会社の話じゃないよ、念のため。


「その時エルフは滅亡寸前まで追い込まれたわ。魔神はダークエルフに加護を与えたけど、エルフは誰からも加護をもらえなかったから。そこで誰も入ってこられないような隠れ里を作って、魔神を倒す方法を研究したのよ。その間も他の人族は魔神の眷族と戦っていたけど」


 ん?

 誰も入ってこられないだと。


「ちょっと待って、誰も入れないってことは、俺達はエルフの隠れ里に行けないのか」


「いいえ、認められたものは入ることができます。ただし、中々認められないのと、隠れ里を出る時に記憶が消されてしまうというのがあります」


「記憶が消されたら、魔神の封印についての約束も忘れちゃうじゃないか」


「皮紙にでも書いておけばいいのです。それを見れば何を約束したかわかるでしょうが」


 打ち合わせ議事録を作れと言うジェミニ。

 どこぞの工場かよ。

 工場内撮影禁止なので、打ち合わせ内容は紙に書くだけなので、製品を見ながら打ち合わせした内容を全て細かく書いておかないと、後日打ち合わせに基づく生産で齟齬が出る。

 記憶を消されるわけじゃないけどね。

 前世のエルフの隠れ里もまあ、似たような感じだった。

 いや、火の一族の方だったかな?

 因みに、一緒に仕事をしていた人は、携帯電話禁止の場所で携帯電話を使用して、警備員がすっ飛んできたとのことだ。

 電波も監視されているね。

 どこの会社とは言いませんが。


「で、ジェミニはその許可を出してくれるエルフに連絡が取れるの?」


 シルビアがジェミニに訊いた。


「そうさね。それは可能だ。具体的な方法は教えられないけど」


「ふーん」


 胸を張るジェミニに、シルビアは半信半疑といった様子だ。

 俺も信じろと言われても、どう信じていいのかわからない。

 何しろ、大型トラックの開発時に、「光造形で作った車両見せてあげる」って言われて楽しみにしていたら、当日やっぱりダメだって言われた経験があるからな。

 あれ、エルフじゃなかった。

 

 そんな感じで、エルフとダークエルフの戦いの話とかをしながら、馬車は順調に進んでいき、カイロン侯爵領に到着した。

 カイロン侯爵領では、カイロン侯爵に魔神の封印を見る許可をもらうため、謁見する必要があった。

 流石に、この世界を滅ぼすような魔神が封印されている場所は、厳重に警備されているので当然だ。

 ついでに、オッティにサスペンションの報告もする必要があるので、領都にある城に向かう。

 領都に入る前に馬車から降りて、馬車を収納魔法でしまう。

 試作車両の管理はしっかりしている男だぞ。

 テストコースじゃなくて、公道を走行している時点でどうかといわれると辛いけど。


 カイロン侯爵に謁見しようと、門番に取次ぎをお願いしたが、生憎と王都に出かけており不在だった。

 しかたがないので、グレイスに取次ぎをお願いしたら、直ぐに通してもらえた。


「侯爵は不在だから、私が代わりに許可を出すわよ」


 ということで、魔神が封印されている神殿には、明日以降自由に出入りができるようになった。

 後はオッティにサスペンションの具合を伝えれば終わりだな。

 シルビアとジェミニは興味のない話だろうから、先に宿に行って休んでいてもらう。

 俺だけがオッティがいる実験棟に向かった。

 実験棟というのは、スキルが暴発しても他に被害が及ばないように隔離されている場所であり、実験棟といいながら、広大なグラウンドも兼ね備えた場所である。

 馬車のテストコースもあるぞ。

 そんな実験棟で何をしているかと思ったら……


「よう、アルトじゃないか。どうした」


 椅子に座ってテーブルに向かい、体重計の試作をしていたのだが、俺に気が付いてこちらを向いた。


「馬車の試乗結果を報告しにきたんだ」


「ああそうか。どうだった?」


「俺達ばねのノウハウがなかったろ。サスペンションがないときに比べればましだけど、バネレートの条件だしは必要だな。ショックアブソーバーとの兼ね合いもあるから、硬くするのか柔らかくするのかは何とも言えないがな」


「材質の選定からして、何種類もあるからなー」


 俺の報告を聞いて、オッティは椅子に座ったまま天井を仰ぐ。


「ところで、それ体重計だよな」


 俺は気になったのでテーブルの上にある体重計を指でさした。


「そうだ。ばねが出来たので、ばね式の体重計を作ってみた」


「ばね式の秤は金属疲労で使用回数が増えると正確さが失われるだろ」


 ばね式の秤は金属疲労で次第に正確さが失われるのだ。

 そんなもので体重を測っても、正確な数値を知ることはできない。


「そんなことはわかっているさ。折角ばねが作れるようになったんだ。作ってみたいじゃないか。それに、基準器を用いてずれを測定し、校正すればいいんだろ」


 もっともらしい事を言われてしまった。

 始業点検での校正を指摘するのは俺の仕事なのにな。

 因みに、ばねの材料は俺が作りだし、コイリングはオッティが行っている。

 その後の熱処理も俺が行い、ショットピーニングは魔法使いにお願いしている。

 ブラストっていう石や砂利などを打ち出す魔法があるので、それでコイルの残留応力を作っているのだ。

 残留応力については、俺がスキルで確認できるので問題ない。

 流石異世界転生、ちょろい。

 『異世界発条記』っていう本でも書こうかな。

 発条っていうのはばねのことだ。

 日本の会社だと●●発条っていう名前は、ばねを作っている会社のことである。

 上でばねの作り方を書いたが、一般的なコイルスプリングの製造工程フローとしては


 コイリング

 ↓

 熱処理

 ↓

 ピーニング

 ↓

 熱処理

 ↓

 セッチング


 となる。

 ピーニングをもう一度入れたり、熱処理がコイリングの前にあったり、研磨や表面処理があったりするけど、大まかな作業はこんな感じだ。

 街の発条メーカーでは、1個から製作を請け負ってくれる。

 高いけど……


「それにしても、普通は異世界転生したら馬車につけるサスペンションは板ばねでしょ」


 後からやってきたグレイスが呆れた顔をしながら、俺達の会話に加わる。


「ばねの魅力はコイルスプリングだ。ばねの絵を描いてほしいとお願いしたら、みんなコイルスプリングを描くぞ。板ばねなんて思いつくのはごく一部でしかないんだ」


 オッティはずいと、グレイスの顔の前に自分の顔を持って行きそう主張した。

 その気持ちはわからんででもない。

 ただ、コイルスプリングのサスペンションを作るために、ショックアブソーバーも作る必要があったけどな。

 因みに、ベアリングは迷宮産のベアリングだ。

 とっても高性能。

 ショックアブソーバーの性能は試行錯誤しているのでよくはない。

 今なら免振ダンパーの不正をしちゃった人の気持ちがわからなくもない。

 わからなくもないが、やっちゃダメ。

 自動車のショックアブソーバーの不正とかやってないよね?

 ね?



※作者の独り言

ばねの試作とか、結構楽しかったですね。

要求されたばねの強さを満たす素材選びとか。

レイアウトの関係で、巻き数とか限られるなかで、どうしたらいいのか色々と試してました。

既製品使って作る設計にしなかった設計に感謝。

勿論、嫌味ですよ。 

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